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序章:断罪の儀
咎人の証
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クラリスが王太子妃となることに、リュシアをはじめ王宮内で反対の声をあげる者はいなかった。
王太子妃としては、多少「元気すぎる」と評する声も、一部の高齢の神官たちからはあったものの、明るく、正直であり、思いやりにあふれるその姿は、そういった声をかき消すに十分なものだった。
婚礼の儀の開催が正式に発表され、しばらくたったある日の事、リュシアが「妙な噂がある」とクラリスに打ち明けた。
「あまりご心配をおかけしたくなかったのですが、婚礼の儀もございますし……」
と、リュシアは申し訳なさそうに言っていたが、クラリスは「いいのよ」と優しく礼を言うと、リュシアをその場から下げさせた。
噂の内容は、次のようなものだった。
──クラリスの真の望みは王太子妃の座にあらず。その先にあるものだ。
クラリスは、妃の座にとどまるつもりはなく、王座そのものを自分の物にすることを企んでいるのではないか、といったような、噂としては実に他愛のない内容のものだったが、婚礼の発表がされた後だと、どうにも居心地が悪い。リオネル王子のお耳にも入っているのだろうなと思うと、胸がギュッとなる。
「早いうちに、お話し差し上げないといけないかな」
数日後、クラリスは意を決して、噂の件を王子に話した。
初め王子は、「クラリスが!?」と驚いた後、しばらくの間、声をあげて笑っていたが、
「まったく……どこの誰がそんなことを言い出したのだろうね」
と言うと、優しくクラリスのブロンドの髪をなでてくれたのだった。
王子の笑顔は、クラリスをほっとさせた。
だが、二人の笑顔の余韻が残る王宮のどこかで──噂は目に見えぬ影となり、静かに胎動を始めていた。
神殿の奥深く、高位の神官のみが入室を許されたその部屋で、加護の利用記録を記した帳簿の確認作業が進められていた。
帳簿には、加護の使用者の名前と、日付や加護の内容などが書き記されていたが、今この部屋に広げられている帳簿のほとんどには、
「クラリス・アルデンティア」
という使用者名が記載されていた。
また、利用記録のいくつかには、次のような証言が添えられていた。
「クラリス様の祈りのあと、聖水が濁ったのを見ました。あれは“穢れ”です」
「"加護"を受けた翌日、夢で“闇の翼を持つ女性”が現れた。それはまさしく、あの方の顔でした」
中には、「夜の空を高らかに笑いながらくるくると舞った後あの方は飛び去った」、などと、にわかには信じがたいようなものもあったが、そういった記録も含め、丁寧に積み上げる者がいた。
ミラ・セレスタ。
「……神託の文に示されているのは、この記録にあるような存在。私にはそう思えてならないのです……皆さまは──?」
彼女は教会と騎士団の一部を味方につけ、巧みに“空気”を作り出していった。
そんな空気に、神官たちが、ひとり、またひとりと頷いていく。
最初はミラを疑っていた者でさえ、やがてそうやって、神託の指し示す災厄というのが、今目の前にあるのではないかと信じるようになっていった。
一方、クラリスは、そんな動きを知らぬまま、儀式の準備に追われていた。
「……噂なんて、ね、クラリス?」
その言葉は、自らを安心させるための、祈りであったかもしれない。
少なくとも、クラリスはその祈りに救われていた。しばらくの間は。
王太子妃としては、多少「元気すぎる」と評する声も、一部の高齢の神官たちからはあったものの、明るく、正直であり、思いやりにあふれるその姿は、そういった声をかき消すに十分なものだった。
婚礼の儀の開催が正式に発表され、しばらくたったある日の事、リュシアが「妙な噂がある」とクラリスに打ち明けた。
「あまりご心配をおかけしたくなかったのですが、婚礼の儀もございますし……」
と、リュシアは申し訳なさそうに言っていたが、クラリスは「いいのよ」と優しく礼を言うと、リュシアをその場から下げさせた。
噂の内容は、次のようなものだった。
──クラリスの真の望みは王太子妃の座にあらず。その先にあるものだ。
クラリスは、妃の座にとどまるつもりはなく、王座そのものを自分の物にすることを企んでいるのではないか、といったような、噂としては実に他愛のない内容のものだったが、婚礼の発表がされた後だと、どうにも居心地が悪い。リオネル王子のお耳にも入っているのだろうなと思うと、胸がギュッとなる。
「早いうちに、お話し差し上げないといけないかな」
数日後、クラリスは意を決して、噂の件を王子に話した。
初め王子は、「クラリスが!?」と驚いた後、しばらくの間、声をあげて笑っていたが、
「まったく……どこの誰がそんなことを言い出したのだろうね」
と言うと、優しくクラリスのブロンドの髪をなでてくれたのだった。
王子の笑顔は、クラリスをほっとさせた。
だが、二人の笑顔の余韻が残る王宮のどこかで──噂は目に見えぬ影となり、静かに胎動を始めていた。
神殿の奥深く、高位の神官のみが入室を許されたその部屋で、加護の利用記録を記した帳簿の確認作業が進められていた。
帳簿には、加護の使用者の名前と、日付や加護の内容などが書き記されていたが、今この部屋に広げられている帳簿のほとんどには、
「クラリス・アルデンティア」
という使用者名が記載されていた。
また、利用記録のいくつかには、次のような証言が添えられていた。
「クラリス様の祈りのあと、聖水が濁ったのを見ました。あれは“穢れ”です」
「"加護"を受けた翌日、夢で“闇の翼を持つ女性”が現れた。それはまさしく、あの方の顔でした」
中には、「夜の空を高らかに笑いながらくるくると舞った後あの方は飛び去った」、などと、にわかには信じがたいようなものもあったが、そういった記録も含め、丁寧に積み上げる者がいた。
ミラ・セレスタ。
「……神託の文に示されているのは、この記録にあるような存在。私にはそう思えてならないのです……皆さまは──?」
彼女は教会と騎士団の一部を味方につけ、巧みに“空気”を作り出していった。
そんな空気に、神官たちが、ひとり、またひとりと頷いていく。
最初はミラを疑っていた者でさえ、やがてそうやって、神託の指し示す災厄というのが、今目の前にあるのではないかと信じるようになっていった。
一方、クラリスは、そんな動きを知らぬまま、儀式の準備に追われていた。
「……噂なんて、ね、クラリス?」
その言葉は、自らを安心させるための、祈りであったかもしれない。
少なくとも、クラリスはその祈りに救われていた。しばらくの間は。
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