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第一章『婚約破棄、お受けいたします』
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海に囲まれた島国。オズウェル・モーリャントが王として治めるモーリャント王国。
国土こそ広く恵まれたものに見えるが、実態は豊かさとはかけ離れていた。
気候は安定せず作物や植物が育ちにくい環境。
加えて、近年深刻な水不足の問題を抱えており、最南では国土面積の四分の一に及ぶほど広大な砂漠化が起きていた。
静かにその範囲は広がりを見せており、早急に国をあげて施策に取り組まねばならぬのは明白だった。
だが、国を統治する者として真っ先に国費を投じるべき施策であるはずなのに、現状これまでと変わらない額、むしろ毎年施策にかける費用は少しずつ減額されていた。モーリャント国を守るために何が必要かまるでわかっていない。大臣たちが悲鳴をあげる。
反して、王族の指示で際限なく開かれる豪華な舞踏会。一度舞踏会を開くだけでも、相当な国費を投じねばならないというのにだ。
国民たちは何とかできる範囲で工夫して田畑を耕すが成果などたかが知れている。
生活を豊かにするため国の改革費用として自分たちは税金を納めているはずだ。それなのに一向に豊かにならない生活に毎日重いため息を落としていた。
国民たちは疲れ切り、努力の末納めた大切な国費の使い方に不満が募っていた。
やがて、王族の私服を肥やすやり方に、呆れ返り、怒りを募らせ、諦めて。国を捨てる者も出始めたーー。
◇
薄暗い闇が空を覆い、松明の明かりが王城の石畳や長く伸びる階段を照らす頃ーー。
モーリャント王国の歴史ある家、リーフェント公爵家の馬車が城の前に停まった。カモミールやゼラニウムといったハーブをモチーフに描かれた珍しい家紋がはいっている。
御者が慣れた手つきで扉を開ける。
ステップを踏み地面に降り立ったのは、ジャスミン・リーフェント。本来エスコート役がいるはずの年頃の令嬢だが、誰一人迎えにくる者はいない。
分厚いメガネに隠されて、この国では珍しいラベンダー色の瞳は見えていない。後毛ひとつ逃さぬようにキチンと一つに纏められた黒髪。深緑のレースもあしらわれていないシンプルなドレス。肌は色白できめ細やかであるが、そこを飾るアクセサリーはひとつもない。
いかんせん二十歳という若さを活かす装いとは言い難い、地味なコーディネートだ。
唯一、彼女が持っているものと言えば、これまた控えめな柄の扇子とーー辞書並みに分厚い本。
背表紙の立派なつくりからして高価なものだと一目でわかる本を馬車の中でも読み耽り、王城に到着して地面に降り立った瞬間から再び開いて顔を隠す勢いで読み進める。
舞踏会が開かれるホールへと足を向けながら、読書に没頭する。
彼女が通る道を先に歩いていた貴族の若い令嬢や令息たちが気付き、ザワザワと声をあげてパカっと両端に避けていく。
ジャスミンはそんな様子にも気づかず、ただ本に視線を集中させていた。
◇
「ジャスミン・リーフェント公爵令嬢」
「.....はい」
ホールの前まで来ると固く冷たい声で名を呼ばれる。
本を一旦胸に抱えて、視線を向けた。
「コーネル・モーリャント王太子殿下からご伝言です。本日エスコートができなくなった、と」
「......はい」
「........では、確かにお伝え致しましたので。私はこれで」
殿下の侍従がそそくさと頭を下げて去っていく。
いつものことだ。この国の王太子殿下の婚約者に選ばれて十三年。私が王妃教育を終えた昨年には、殿下との婚姻は整う手筈だった。
現在、殿下は二十二歳。私は二十歳。王族であれば、とっくに結婚していておかしくない。
だが、彼はそれを拒否しのらりくらりと婚姻を避け続けている。納得のいく説明もないまま、ただ待たされる日々。
「......はぁ」
婚約者なんて名ばかり。
王命を受け入れ婚約した日から今日まで、彼に婚約者として大切に扱われた記憶などただの一度もない。それどころか女性だと思われていない気がする。
国土こそ広く恵まれたものに見えるが、実態は豊かさとはかけ離れていた。
気候は安定せず作物や植物が育ちにくい環境。
加えて、近年深刻な水不足の問題を抱えており、最南では国土面積の四分の一に及ぶほど広大な砂漠化が起きていた。
静かにその範囲は広がりを見せており、早急に国をあげて施策に取り組まねばならぬのは明白だった。
だが、国を統治する者として真っ先に国費を投じるべき施策であるはずなのに、現状これまでと変わらない額、むしろ毎年施策にかける費用は少しずつ減額されていた。モーリャント国を守るために何が必要かまるでわかっていない。大臣たちが悲鳴をあげる。
反して、王族の指示で際限なく開かれる豪華な舞踏会。一度舞踏会を開くだけでも、相当な国費を投じねばならないというのにだ。
国民たちは何とかできる範囲で工夫して田畑を耕すが成果などたかが知れている。
生活を豊かにするため国の改革費用として自分たちは税金を納めているはずだ。それなのに一向に豊かにならない生活に毎日重いため息を落としていた。
国民たちは疲れ切り、努力の末納めた大切な国費の使い方に不満が募っていた。
やがて、王族の私服を肥やすやり方に、呆れ返り、怒りを募らせ、諦めて。国を捨てる者も出始めたーー。
◇
薄暗い闇が空を覆い、松明の明かりが王城の石畳や長く伸びる階段を照らす頃ーー。
モーリャント王国の歴史ある家、リーフェント公爵家の馬車が城の前に停まった。カモミールやゼラニウムといったハーブをモチーフに描かれた珍しい家紋がはいっている。
御者が慣れた手つきで扉を開ける。
ステップを踏み地面に降り立ったのは、ジャスミン・リーフェント。本来エスコート役がいるはずの年頃の令嬢だが、誰一人迎えにくる者はいない。
分厚いメガネに隠されて、この国では珍しいラベンダー色の瞳は見えていない。後毛ひとつ逃さぬようにキチンと一つに纏められた黒髪。深緑のレースもあしらわれていないシンプルなドレス。肌は色白できめ細やかであるが、そこを飾るアクセサリーはひとつもない。
いかんせん二十歳という若さを活かす装いとは言い難い、地味なコーディネートだ。
唯一、彼女が持っているものと言えば、これまた控えめな柄の扇子とーー辞書並みに分厚い本。
背表紙の立派なつくりからして高価なものだと一目でわかる本を馬車の中でも読み耽り、王城に到着して地面に降り立った瞬間から再び開いて顔を隠す勢いで読み進める。
舞踏会が開かれるホールへと足を向けながら、読書に没頭する。
彼女が通る道を先に歩いていた貴族の若い令嬢や令息たちが気付き、ザワザワと声をあげてパカっと両端に避けていく。
ジャスミンはそんな様子にも気づかず、ただ本に視線を集中させていた。
◇
「ジャスミン・リーフェント公爵令嬢」
「.....はい」
ホールの前まで来ると固く冷たい声で名を呼ばれる。
本を一旦胸に抱えて、視線を向けた。
「コーネル・モーリャント王太子殿下からご伝言です。本日エスコートができなくなった、と」
「......はい」
「........では、確かにお伝え致しましたので。私はこれで」
殿下の侍従がそそくさと頭を下げて去っていく。
いつものことだ。この国の王太子殿下の婚約者に選ばれて十三年。私が王妃教育を終えた昨年には、殿下との婚姻は整う手筈だった。
現在、殿下は二十二歳。私は二十歳。王族であれば、とっくに結婚していておかしくない。
だが、彼はそれを拒否しのらりくらりと婚姻を避け続けている。納得のいく説明もないまま、ただ待たされる日々。
「......はぁ」
婚約者なんて名ばかり。
王命を受け入れ婚約した日から今日まで、彼に婚約者として大切に扱われた記憶などただの一度もない。それどころか女性だと思われていない気がする。
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