【完】25年後、君と答え合わせ

こころ ゆい

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番外編

その後 〜千春と花乃〜

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『おーい、千春。この薬なんだが...お?もう終わりかい?』

 開け放たれた千春の研究室のドアから、顔をニュッと覗かせたジャックが、目を丸くした。

『ああ、ジャック。うん、今日はキリのいいところまで進んだから、お終いにしようかと思ってね。...すまない。また明日でもいいかい?』

 申し訳なさげに、だが、ハッキリと千春は言った。

『それはもちろんいいけど...今日って何かあるのかい?』

 ジャックが不思議そうに、帰り支度の整った千春を見送る。ドアに鍵をかけてから、笑って背を向けた。

『いや、何も。じゃあ、また明日なジャック』
『...ああ、また明日な。千春』

 ジャックは、誰もいなくなってシンと静かになった廊下でポツリ呟いた。

『....人は変わるもんだねぇ』

その声は壁に反響して消えていった。

****

 千春の開発した難病治療薬は無事認可まで辿り着き、必要な患者に届けられた。投薬したあと完治したとお礼の手紙をもらった時は、研究所全体がお祭り騒ぎとなった。

 そして、千春は今また新たに違う難病の治療薬を開発中だ。

 以前同様に研究開発の毎日だが、ここのところ千春はほとんど残業をしなくなった。仕事量や研究時間は変わらず同じだけ確保しているので、仕事の効率が上がり、結果残業が減ったといった感じだ。

 その理由はわかりきっていた。
 
 ーー家で待つ可愛い奥さんのため。

 千春は、花乃と結婚してから毎日とても顔色がいい。
 幸せオーラが全身から放たれて、周りの者はクラクラするほどだ。

 変わらず写真立ては千春の机に飾られ、さらに、枚数を増やしている。増えすぎて机の上が写真で埋め尽くされやしないかとジャックが冗談でイジると、なんとも蕩けた顔で、「それもいいかもね」なんて答えた時には、さすがのジャックもあんぐりしたものだ。



 ピンポーン。

「あ...帰ってきた!...はぁい!」

 パタパタとスリッパを鳴らしながら廊下を進んで、広く綺麗に整えられた玄関の鍵を解く。

 ガチャリ。ドアが開いた。

「おかえりなさい!千春」

 現れた千春にぎゅうと抱きつき、花乃はお出迎えした。

「...ああ、ただいま」

 千春は勢いよく抱きついてきた花乃を難なく片手で受け止めて、目を細めて言った。

「...花乃」
「ん~?」

 花乃が目を閉じて彼の温かい体温を感じていた時。
 千春の低い声が聞こえる。

「...危ないからちゃんと確かめてからドアを開けるように言ってるだろ?」
「あ.....」

 花乃は、まずい顔をして思わず声を漏らした。

「花乃は警戒心がなさすぎると思うぞ?悪いことを考えるやつはたくさんいるんだから、もっと気をつけないと」
「.........」

 千春は以前にも増して過保護になった。
 花乃の背をポンポンと叩いてあやしながら説教する。内心「...また始まった」と肩をすくめる花乃は、千春の小言を甘んじて受け入れる。

「...頼むから、もっと注意してくれな?じゃないと安心して仕事に行けない。...それに」

 千春は花乃の腕をやんわり解いてから、そっと彼女のお腹に手を当てて愛おしそうな顔つきでさすった。

「...お腹の子供が心配するだろ?ママ大丈夫かなって」
「...ふふ。そんなにずっと心配してるのは千春くらいだよ」
「わからないぞ?...俺に似てるかもしれない」
「...そしたら、将来この子が大きくなった時言われちゃうかもね。ママしっかりしてよって」
「はは。ああ、きっと言うな」
「...むう、もう少し気をつけます」
「ああ、そうしてくれ」

 頭にポンと手を乗せてクシャクシャと撫でる。
 今花乃のお腹には、子供が宿っていた。
 つい先日妊娠がわかって、千春は涙を流して喜んでくれたのだ。それから毎日ことあるごとに、まだまだぺったんこのお腹を撫でている。

「あ、花乃。これ」
「ん?」

 二人で玄関をくぐって中に入った時、千春が思い出したように言って右手を差し出す。その手には花束が握られていた。

「うわぁ、綺麗」

 花乃はパッと顔を輝かせて受け取った。

「ありがとう。ちょうど玄関のお花、そろそろかなって思ってたの」
「どういたしまして」

 花乃と千春の部屋や玄関には、そこかしこに花が飾られている。千春が、ふいに花乃の好きそうな色合いや種類で作った花束をプレゼントで買ってきてくれるからだ。

 他にも、お菓子や人形、アクセサリー。毎日のように仕事帰りに花乃に贈り物を買ってくるものだから、ある時呆れて「たまにでいいよ」と言ったら、「勝手に体が店に吸い寄せられるんだ」とかわけのわからないことを言って。結局、状況は変わらなかった。

 どうにも、花乃の笑顔を見たいがためのようで。もう諦めて、何も気にせず喜ぶことにした。



「...千春。重いわ」
「ん~?」
「.........」

 食後、寝る準備が整ってソファで寛いでいたら、同じく全て終えた千春が花乃の隣に腰掛けてぴったりと抱きついてきた。それから花乃の肩に頭をぐでんと乗せてぎゅうぎゅうと寄りかかってくる。

「....もう」

 仕方ないなという風に、花乃は千春の頭をサラサラと撫でた。夜のまったりした二人きりの時間。千春にとっても花乃にとっても、幸せすぎる時間だった。

「...ふふ。千春って実は甘えん坊だよね」
「そうか?」

 花乃が頭を撫で続けながら、嬉しそうに言う。
 千春は意に介さない風に、なんてことなく返事した。

「...うん。それに意外とくっつき虫だね。家ではいつもぴったりくっついてる」
「...........」
「...可愛い。子供みたい」

 まるであやすみたいに、よしよしする花乃に、ピタリと千春の動きが止まった。

 そして次の瞬間。
 頭を上げて、スッと更に距離を縮めたかと思うと...花乃の赤く色づく唇に「ちゅっ」とキスをした。

 突然のことにかたまる花乃の耳元に顔を寄せて、低く優しい...色気のある声で「...これでも子供か?」と言ったのだ。

 バッと耳と口元を押さえて、花乃は真っ赤になった。
 千春がイタズラに笑ったのは、言うまでもない。


 そうして、千春と花乃と...お腹の子の。
 ある夜は更けていく。

 日中、よく日が差し込むリビングの窓際には、あの約束の苗が元気に育っている。いつかつぼみをつけ、花を咲かせる日まで.....三人の賑やかな毎日を見守っていくーー。



 
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