【完】25年後、君と答え合わせ

こころ ゆい

文字の大きさ
51 / 53
番外編

その後 〜宗一郎〜

しおりを挟む
「ねぇ、ママ。あのお人形買って?」
「んー...じゃあ、次のテスト頑張ったらね」
「え~!」
「ふふふ。え~、じゃないの」
「ぶぅ。わかったよ」

 道行く親子が、会話している。
 公園のベンチでボーっと空を見上げていた男の耳に、それは何気なく届いた。

 雲がどんどん流れていく。
 上空は、風が強いのだろうか。

「...早いねぇ」

 あっという間に向こうの空に消えていく雲。
 あっという間に流れる時間。
 あっという間に....忘れ去られる存在。

「...どうしてこうなったかね」

 空は、見る間に滲んでぼやけた。
 ポタリと手の甲にしずくが落ちる。
 雨か...いや。それは男の流した涙だった。

「...俺はどこから間違えたんだ」

 ポツリポツリと震える声で紡がれる、後悔の言葉。

「...こんなはずじゃ、なかったんだ...こんなはずじゃ」

 男はぐっと奥歯を噛み締める。
 空を見上げていた顔は下を向き、伸び切ったボサボサの髪の毛に隠れて表情は見えなくなった。



 初めはただ好きという気持ちと、純粋な希望だった。

 宗一郎が、医師になった理由。

 勉強が好きで、楽しかった。
 テストでいい点をとったら親が喜んでくれた。

 もっと母に笑ってほしくて。
 もっと勉強に力を入れた。

 そのうち、教師に「医師を目指せる」と言われるほどになり。図書館で、医師の仕事について詳しく調べた。

 患者を救える。人の笑顔が見られる。
 母もきっと褒めてくれる。
 高い給料で、母に美味しいものを食べさせてやれる。

 宗一郎は、そんな希望を持って医師になった。

 若い頃はがむしゃらに働いた。
 理不尽なことがあっても。
 担当した患者が、力及ばず亡くなっても。

 ただ、がむしゃらに...人のために働いた。

 だが、いつからだろうか。

 がむしゃらだった心には、いつの間にか『慢心』が棲みついて、宗一郎の内側は黒く濁っていった。

 気づけば、医師になった理由などこれっぽっちも思い出さなくなって。
 患者のことより、自分と...自分の病院の利益だけを考えるようになっていた。

 若い頃に出会って自分を支えてくれた妻と結婚して、春斗を授かって。
 もっと可愛がってやるつもりだったのに....
 結局、自分の利益のための『命令』ばかり。

 病院が数年の業務停止命令を受けて閉鎖されて。
 蔑ろにしてきた妻も、春斗も。
 皆、離れていった。

 病院も自分も、あっという間に世間に忘れ去られて。
 自分に残ったものは、もう何もない。

「....はははは。自業自得だ」

 後悔しても遅い。わかっている。
 わかっている....だが。

 考えずには居られない。

 どこかで...せめて、もう少し早く
 自分の愚かさを顧みていたら...
 不器用にでも...家族を大切にできていたら

 自分は今、こんなに孤独ではなかったのではないだろうか。

「...ごめ...ごめんな...っ」

 男の涙と謝罪の言葉は、患者たちにも...
 家族にも....届くことはなかった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました! 「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

処理中です...