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冷然たる狐は甘い熱に翻弄される
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コツ..コツ..コツーー。
ガチャリ。
「...チッ。またか」
都内にある名門国立大学、講義を終えた教室。
学長をつとめながら、授業も行う 狐火 十治(きつねび とうじ)28歳は、小さく舌打ちをした。
人を寄せ付けない雰囲気。ミステリアスな空気を感じる彼は、見た目は人間と変わらない。
だが、夜の帷がおりたような黒い瞳に切れ長の涼やかな目元、高い鼻梁、薄く整った形の唇。肌はきめ細やかで、黄金比で配置されたそれぞれのパーツから、容姿端麗と言える。
瞳と同じ色彩のサラリと流れる艶のある長髪は、後ろでゆるくひとつに編んで、腰まで伸びていた。
堅苦しくない黒のタートルネックに、グレーのパンツスーツというラフスタイルが、長身のスタイルを際立たせている。
彼は、狐獣人。神聖なる十字狐の獣人だった。
獣人は、意外と近くにいるもので、十治もその一人。誰にも告げず、ひっそりと。人間たちと共生していた。
コツ..コツ...コツ。
190センチ近くある長身で、スラリと長い足を動かし、黒板に近づく。
前まで来ると黒板をじっと見つめて、動かない。
授業や執務の時にだけかける、細いシルバーフレームの丸メガネを人差し指でクイっとあげた。
それを、初めて目にした日から....今日で四日目。
『知らず知らずのうちに毎日触れてるもの、なんだ?』
『その子たちを使って漁をする方法があるよ。なんだ?』
『生活になくてはならないもの。毎日絶対目にするもの。なんだ?』
そして、今日はーー。
『私の苦手な調味料です。なんだ?』
「......はぁ」
ザッ、ザッ、ザッ。
十治は、黒板消しを掴んで消して行く。
カタリ。タタタタ.....。
背後で物音がして、横目で音を追った。
教室のドアを影がサッと通り過ぎたのが見える。
その影は、ドアをくぐったあたりで止まり。
やがて、隠れて教室を覗き始めた。
ふっと、十治が口の端を上げる。
影の主は、それに気づかない。
文字を消し終わると、視線は黒板に向けたまま。十治がスゥっと息を吸って、低く穏やかな声で言った。
「.....橋本 茜。...バレてるぞ」
ギクリと肩を大きく揺らして.....渋々といった感じでものかげから出てきたのは、橋本茜(はしもと あかね)。
この大学の二年生である茜は、入学当初から十治の教える科目を選択する生徒の一人だった。
肩まである色素の薄い茶色寄りの髪の毛は、ふわふわ緩く波打って、毛先がカールしている。生まれつきのくせっ毛だ。
色白のつるりとした肌に、クリッとした大きな目。長いまつげも、髪の毛と同じ茶色。瞳は透き通ったライトブラウンで、ちょこんと主張する鼻と、唇は薔薇色をしている。美人だが....どちらかというと可愛らしい顔立ちだった。
その愛らしい顔は、何やらバツの悪そうな表情をつくっている。
コツ....コツ....コツ。
十治が、ドアをくぐって目の前まで来ると、大きな身長差で...まるで、子供を叱りつける父親のような絵になった。
茜の身長は、決して低い方ではないはずだ。
160センチ程度はあって、クラスで身長順に並んでも、後ろの方にいた。
俯いて目を合わせようとしない茜を見下ろしながら、たっぷり間を置いて、十治が一言放つ。茜とは対照的に、表情は全く動かない。
「....黒板に落書きは禁止だと、いつも言ってるだろう」
先ほど、十治が消していた文字は、茜が書いたものだった。
「.....はぁい」
しゅんとして。でも、どこか不満げにツンと唇を突き出して、茜は返事をした。ギュッとワンピースの裾が両手で握られている。
ちょうどすぐそばの窓からは、オレンジ色の日が差して、夕暮れ時を知らせてくれている。
今居た大きな教室はガランとしていて、誰もいない。皆、帰った後だった。
大きな手がスッと上がって、項垂れる茜の頭にのせられた。クシャリと優しく撫でてから、注意した時よりあたたかさを感じる声音で、また十治が話しかける。
「....早く帰りなさい。暗くなる」
茜はチラリと上目遣いで十治をみた後、再び視線を少しだけ伏せて....ふわっと小さく微笑んだ。
ほんのりと頬を染めて...嬉しそうに。
頭を撫でる十治の手が、ピクと微かに反応して止まった。そして、サッと手を引っ込めてしまう。
「あ.....」
同時に、茜の思わず漏れたような声が響く。
今しがた笑っていた顔は、残念そうに沈んだ。
そんなことには気づかぬフリをして、十治は茜に背を向け歩き始める。「...忘れ物するなよ」と視線は向けぬまま、背中で言って。
茜は、十治の姿が角を曲がって見えなくなるまで見送って...自分も帰宅するため、校門に向かった。
ガチャリ。
「...チッ。またか」
都内にある名門国立大学、講義を終えた教室。
学長をつとめながら、授業も行う 狐火 十治(きつねび とうじ)28歳は、小さく舌打ちをした。
人を寄せ付けない雰囲気。ミステリアスな空気を感じる彼は、見た目は人間と変わらない。
だが、夜の帷がおりたような黒い瞳に切れ長の涼やかな目元、高い鼻梁、薄く整った形の唇。肌はきめ細やかで、黄金比で配置されたそれぞれのパーツから、容姿端麗と言える。
瞳と同じ色彩のサラリと流れる艶のある長髪は、後ろでゆるくひとつに編んで、腰まで伸びていた。
堅苦しくない黒のタートルネックに、グレーのパンツスーツというラフスタイルが、長身のスタイルを際立たせている。
彼は、狐獣人。神聖なる十字狐の獣人だった。
獣人は、意外と近くにいるもので、十治もその一人。誰にも告げず、ひっそりと。人間たちと共生していた。
コツ..コツ...コツ。
190センチ近くある長身で、スラリと長い足を動かし、黒板に近づく。
前まで来ると黒板をじっと見つめて、動かない。
授業や執務の時にだけかける、細いシルバーフレームの丸メガネを人差し指でクイっとあげた。
それを、初めて目にした日から....今日で四日目。
『知らず知らずのうちに毎日触れてるもの、なんだ?』
『その子たちを使って漁をする方法があるよ。なんだ?』
『生活になくてはならないもの。毎日絶対目にするもの。なんだ?』
そして、今日はーー。
『私の苦手な調味料です。なんだ?』
「......はぁ」
ザッ、ザッ、ザッ。
十治は、黒板消しを掴んで消して行く。
カタリ。タタタタ.....。
背後で物音がして、横目で音を追った。
教室のドアを影がサッと通り過ぎたのが見える。
その影は、ドアをくぐったあたりで止まり。
やがて、隠れて教室を覗き始めた。
ふっと、十治が口の端を上げる。
影の主は、それに気づかない。
文字を消し終わると、視線は黒板に向けたまま。十治がスゥっと息を吸って、低く穏やかな声で言った。
「.....橋本 茜。...バレてるぞ」
ギクリと肩を大きく揺らして.....渋々といった感じでものかげから出てきたのは、橋本茜(はしもと あかね)。
この大学の二年生である茜は、入学当初から十治の教える科目を選択する生徒の一人だった。
肩まである色素の薄い茶色寄りの髪の毛は、ふわふわ緩く波打って、毛先がカールしている。生まれつきのくせっ毛だ。
色白のつるりとした肌に、クリッとした大きな目。長いまつげも、髪の毛と同じ茶色。瞳は透き通ったライトブラウンで、ちょこんと主張する鼻と、唇は薔薇色をしている。美人だが....どちらかというと可愛らしい顔立ちだった。
その愛らしい顔は、何やらバツの悪そうな表情をつくっている。
コツ....コツ....コツ。
十治が、ドアをくぐって目の前まで来ると、大きな身長差で...まるで、子供を叱りつける父親のような絵になった。
茜の身長は、決して低い方ではないはずだ。
160センチ程度はあって、クラスで身長順に並んでも、後ろの方にいた。
俯いて目を合わせようとしない茜を見下ろしながら、たっぷり間を置いて、十治が一言放つ。茜とは対照的に、表情は全く動かない。
「....黒板に落書きは禁止だと、いつも言ってるだろう」
先ほど、十治が消していた文字は、茜が書いたものだった。
「.....はぁい」
しゅんとして。でも、どこか不満げにツンと唇を突き出して、茜は返事をした。ギュッとワンピースの裾が両手で握られている。
ちょうどすぐそばの窓からは、オレンジ色の日が差して、夕暮れ時を知らせてくれている。
今居た大きな教室はガランとしていて、誰もいない。皆、帰った後だった。
大きな手がスッと上がって、項垂れる茜の頭にのせられた。クシャリと優しく撫でてから、注意した時よりあたたかさを感じる声音で、また十治が話しかける。
「....早く帰りなさい。暗くなる」
茜はチラリと上目遣いで十治をみた後、再び視線を少しだけ伏せて....ふわっと小さく微笑んだ。
ほんのりと頬を染めて...嬉しそうに。
頭を撫でる十治の手が、ピクと微かに反応して止まった。そして、サッと手を引っ込めてしまう。
「あ.....」
同時に、茜の思わず漏れたような声が響く。
今しがた笑っていた顔は、残念そうに沈んだ。
そんなことには気づかぬフリをして、十治は茜に背を向け歩き始める。「...忘れ物するなよ」と視線は向けぬまま、背中で言って。
茜は、十治の姿が角を曲がって見えなくなるまで見送って...自分も帰宅するため、校門に向かった。
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