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美しき雪豹は凍える少女を包み込みたい
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「...よし。準備できた。...行くか」
『花嫁選定会』を終えてすぐ、雪は車の免許を取得した。そして、諸々の準備を整え...今からある場所へ向かうつもりだ。
カサ。
まだ真新しい車の助手席に小さな紙袋を置いて。
雪は、運転席のシートベルトをしめ出発したーー。
*****
「....今日は何しよう」
ポツリ呟いて、10歳の少女・桃は真っ直ぐ前を見据える。
ジャリ...ジャリ....。
子供が遊ぶ場所など、そこかしこに広がる野原くらい。木登り、かけっこ、探検。できることといったら、そんなところだろうか。花摘みは....やっと冬が過ぎ、春が訪れようとしているこの時期、草木は芽を出し始めたばかりで。野原に咲く花はあまり見当たらない。
「....どれも気分じゃないや」
トスン、とすぐそばにあった大きな石に腰掛けた。
手持ち無沙汰で。両手を後ろについて足をブラブラさせてみる。
ザッ...。
「よぉ、桃。何してんだ?」
と、影が落ち、砂を踏む音と共に声がかかった。
「あ.....」
嫌な予感がして...見上げればやはり、予想通りの人物。
「...元ちゃん」
桃のご近所に住む、東堂 元(とうどう げん)がニヤニヤといやらしく笑いながら立っていた。
元は、桃と同じ小学校に通う同級生。
いつも桃に色々な意地悪を仕掛けてくるので、どうも好きになれなかった。
元は腰に手を当てふんぞり返って、自分より低い位置にある桃の顔を見下ろしている。
その顔はぞくりとするほど悪い表情を浮かべていて、桃は身体を強張らせた。
「な、なにも.....」
答えながら桃は顔を俯ける。ぎゅっと目を瞑った。
「へぇ~。暇なんだ。お前、友達いねぇもんな」
「...........」
自分のことは棚に上げて。ひとりきりの桃を嘲笑うように言った元は、「じゃあ...」と言いながら足元に転がる石をいくつか拾い上げた。
「....俺が遊んでやろうか?」
「...........っ」
ニタァと更に口の端を上げて....元はいきなり石を投げる構えをとった。
元の言葉に目を開けた桃は、目の前の光景に恐怖を覚え、急いで立ち上がる。
「ははは!待てよ~!おっもしれぇ~!...おらよっ!」
ヒュンと空を切る音を立てながら、逃げる桃を狙って石が飛んでくる。
野球が得意な元はコントロールがよく、桃のすれすれ目がけて石を投げていく。
「や、やめてよぉ!」
泣きそうになりながら顔だけ振り返り、訴える桃。
しかし、喚けば喚くほど....元は楽しそうに桃を追いかけた。
「あ.....っ」
躓き、ズザッと転んでしまった桃は「...イタァ」と声をあげ立ち上がれない。
その間に走り寄った元は、「あーあ、もう終わりかぁ。つっまんねぇの」と言って....残りの石を全部....地面にうつ伏せに倒れる桃目掛けて投げようとした。
無意識に頭に手をやり、痛みに耐えようと身体に力を入れた時。
ふわりと身体が浮いた感覚がして....
桃は、いつの間にか温かな腕に包まれていたーー。
「...大丈夫?」
「....え?」
落ち着いた声音が落ちてきて、思わず声を上げた。
と、同時に。元の焦った声が響く。
「....な、何だよ、お前!.....っ!」
桃を抱く腕は力強さを増して。まるで見るなとでも言うように、大きな胸に顔を埋める形になった。すっぽり隠れてしまった桃からは、元の姿も、自分を抱く人物の姿も....確認できない。
そして....ハッと息を呑む気配がした。
元は、その時震え上がっていたのだ。
自分を射殺さんとばかりに睨む、冷えた瞳を目の当たりにしてーー。
「あ.......」
視線だけ。だが、その視線だけで元は動けなくなった。
この人物は本気だ、と本能が言っていた。
自分はこの人の.....『禁忌』を侵したのだと。
「....もう....しないよな」
男は、確認するように問う。たった一言。
.....その口調は確かに。「次はないぞ」と物語っている。
「......は、はい」
元は、震える声で頷いて。
慌てて背を向け、逃げていったーー。
◇
「....もう大丈夫だよ」
ザリ、と地面が鳴る。
抱き上げられていた腕がゆるまって、どこまでも優しい....自分を気遣う声が聞こえた。桃はそろりと顔を上げる。
すると、至近距離にとても綺麗な男性の顔があって.....桃はほうっと見惚れてしまった。男性は襟付きの白シャツにキャメル色のコート、黒のパンツを合わせていて、桃にはとても大人っぽく見えた。
こんな田舎の村で.....もう小さくなった古い着物を着ている桃とは住む世界が違う人物だ。
「....桃ちゃん?」
自分の顔をじっと見て動かなくなった桃に、首を傾げて尋ねる男性。桃はようやく我に返った。
「あ.....あり、がとうございます.....」
「ううん。痛かったでしょ?....あ、擦りむいてるね。ちょっと待ってて」
「.........?」
桃を地面におろしてから、男性はガサゴソと持っていたカバンの中を漁り......新しいペットボトルの水と小さなポーチを取り出した。
「しみるけど...少しだけ辛抱してね」
そう言うと、水で膝を洗い流して。ポーチに入っていた絆創膏を貼ってくれる。
「よし、これでいいね」
「....お手間をおかけして....すみません」
「....ううん、こんなの手間じゃないよ」
微笑んで、男性はクシャッと桃の頭を撫でてくれた。
その手の体温に、さっきの出来事でかたくなっていた心がじんわり解けていく。
「....あの」
「ん?」
「....さっき、桃ちゃんって。どうして私の名前、わかったんですか?」
「あ.....」
ふと思い出して桃が聞くと、男性は口元を押さえてかたまった。
「いや....あ~....そう、さっきの男の子がそう呼んでるのを聞いて」
「....あ」
そういえば。元が現れた時に、名前を呼ばれた。
なるほどと納得して、桃はコクリ頷く。
「....さっきの子。よくいじめられるの?」
聞かれて、桃よりかなり高い位置にある顔を見上げれば、男性が気づいて....目線を合わせてくれる。
「....時々。....私、四年前にここに来て。もともと村の子じゃないから気に入らないみたい。....まだ友達もいないし」
「....“誰か“に相談した?」
「.....誰か?.....えっと」
両親ではなく『誰か』と聞かれたことに、何となく引っかかりを覚えたが、桃は続けた。
「.....私、両親は他界してて。今、遠縁の親戚のお家でお世話になってるんです。だから.....言ってません」
途中、言いにくくて....桃は説明を省いた。
四年前、両親が事故で亡くなった。
そして、住んでいた家も、家具も。大切にしていた品や母の着物も。....今では全て親戚が管理していた。もしかしたら、既に売られてしまっているかもしれない。
桃の手元に残ったのは、母が誕生日に買ってくれたうさぎのぬいぐるみだけ。
虐待や食事を与えられないということはないが....決していい環境とはいえなかった。
親戚は桃に無関心で....着るものも自分の家の娘のお古ばかり。寝食を与えてやっているんだから十分だろうと言わんばかりの扱いで.....相談なんてできる相手ではない。
だが、そんなこと、見ず知らずの男性に説明しても、きっと困る。言わない方がいい。
そう思って淡々と説明したつもりだったが、思ったよりも冷えた声が出て、自分でも驚いた。
俯けていた視線を向ければ、男性は眉を下げて悲しそうにしている。まるで、自分も痛みを感じているみたいにーー。
(....どうして)
桃はゆるゆる目を見開き、視線を逸らせない。
「.....僕、神田 雪。....ねぇ。良ければ、僕と友達になってくれない?」
と、男性がゆっくり口を開いて言葉を紡ぐ。
「.....友達?」
「うん。僕、君と友達になりたいんだ。君のこと、もっと知りたい。.....ダメかな?」
遠慮がちに問われて、桃は勢いよくかぶりを振った。
普通なら戸惑うところなのだろう。
だが、今の桃にとっては魅力的な提案だった。
全てを奪われ、桃の心は寂しさに押しつぶされそうだったから。毎日、凍える心地で過ごしていたから。
「う、ううん!.....私も、お友達になりたい!」
パァと頬を紅潮させて力強く言った桃は、本当に嬉しげだった。
「ありがとう。じゃあ、これからよろしくね。.....桃ちゃん」
男性が目を細めて呼んだ名前は.....どこまでも優しく。甘く。けれど、澄み渡って聞こえてーー。
一瞬、自分が.....特別な宝物にでもなったような気持ちを抱いた。
「......は、はい」
トクンと心臓が脈打つ不思議な感覚に首を傾げながら。桃は返事を返した。
『花嫁選定会』を終えてすぐ、雪は車の免許を取得した。そして、諸々の準備を整え...今からある場所へ向かうつもりだ。
カサ。
まだ真新しい車の助手席に小さな紙袋を置いて。
雪は、運転席のシートベルトをしめ出発したーー。
*****
「....今日は何しよう」
ポツリ呟いて、10歳の少女・桃は真っ直ぐ前を見据える。
ジャリ...ジャリ....。
子供が遊ぶ場所など、そこかしこに広がる野原くらい。木登り、かけっこ、探検。できることといったら、そんなところだろうか。花摘みは....やっと冬が過ぎ、春が訪れようとしているこの時期、草木は芽を出し始めたばかりで。野原に咲く花はあまり見当たらない。
「....どれも気分じゃないや」
トスン、とすぐそばにあった大きな石に腰掛けた。
手持ち無沙汰で。両手を後ろについて足をブラブラさせてみる。
ザッ...。
「よぉ、桃。何してんだ?」
と、影が落ち、砂を踏む音と共に声がかかった。
「あ.....」
嫌な予感がして...見上げればやはり、予想通りの人物。
「...元ちゃん」
桃のご近所に住む、東堂 元(とうどう げん)がニヤニヤといやらしく笑いながら立っていた。
元は、桃と同じ小学校に通う同級生。
いつも桃に色々な意地悪を仕掛けてくるので、どうも好きになれなかった。
元は腰に手を当てふんぞり返って、自分より低い位置にある桃の顔を見下ろしている。
その顔はぞくりとするほど悪い表情を浮かべていて、桃は身体を強張らせた。
「な、なにも.....」
答えながら桃は顔を俯ける。ぎゅっと目を瞑った。
「へぇ~。暇なんだ。お前、友達いねぇもんな」
「...........」
自分のことは棚に上げて。ひとりきりの桃を嘲笑うように言った元は、「じゃあ...」と言いながら足元に転がる石をいくつか拾い上げた。
「....俺が遊んでやろうか?」
「...........っ」
ニタァと更に口の端を上げて....元はいきなり石を投げる構えをとった。
元の言葉に目を開けた桃は、目の前の光景に恐怖を覚え、急いで立ち上がる。
「ははは!待てよ~!おっもしれぇ~!...おらよっ!」
ヒュンと空を切る音を立てながら、逃げる桃を狙って石が飛んでくる。
野球が得意な元はコントロールがよく、桃のすれすれ目がけて石を投げていく。
「や、やめてよぉ!」
泣きそうになりながら顔だけ振り返り、訴える桃。
しかし、喚けば喚くほど....元は楽しそうに桃を追いかけた。
「あ.....っ」
躓き、ズザッと転んでしまった桃は「...イタァ」と声をあげ立ち上がれない。
その間に走り寄った元は、「あーあ、もう終わりかぁ。つっまんねぇの」と言って....残りの石を全部....地面にうつ伏せに倒れる桃目掛けて投げようとした。
無意識に頭に手をやり、痛みに耐えようと身体に力を入れた時。
ふわりと身体が浮いた感覚がして....
桃は、いつの間にか温かな腕に包まれていたーー。
「...大丈夫?」
「....え?」
落ち着いた声音が落ちてきて、思わず声を上げた。
と、同時に。元の焦った声が響く。
「....な、何だよ、お前!.....っ!」
桃を抱く腕は力強さを増して。まるで見るなとでも言うように、大きな胸に顔を埋める形になった。すっぽり隠れてしまった桃からは、元の姿も、自分を抱く人物の姿も....確認できない。
そして....ハッと息を呑む気配がした。
元は、その時震え上がっていたのだ。
自分を射殺さんとばかりに睨む、冷えた瞳を目の当たりにしてーー。
「あ.......」
視線だけ。だが、その視線だけで元は動けなくなった。
この人物は本気だ、と本能が言っていた。
自分はこの人の.....『禁忌』を侵したのだと。
「....もう....しないよな」
男は、確認するように問う。たった一言。
.....その口調は確かに。「次はないぞ」と物語っている。
「......は、はい」
元は、震える声で頷いて。
慌てて背を向け、逃げていったーー。
◇
「....もう大丈夫だよ」
ザリ、と地面が鳴る。
抱き上げられていた腕がゆるまって、どこまでも優しい....自分を気遣う声が聞こえた。桃はそろりと顔を上げる。
すると、至近距離にとても綺麗な男性の顔があって.....桃はほうっと見惚れてしまった。男性は襟付きの白シャツにキャメル色のコート、黒のパンツを合わせていて、桃にはとても大人っぽく見えた。
こんな田舎の村で.....もう小さくなった古い着物を着ている桃とは住む世界が違う人物だ。
「....桃ちゃん?」
自分の顔をじっと見て動かなくなった桃に、首を傾げて尋ねる男性。桃はようやく我に返った。
「あ.....あり、がとうございます.....」
「ううん。痛かったでしょ?....あ、擦りむいてるね。ちょっと待ってて」
「.........?」
桃を地面におろしてから、男性はガサゴソと持っていたカバンの中を漁り......新しいペットボトルの水と小さなポーチを取り出した。
「しみるけど...少しだけ辛抱してね」
そう言うと、水で膝を洗い流して。ポーチに入っていた絆創膏を貼ってくれる。
「よし、これでいいね」
「....お手間をおかけして....すみません」
「....ううん、こんなの手間じゃないよ」
微笑んで、男性はクシャッと桃の頭を撫でてくれた。
その手の体温に、さっきの出来事でかたくなっていた心がじんわり解けていく。
「....あの」
「ん?」
「....さっき、桃ちゃんって。どうして私の名前、わかったんですか?」
「あ.....」
ふと思い出して桃が聞くと、男性は口元を押さえてかたまった。
「いや....あ~....そう、さっきの男の子がそう呼んでるのを聞いて」
「....あ」
そういえば。元が現れた時に、名前を呼ばれた。
なるほどと納得して、桃はコクリ頷く。
「....さっきの子。よくいじめられるの?」
聞かれて、桃よりかなり高い位置にある顔を見上げれば、男性が気づいて....目線を合わせてくれる。
「....時々。....私、四年前にここに来て。もともと村の子じゃないから気に入らないみたい。....まだ友達もいないし」
「....“誰か“に相談した?」
「.....誰か?.....えっと」
両親ではなく『誰か』と聞かれたことに、何となく引っかかりを覚えたが、桃は続けた。
「.....私、両親は他界してて。今、遠縁の親戚のお家でお世話になってるんです。だから.....言ってません」
途中、言いにくくて....桃は説明を省いた。
四年前、両親が事故で亡くなった。
そして、住んでいた家も、家具も。大切にしていた品や母の着物も。....今では全て親戚が管理していた。もしかしたら、既に売られてしまっているかもしれない。
桃の手元に残ったのは、母が誕生日に買ってくれたうさぎのぬいぐるみだけ。
虐待や食事を与えられないということはないが....決していい環境とはいえなかった。
親戚は桃に無関心で....着るものも自分の家の娘のお古ばかり。寝食を与えてやっているんだから十分だろうと言わんばかりの扱いで.....相談なんてできる相手ではない。
だが、そんなこと、見ず知らずの男性に説明しても、きっと困る。言わない方がいい。
そう思って淡々と説明したつもりだったが、思ったよりも冷えた声が出て、自分でも驚いた。
俯けていた視線を向ければ、男性は眉を下げて悲しそうにしている。まるで、自分も痛みを感じているみたいにーー。
(....どうして)
桃はゆるゆる目を見開き、視線を逸らせない。
「.....僕、神田 雪。....ねぇ。良ければ、僕と友達になってくれない?」
と、男性がゆっくり口を開いて言葉を紡ぐ。
「.....友達?」
「うん。僕、君と友達になりたいんだ。君のこと、もっと知りたい。.....ダメかな?」
遠慮がちに問われて、桃は勢いよくかぶりを振った。
普通なら戸惑うところなのだろう。
だが、今の桃にとっては魅力的な提案だった。
全てを奪われ、桃の心は寂しさに押しつぶされそうだったから。毎日、凍える心地で過ごしていたから。
「う、ううん!.....私も、お友達になりたい!」
パァと頬を紅潮させて力強く言った桃は、本当に嬉しげだった。
「ありがとう。じゃあ、これからよろしくね。.....桃ちゃん」
男性が目を細めて呼んだ名前は.....どこまでも優しく。甘く。けれど、澄み渡って聞こえてーー。
一瞬、自分が.....特別な宝物にでもなったような気持ちを抱いた。
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