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【番外編】I AM YOUR BABY
1.初恋
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風呂から出て、冷蔵庫にミネラルウォーターを取りにいくと、雅治がダイニングテーブルの上でノートパソコンを開き、脇に置いた書類の束を捲っていた。
雅治は滅多に家に仕事を持ち込まないので、そんな光景は珍しい。
仕事モードの真剣な横顔にしばらく見惚れていると、晶に気づいた雅治が顔を上げた。
「晶、そんな格好してたら風邪引くだろ。オレはもう少しかかるから先に寝て」
晶は「ん…」と曖昧な返事をして、冷蔵庫からボトルを取り出し水を飲んだ。
なんとなくまだ側にいたくて、雅治の背中から首に腕を回し、甘えたように抱きついた。
「ねえ、なに、それ。どんな仕事?面倒なやつ?」
「面倒なことはないよ。路上での暴行傷害事件。初犯だし、執行猶予はもらえるはずだけど、被告人が動機を話してくれなくて、ちょっと気になって」
「ふーん」
雅治の本職は晶には難しすぎてあまり興味が持てない。
生返事を返しながら、どうやって雅治に仕事をやめさせてベッドに連れこもうかと考えながら、なんとなくテーブルの上を見ていた晶は、新聞の切り抜き記事にはっとした。
『新宿の路上で突然男に殴られ、男性が重症』
という見出しのついた小さな記事の中に、映りの悪い写真があった。
その顔に驚き、写真の下の『容疑者 竜崎健』という名前に確信を持つ。
晶は、雅治から離れて、その記事を手にとった。
「どうかしたか」
「この事件、雅治が担当するのか」
「そうだけど」
「裁判はいつ」
「来週だよ」
「観覧出来るの?」
「観覧って、テレビ番組じゃないんだから」
雅治はそう言って苦笑しながら「傍聴、出来るよ」と答える。
「オレ、見たい」
「それはいいけど、晶、竜崎健を知ってるのか」
問われて、晶の迷いを時間にしたくらいの、間があった。
「…昔、隣に住んでいたんだ。4つ年上の兄ちゃんで、中学までくっついて遊んでもらってた」
晶は何か考えているようにそれきり黙りこんで、心配そうに見つめる雅治に「先に寝る」と言って寝室に行ってしまった。
***
竜崎健は、晶の家の隣に住んでいた。
体格も運動神経も良く、中学生の頃から腕力が強いことで知られていた健は、他校の生徒や高校生と喧嘩をすることがあり、近所では悪名高い「不良」と思われていた。
けれど晶にはいつでも優しかった。
カッコよくて強い隣のお兄さんは晶の憧れだった。
ちなみに母の真佐子も健のファンだった。
健は、高校生になると、黒い髪をリーゼントできめ、皮ジャンを着てバイクに乗るようになり「九頭龍」というチームに入った。
その頃、神奈川には同じような勢力を持つチームが4つあって、小競り合いは時々あるものの、それぞれの力は均衡し、大きな諍いはなかった。
やがて健は七代目「九頭龍」の副頭になった。
七代目九頭龍のヘッドを継いだのは、久保康生という健と同学年の男だった。
晶も健について集まりに顔を出したり、バイクの後ろに乗せてもらいチームのメンバーと走ったりして、そのたびに「九頭龍」に入れて欲しいと頼んだが、健に、中学生はダメだ、と言われ続けていた。
晶が駄々をこねると、ヘッドの久保が「じゃあ、晶は九頭龍のマスコットボーイってことにしてやる」と言って頭を撫でてくれた。
一人だけ中学生の晶は、チームのみんなに可愛がられた。
晶は、健のことが好きだった。
自分の性癖は物心がついたときから自覚していたので、健が好きなことに迷いはなく、思いを打ち明けることに躊躇いもなかった。
「健兄が好きなんだ。お願いだからオレを抱いて」
子供だったから、そんなふうに正面からぶつかる方法しか知らなかった。
健は「中学生に手が出せるかよ」と言って曖昧に笑うばかりで、本気にもしてくれなかった。
「それに、晶は男だろ?」
同性だということを建前に晶を拒む健が、密かに愛しているのが誰なのかを、晶は知っていた。
「身代わりでもいいから抱いて」
そう駄々をこねたときだけ、健は本気で怒った。
「自分を安く売るんじゃねえ」
けれど晶が泣き出すと、困ったように優しく諭してくれた。
「晶、おまえがオレにとってどうでもいい相手なら、遊んでもいい。けどな、おまえはオレにとっては大事な、弟みたいな存在だから、いい加減な気持ちでは抱けないんだ。理解しろ」
結局、晶の初恋は実らなかった。
それでも晶は健が大好きで、一緒にいられて、弟のようにだとしても大事に思ってくれて幸せだった。
それなのに、ある日突然、健は晶の前から姿を消してしまった。
寒い、雪の降る二月。
晶を家の前に呼び出して、「もう九頭龍に関わるな。おまえは、県外の高校に行って、高校生になったら真面目に勉強するんだ」と真剣な顔で言った。
晶には、健がどこかに行ってしまうことがわかった。
「イヤだ、健兄、どこにも行かないで!」
広い背中にしがみついて、泣いた。
「おまえが真面目に勉強して、ちゃんとした大人になったら、そのときは抱いてやる」
晶の額に無骨なキスをして、健はそう言った。
その日以来、健には会っていない。
雅治は滅多に家に仕事を持ち込まないので、そんな光景は珍しい。
仕事モードの真剣な横顔にしばらく見惚れていると、晶に気づいた雅治が顔を上げた。
「晶、そんな格好してたら風邪引くだろ。オレはもう少しかかるから先に寝て」
晶は「ん…」と曖昧な返事をして、冷蔵庫からボトルを取り出し水を飲んだ。
なんとなくまだ側にいたくて、雅治の背中から首に腕を回し、甘えたように抱きついた。
「ねえ、なに、それ。どんな仕事?面倒なやつ?」
「面倒なことはないよ。路上での暴行傷害事件。初犯だし、執行猶予はもらえるはずだけど、被告人が動機を話してくれなくて、ちょっと気になって」
「ふーん」
雅治の本職は晶には難しすぎてあまり興味が持てない。
生返事を返しながら、どうやって雅治に仕事をやめさせてベッドに連れこもうかと考えながら、なんとなくテーブルの上を見ていた晶は、新聞の切り抜き記事にはっとした。
『新宿の路上で突然男に殴られ、男性が重症』
という見出しのついた小さな記事の中に、映りの悪い写真があった。
その顔に驚き、写真の下の『容疑者 竜崎健』という名前に確信を持つ。
晶は、雅治から離れて、その記事を手にとった。
「どうかしたか」
「この事件、雅治が担当するのか」
「そうだけど」
「裁判はいつ」
「来週だよ」
「観覧出来るの?」
「観覧って、テレビ番組じゃないんだから」
雅治はそう言って苦笑しながら「傍聴、出来るよ」と答える。
「オレ、見たい」
「それはいいけど、晶、竜崎健を知ってるのか」
問われて、晶の迷いを時間にしたくらいの、間があった。
「…昔、隣に住んでいたんだ。4つ年上の兄ちゃんで、中学までくっついて遊んでもらってた」
晶は何か考えているようにそれきり黙りこんで、心配そうに見つめる雅治に「先に寝る」と言って寝室に行ってしまった。
***
竜崎健は、晶の家の隣に住んでいた。
体格も運動神経も良く、中学生の頃から腕力が強いことで知られていた健は、他校の生徒や高校生と喧嘩をすることがあり、近所では悪名高い「不良」と思われていた。
けれど晶にはいつでも優しかった。
カッコよくて強い隣のお兄さんは晶の憧れだった。
ちなみに母の真佐子も健のファンだった。
健は、高校生になると、黒い髪をリーゼントできめ、皮ジャンを着てバイクに乗るようになり「九頭龍」というチームに入った。
その頃、神奈川には同じような勢力を持つチームが4つあって、小競り合いは時々あるものの、それぞれの力は均衡し、大きな諍いはなかった。
やがて健は七代目「九頭龍」の副頭になった。
七代目九頭龍のヘッドを継いだのは、久保康生という健と同学年の男だった。
晶も健について集まりに顔を出したり、バイクの後ろに乗せてもらいチームのメンバーと走ったりして、そのたびに「九頭龍」に入れて欲しいと頼んだが、健に、中学生はダメだ、と言われ続けていた。
晶が駄々をこねると、ヘッドの久保が「じゃあ、晶は九頭龍のマスコットボーイってことにしてやる」と言って頭を撫でてくれた。
一人だけ中学生の晶は、チームのみんなに可愛がられた。
晶は、健のことが好きだった。
自分の性癖は物心がついたときから自覚していたので、健が好きなことに迷いはなく、思いを打ち明けることに躊躇いもなかった。
「健兄が好きなんだ。お願いだからオレを抱いて」
子供だったから、そんなふうに正面からぶつかる方法しか知らなかった。
健は「中学生に手が出せるかよ」と言って曖昧に笑うばかりで、本気にもしてくれなかった。
「それに、晶は男だろ?」
同性だということを建前に晶を拒む健が、密かに愛しているのが誰なのかを、晶は知っていた。
「身代わりでもいいから抱いて」
そう駄々をこねたときだけ、健は本気で怒った。
「自分を安く売るんじゃねえ」
けれど晶が泣き出すと、困ったように優しく諭してくれた。
「晶、おまえがオレにとってどうでもいい相手なら、遊んでもいい。けどな、おまえはオレにとっては大事な、弟みたいな存在だから、いい加減な気持ちでは抱けないんだ。理解しろ」
結局、晶の初恋は実らなかった。
それでも晶は健が大好きで、一緒にいられて、弟のようにだとしても大事に思ってくれて幸せだった。
それなのに、ある日突然、健は晶の前から姿を消してしまった。
寒い、雪の降る二月。
晶を家の前に呼び出して、「もう九頭龍に関わるな。おまえは、県外の高校に行って、高校生になったら真面目に勉強するんだ」と真剣な顔で言った。
晶には、健がどこかに行ってしまうことがわかった。
「イヤだ、健兄、どこにも行かないで!」
広い背中にしがみついて、泣いた。
「おまえが真面目に勉強して、ちゃんとした大人になったら、そのときは抱いてやる」
晶の額に無骨なキスをして、健はそう言った。
その日以来、健には会っていない。
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