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23模範になりたい②
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「あぁ……」
ルイは自室にて深いため息をこぼした。
今日は驚くべき日で、6年ぶりにレオポルドが帰ってきたのだった。実に喜ばしい、素晴らしいと飛び上がっても不思議はない。我慢しなければうっかり歓喜で叫び出してしまうかもしれない。そんな人生でも指折りの記念日であるはずであった。
「ねぇララ」
「いかがいたしましたか?」
ただ今は少しだけルイは憂鬱を感じていた。隣で使用済みのカップと器を片付けている侍女に、話し相手になってくれと目だけで訴える。優秀な侍女はそれだけで察知してくれた。
「これからまた、私は王子の模範としてやっていけるかな」
「模範でございますか」
レオポルドが幼いときは、いくらだって年上らしい態度が取れたというものだった。話術はおぼつかなく、算術もできぬ、やんちゃで寂しがりだった坊主。どこにいても後ろから付いてきて、「おしえてくれ」か「遊ぼう」と話しかけてくる純朴な少年だった。
可愛らしいから言われたらつい受け入れてしまう。彼の模範でいることがルイの王宮での存在理由だった。この王宮でルイが明るくいられるのは、そのように慕ってくれる少年をそばに感じられていたおかげである。
「王子は……きっと私の手に負えないんじゃないかな」
「と、いいますと?」
「あの子は天才だ。すでに兄王子たちと並びそうな、どうにかできる技量があって。これからもまだ成長の見込みがあるなんて」
末恐ろしいという表情をしながら、ルイは言葉を並べた。体格はさることながら、王子はあの風貌で自分磨きが趣味である。武術で負けなし、剣術はルイが及ぶことのない領域に突入している。近ごろは決闘大会には出ていないというが、他の試合では賞を総なめにしている。
学問ではほとんどの科目を修め、内容を再度おさらいしているという。月に何度も送られてきた手紙には、わけのわからない専門用語や考察が記されることがあった。「ルイはこれを知っているか?」とか「この研究はおもしろいぞ」といった付言がなされることが多い。ルイはそれらを見るたびに図書館に行き、本で用語を調べて、レオポルドに話を合わせることで何とかやり過ごしていた。
「この前なんて学校に置かれている蔵書を全部読んでしまったって、手紙に書かれたよ……」
「常人を凌駕していますね」
「うん、そうなんだよ。それになぜかわからないけど絵を描くのも本当に上手い」
レオポルドの意欲と才能はもともと見抜いていた、というより信じていた。ルイは彼の成長速度を近くで感じていたし、ある程度わかっているつもりだった。
だが、さっきまで座っていた王子の姿を見ていたら、自分の想像がいかにお粗末だったか思い知らされる。あれは100年、いや1000年に一人の逸材だと本気でルイは考えていた。
「ルイ様のために頑張ったのですよ、きっとそうです」
「ないよ。あの子と私はたった1年だけ、一緒にいただけだ」
「そうでしょうか?絵まで習って描いて、ルイ様の気を引こうとしているようにしか見えませんが」
饒舌な侍女の姿はめずらしくない。ふだんから世間や王宮の噂をつぶさに語ってくれるララは、主のよき手足となって働いてくれている。
ルイは不安だった。レオポルドにとって、自分は役不足な年長である。自分が王子を盛り立てていく自信はない。
(私の手もとを離れる時は、そう遠くないのかも)
何も持ちあわせていないゆえに、王子が不服申し立てするのではないかと怖さがあった。
「王子がいつエスペランサ家との婚約を無かったことにしようと、私はきっと拒めないな」
「ルイ様はレオポルド殿下に夫婦の縁を切られると懸念しておられるのですか?」
「だって……婚礼で王子だけ名前書いていなかったし」
「まぁ、そんなこともありましたが」
ララは理解を口にしたが、疑問を抱いたまま、いまいち納得がいかない様子だった。「あんなに慕われているのに」という周りの侍女の思惑はルイの耳に伝わることはない。
「何年経っても人は変わらないと言います。レオポルド殿下はまだ17歳の年ごろなのですから、なおさらそうなのでは?」
侍女の言葉に従うように、ルイは自分の6年間を振り返ってみた。皆とおしゃべりして、仲良くご飯を食べて、お菓子を作ったりした。王子からの手紙を捌くのも日課である。
湖に子どもたちを集めて毎日のように授業の真似事をしている。まだ文字も書けないような子どもたちと、遊び戯れながら勉強する。これは非常にやりがいと喜びを感じられるものだった。
授業に参加してくれた子どもの父母とも交流を持ち、親交の輪は広がっている。その縁は王都を飛び越えているのだからつながりは深いといえた。まぁ広がったとしても、ルイがやることは特に変わらないのであるが。
「たしかに私は変わっていない。でも、あの子はどうだろう」
ルイがたびたび発する「あの子」とは、もちろんレオポルドのことである。いまだに昔の調子が抜け切れず、ちびっ子扱いしてしまうことがあった。
「失望されたくないなぁ……」
心の本音をルイはうっかり漏らしていた。自室にはララと数人の侍女だけだから、気持ちが緩んでいることもあった。この台詞には話し相手となっていたララでさえも、ためらいがちに愛想笑いをするしかなかった。
ルイは自室にて深いため息をこぼした。
今日は驚くべき日で、6年ぶりにレオポルドが帰ってきたのだった。実に喜ばしい、素晴らしいと飛び上がっても不思議はない。我慢しなければうっかり歓喜で叫び出してしまうかもしれない。そんな人生でも指折りの記念日であるはずであった。
「ねぇララ」
「いかがいたしましたか?」
ただ今は少しだけルイは憂鬱を感じていた。隣で使用済みのカップと器を片付けている侍女に、話し相手になってくれと目だけで訴える。優秀な侍女はそれだけで察知してくれた。
「これからまた、私は王子の模範としてやっていけるかな」
「模範でございますか」
レオポルドが幼いときは、いくらだって年上らしい態度が取れたというものだった。話術はおぼつかなく、算術もできぬ、やんちゃで寂しがりだった坊主。どこにいても後ろから付いてきて、「おしえてくれ」か「遊ぼう」と話しかけてくる純朴な少年だった。
可愛らしいから言われたらつい受け入れてしまう。彼の模範でいることがルイの王宮での存在理由だった。この王宮でルイが明るくいられるのは、そのように慕ってくれる少年をそばに感じられていたおかげである。
「王子は……きっと私の手に負えないんじゃないかな」
「と、いいますと?」
「あの子は天才だ。すでに兄王子たちと並びそうな、どうにかできる技量があって。これからもまだ成長の見込みがあるなんて」
末恐ろしいという表情をしながら、ルイは言葉を並べた。体格はさることながら、王子はあの風貌で自分磨きが趣味である。武術で負けなし、剣術はルイが及ぶことのない領域に突入している。近ごろは決闘大会には出ていないというが、他の試合では賞を総なめにしている。
学問ではほとんどの科目を修め、内容を再度おさらいしているという。月に何度も送られてきた手紙には、わけのわからない専門用語や考察が記されることがあった。「ルイはこれを知っているか?」とか「この研究はおもしろいぞ」といった付言がなされることが多い。ルイはそれらを見るたびに図書館に行き、本で用語を調べて、レオポルドに話を合わせることで何とかやり過ごしていた。
「この前なんて学校に置かれている蔵書を全部読んでしまったって、手紙に書かれたよ……」
「常人を凌駕していますね」
「うん、そうなんだよ。それになぜかわからないけど絵を描くのも本当に上手い」
レオポルドの意欲と才能はもともと見抜いていた、というより信じていた。ルイは彼の成長速度を近くで感じていたし、ある程度わかっているつもりだった。
だが、さっきまで座っていた王子の姿を見ていたら、自分の想像がいかにお粗末だったか思い知らされる。あれは100年、いや1000年に一人の逸材だと本気でルイは考えていた。
「ルイ様のために頑張ったのですよ、きっとそうです」
「ないよ。あの子と私はたった1年だけ、一緒にいただけだ」
「そうでしょうか?絵まで習って描いて、ルイ様の気を引こうとしているようにしか見えませんが」
饒舌な侍女の姿はめずらしくない。ふだんから世間や王宮の噂をつぶさに語ってくれるララは、主のよき手足となって働いてくれている。
ルイは不安だった。レオポルドにとって、自分は役不足な年長である。自分が王子を盛り立てていく自信はない。
(私の手もとを離れる時は、そう遠くないのかも)
何も持ちあわせていないゆえに、王子が不服申し立てするのではないかと怖さがあった。
「王子がいつエスペランサ家との婚約を無かったことにしようと、私はきっと拒めないな」
「ルイ様はレオポルド殿下に夫婦の縁を切られると懸念しておられるのですか?」
「だって……婚礼で王子だけ名前書いていなかったし」
「まぁ、そんなこともありましたが」
ララは理解を口にしたが、疑問を抱いたまま、いまいち納得がいかない様子だった。「あんなに慕われているのに」という周りの侍女の思惑はルイの耳に伝わることはない。
「何年経っても人は変わらないと言います。レオポルド殿下はまだ17歳の年ごろなのですから、なおさらそうなのでは?」
侍女の言葉に従うように、ルイは自分の6年間を振り返ってみた。皆とおしゃべりして、仲良くご飯を食べて、お菓子を作ったりした。王子からの手紙を捌くのも日課である。
湖に子どもたちを集めて毎日のように授業の真似事をしている。まだ文字も書けないような子どもたちと、遊び戯れながら勉強する。これは非常にやりがいと喜びを感じられるものだった。
授業に参加してくれた子どもの父母とも交流を持ち、親交の輪は広がっている。その縁は王都を飛び越えているのだからつながりは深いといえた。まぁ広がったとしても、ルイがやることは特に変わらないのであるが。
「たしかに私は変わっていない。でも、あの子はどうだろう」
ルイがたびたび発する「あの子」とは、もちろんレオポルドのことである。いまだに昔の調子が抜け切れず、ちびっ子扱いしてしまうことがあった。
「失望されたくないなぁ……」
心の本音をルイはうっかり漏らしていた。自室にはララと数人の侍女だけだから、気持ちが緩んでいることもあった。この台詞には話し相手となっていたララでさえも、ためらいがちに愛想笑いをするしかなかった。
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