初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき

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四話

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 目が覚めると見えたのがいつもの部屋の天井ではなかったので焦った。慌てて体を起こそうとすると背中に痛みが走り、思わずうめき声を漏らす。

「うう……」
「おい動くな! まだ完全には治ってないんだ」

 私が寝ているベッドの横に座っていたダニエルが言った。

「怪我の処置は既に済んで、治癒魔法もかけられた。だが今はまだ完治はしていないため安静にしていなければならないそうだ。それと……完治しても、もしかしたら傷は残るかもしれないらしい」
「そうですか」

 彼は妙に気遣わしげだったが、私自身は傷が残ることは気にならなかった。誰に見せるわけでもないし特に問題があるとは思えない。

「そういえば、あなたは大丈夫だったんでしょうか?」
「俺? ……ああ、俺は切り傷ができたくらいで。というか、それよりも少し聞きたいことがあるんだがいいか」

 真顔でそう問われ、私は頷いた。

「俺と君は、以前に……つまり君が俺のハンカチを拾ってくれたあの日以前に、会ったことがあるのだろうか」

 私は少し考えてから答えた。

「あなたは覚えていないと思います。思い出す必要もありません」
「必要とかそういう話ではないだろう」
「私、恩を売るつもりもあなたに何か要求するつもりもありません。だからあなたがこれ以上私に関わる必要もありません。この話はここで終わりでいいんじゃないでしょうか」

 私の言葉を聞いて彼は焦ったように言った。

「待て、そんな! いや、そんな話が信じられるわけがないだろう。君が俺に何か要求するつもりがないと主張しそれを俺に信じて欲しいならば、君が知っていることを話すべきだ。俺には事実を聞く権利がある!」
「私は話すつもりがないと言っているんです。あの時は頭がはたらかなくて口が滑っただけで……。ともかく、信じられないというならそれで構いません。別に私があなたの弱みを握っているとかでもないのですから、私が何を言っても無視すればいいだけの話でしょう。もし私が怪我をしたことで罪悪感があるなら、それは不必要です。私のことは気にしないでください」

 彼は顔をしかめてしばらくは言葉を探していたように見えたが、やがて溜息を吐いた。

「安静にしろよ」


 それからしばらくは学校から授業に出ることを許されず、一週間は寮の自室で休むことを命じられた。「安静に」とはいうものの、治癒魔法の効果もあり痛みは二、三日でかなりマシになったのでただ退屈なだけだった。
 特にすることもないのでおそらく今頃授業で扱っているであろう内容の自習をして時間を潰すことにした。そうすればクラスに戻った時授業についていけなくて困ることもないだろう。
 黙々と演習問題を解いていると、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。

「エミリー、いるんでしょ? お見舞いに来たよ」
「……メアリー?」

 警戒しながらドアに近づいた。

「どうしてここに?」
「え、やだなぁ、お見舞いに来たって言ったでしょ」
「どうしてあなたが私のお見舞いに来るの」
「どうしてって、姉妹なんだから怪我をしたら心配するに決まってるでしょ?とりあえず開けてよ」

 怪しんだものの、ここで拒否したところで妹が大人しく引き下がるとは思えない。
 そう言われて恐る恐るドアを開け、外を見た瞬間私は一瞬固まった。

「驚いた? ダニエルと一緒にお見舞いに来たんだよ!」

 妹が勝手に部屋の中に入っていくのを私は苦い気持ちで見つめた。ドアを安易に開けるんじゃなかった……。

「ええと、悪いな。急に押しかけて」

 珍しくバツの悪そうな顔で私に謝るダニエル。
 どうもこの感じだと、彼は妹に強引に連れてこられたのかもしれない。だとしたら彼のせいではない。

「いえ、いいです。部屋に入られるのでしたらどうぞ」

 そう言って促すとおずおずと中に入っていった。
 私も続いて部屋に戻ると、妹がすでにソファーに座っていた。ダニエルを手招きで呼んで隣に座らせる。
 私はベッドに腰掛けた。

「それで、怪我は大丈夫だったの?」
「まあ、医務室で治療してもらったから痛みもほとんどないよ」

 妹に聞かれたことに答えると、彼女はふーん、と呟きながら頷いた。

「それならよかった。ダニエルをかばって怪我をしたっていうから心配してたんだよ。ね、ダニエル」

 妹はダニエルの腕に自分の腕を絡ませぎゅっと引き寄せる。
 彼はなぜか無反応で、妹はそれに不満げな顔をして指で彼の頬を突いた。

「ちょっと、聞いてる?」
「えっ。ああ、悪い」
「もう、しょうがないなあ」

 妹は私ににこりと笑いかけた。

「そうだ、私からもお礼を言わないとね。怪我をしてまで彼をかばってくれたこと、本当に感謝してるの。ありがとう」
「……別に、お礼を言われることじゃないよ」
「ううん、だってダニエルは私の大切な人だから。大切な人を助けてくれた人に感謝するのは当たり前でしょ?」

 妹はそう言って、「あっ」と何かに気がついたように口を押さえた。

「けが人の部屋にあんまり長居するのもよくないよね。ごめんね気がつかなくて。じゃあ私たちそろそろ帰ろうか、ねえダニエル」

 やっと出ていくのか、と内心安堵した。見舞いというのは当然口実で、おそらくは私への牽制のために来たのだろう。眼の前でいちゃつく姿を見せられるのは気分のいいものではなかったので早く出て行ってもらいたい。
 妹はダニエルの手を引いて部屋を出て行こうとした。さっきからずっと上の空な彼は特に抵抗することもなく妹に連れられていく。だが、「じゃあね」と笑って妹が扉を開けようとするその瞬間、

「待ってくれ」

 彼は妹を引き止めた。
 首をかしげる妹。私も何かあったのだろうかと不思議に思う。

「何か忘れ物ですか?」
「いや、少し聞きたいことがあって。ずっと考えていたことがあるんだ」

 彼はそう言って、妹のほうを向いた。

「俺が二年前会った女の子は、本当にメアリー、君だったんだろうか」
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