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二話
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ハドリーが仲間と一緒にドラゴンの討伐に向かった日も、私は不安を押し殺しながら、いつもと特に変わりなく食堂で働いていた。
彼が討伐に向かったのはこの町の近くに最近出没するという小型のドラゴンだ。それほど遠くまで行くことはないはずだし、明日にも戻ってくるかもしれない。私は彼が早く帰ってきてくれるよう祈っていた。
そして、私の祈った通り、翌日に彼は町に帰ってきた。しかし、その姿は「無事」とはとてもいえない、直視に堪えないほど悲惨なものだった。
「ハドリー……!?どうして」
共に討伐に向かった仲間の肩に腕を回すことで、かろうじて立っている彼の体は血まみれだった。私が駆け寄ると、彼を支えていた仲間によって、体がゆっくりと地面に横たえられる。
彼のそばに膝をつき呆然と見下ろすと、多数の切り傷がはっきりと見えた。中でも一番ひどいのが、骨が見えそうなほどに深い胸の傷で、こうしている間にもそこから大量の血が流れ出ている。
「嫌、嫌だ。どうして? 無事に帰って来るって約束したのに」
ボロボロと涙を流す私に、ハドリーはゆっくりと口を開き、
「ごめん」
とだけ、苦しそうに言った。
「倒せたと思ったんだ、油断してた。致命傷は負わせた、もう動けないだろうと。だがその判断は間違いで、あのドラゴンは最後の力でこいつを爪で切り裂いた」
静かにその時の様子を語るハドリーの仲間の男をぼんやりと見上げ、ふと、周りに様子を見に来たのであろう人が集まっていることに気づいた。ちょっとした騒ぎになっているらしい。
男は怪我は自分の判断ミスのせいだと謝っていたが、私はそんなことはどうでもよかった。なぜなら、この男に責任があろうとなかろうと、目の前で恋人が息絶えようとしているその事実は動かないのだ。
「死なないで、お願い、嫌だよ」
「……ごめん。ドラゴンを倒したら……その収入でとびきりの指輪を買って、君にプロポーズをしようと思っていたんだ。でも……ダメだな、僕は」
「ダメなんかじゃ……」
ハドリーが腕をゆっくりと持ち上げ、存在を確かめるかのように、私の頬に触った。私は自分の手を重ね、その手をしっかりと上から押さえる。
「ごめんね、君のことを愛してる。一緒に生きていきたかった」
「私だって愛してる! 愛してるから、私を置いていかないで……」
ハドリーが目を閉じる。もう喋る気力はないように見えた。腕からゆっくりと力が抜けていくのを感じるが、それでも男の手が滑り落ちないように、しっかりと自分の頬に男の手を固定する。
ああ、行ってしまう。
私の愛する人。両親を失ってから初めて得た温もり。
ずっと、誠実に私を愛してくれた。私の作る料理を美味しいと言って食べてくれた。この人の優しいところも、笑い方も、体温が高いところも、その他のこの人を構成する部分を、欠点も含めて、ずっとずっと愛していた。
どうして、この人が死ななくてはならないのだろう。どうして、私はこの人に何もできないのだろう。
私は半ば絶望しながら、目を閉じて願った。
──お願い、この人をどうか助けて。私はどうなってもいいから、この人をこんなところで死なせたりしないで。
その時、ふわりと風が吹いた。
それとほとんど同時に、頬に触れているハドリーの手がピクリと動く。驚いて目を開けると、同じく驚いた様子の彼と目があった。次の瞬間、彼は起き上がり、私の体を抱きしめた。
「ジョアン……!」
「一体、どうして……」
私は怪我に触るのではないかと心配で、彼の体を押し返すことも抱きしめ返すこともできず、ただ彼の腕の中で固まっていた。だけど確かに感じる体温が暖かくて、そのことがただ嬉しくて、私はまた涙を流していた。
彼が討伐に向かったのはこの町の近くに最近出没するという小型のドラゴンだ。それほど遠くまで行くことはないはずだし、明日にも戻ってくるかもしれない。私は彼が早く帰ってきてくれるよう祈っていた。
そして、私の祈った通り、翌日に彼は町に帰ってきた。しかし、その姿は「無事」とはとてもいえない、直視に堪えないほど悲惨なものだった。
「ハドリー……!?どうして」
共に討伐に向かった仲間の肩に腕を回すことで、かろうじて立っている彼の体は血まみれだった。私が駆け寄ると、彼を支えていた仲間によって、体がゆっくりと地面に横たえられる。
彼のそばに膝をつき呆然と見下ろすと、多数の切り傷がはっきりと見えた。中でも一番ひどいのが、骨が見えそうなほどに深い胸の傷で、こうしている間にもそこから大量の血が流れ出ている。
「嫌、嫌だ。どうして? 無事に帰って来るって約束したのに」
ボロボロと涙を流す私に、ハドリーはゆっくりと口を開き、
「ごめん」
とだけ、苦しそうに言った。
「倒せたと思ったんだ、油断してた。致命傷は負わせた、もう動けないだろうと。だがその判断は間違いで、あのドラゴンは最後の力でこいつを爪で切り裂いた」
静かにその時の様子を語るハドリーの仲間の男をぼんやりと見上げ、ふと、周りに様子を見に来たのであろう人が集まっていることに気づいた。ちょっとした騒ぎになっているらしい。
男は怪我は自分の判断ミスのせいだと謝っていたが、私はそんなことはどうでもよかった。なぜなら、この男に責任があろうとなかろうと、目の前で恋人が息絶えようとしているその事実は動かないのだ。
「死なないで、お願い、嫌だよ」
「……ごめん。ドラゴンを倒したら……その収入でとびきりの指輪を買って、君にプロポーズをしようと思っていたんだ。でも……ダメだな、僕は」
「ダメなんかじゃ……」
ハドリーが腕をゆっくりと持ち上げ、存在を確かめるかのように、私の頬に触った。私は自分の手を重ね、その手をしっかりと上から押さえる。
「ごめんね、君のことを愛してる。一緒に生きていきたかった」
「私だって愛してる! 愛してるから、私を置いていかないで……」
ハドリーが目を閉じる。もう喋る気力はないように見えた。腕からゆっくりと力が抜けていくのを感じるが、それでも男の手が滑り落ちないように、しっかりと自分の頬に男の手を固定する。
ああ、行ってしまう。
私の愛する人。両親を失ってから初めて得た温もり。
ずっと、誠実に私を愛してくれた。私の作る料理を美味しいと言って食べてくれた。この人の優しいところも、笑い方も、体温が高いところも、その他のこの人を構成する部分を、欠点も含めて、ずっとずっと愛していた。
どうして、この人が死ななくてはならないのだろう。どうして、私はこの人に何もできないのだろう。
私は半ば絶望しながら、目を閉じて願った。
──お願い、この人をどうか助けて。私はどうなってもいいから、この人をこんなところで死なせたりしないで。
その時、ふわりと風が吹いた。
それとほとんど同時に、頬に触れているハドリーの手がピクリと動く。驚いて目を開けると、同じく驚いた様子の彼と目があった。次の瞬間、彼は起き上がり、私の体を抱きしめた。
「ジョアン……!」
「一体、どうして……」
私は怪我に触るのではないかと心配で、彼の体を押し返すことも抱きしめ返すこともできず、ただ彼の腕の中で固まっていた。だけど確かに感じる体温が暖かくて、そのことがただ嬉しくて、私はまた涙を流していた。
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