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四話
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夜になって家のソファーでくつろいでいる時、ふとハドリーの「ドラゴンを倒したら君にプロポーズしようと思っていた」という言葉を思い出し、一人で照れてしまった。彼がそんなことを考えていただなんて、全然気づかなかった。でも、確かに付き合い始めてからもう数年経つし、そういう時期なのかな……。
ぼんやりと幸せな気分に浸っていたが、そういえば、と今日起きた不思議な出来事についても思い出した。
彼が死ななくてよかったと思う気持ちが強くて深く考えることをしていなかったが、やはりおかしな話だ。あの思い出すだけで背筋が寒くなるほどの深い傷と大量にあふれ出た血。あの状態から一瞬にして回復するなど、普通に考えてありえない。
「彼は私がやったんじゃないかとか言ってたけど、まさかね……」
そう独り言を言いつつも、なんとなく左手人差し指の切り傷に目がいった。この前料理をしていた時にうっかりできたものだ。試しに心で唱えてみる。
『治れ』
すると、一瞬だけ指の切り傷が柔らかく光り、その後にはほとんど治りかけの傷跡が残っていた。さっきまでは少し何かに打ちければまた血がにじんできそうな新しい傷だったのに、今は完全にふさがっていてほとんど見えないくらいだ。
──嘘……。
しばし呆然としていた私は、玄関の扉がノックされた音で我に返った。
とりあえず出ないと、でもこんな時間に何の用だろうか。
「はい」
恐る恐る扉を開けると、大勢の人が私の家の周りを取り囲んでいるようだった。その人々の表情はこちらを睨みつけていたり、怯えているようだったりと様々だったが、敵意だけは共通しているように見えた。その中には私が働いていた定食屋の店主もいて、ますます困惑した。
一番扉の近くにいた男性──体格がよく、一際険しい顔をしている──が、周囲の人間を代表するように告げた。
「お前に聞きたいことがある。まず家から外に出ろ」
「な、なんですか、いきなり」
「いいから出てこい」
腕を掴まれ、抵抗したが家から引き摺り出された。
薄い部屋着を着ていたため、外の空気の冷たさで体がすくむ。そのまま路上に連れ出され、地面に突き飛ばされて尻餅をついた。
「いたっ」
どうしてこんなことになってるのか全く理解できない。
私を突き飛ばした男とその周囲の人々を反感と怯えをもって見上げた。
「聞いたぞ。お前は今日、男に何か妙な術を使って生き返らせたらしいな」
「生き返らせ……そんなことしていません! 彼はまだ死んでいなかったし、それに回復したのだって私がやったことじゃ」
そう反射的に言い返してから、はっとした。さっき気まぐれに試した「あれ」を思い出したのだ。そう、確かに彼が回復したのは私の力だったのだ。
内心の動揺を悟られないように振る舞うが、目の前の男には私のちょっとした表情や振る舞いなど何の意味もなかったらしい。
「白々しい」
と吐き捨てるようにいう男。
「ドラゴン討伐に男と一緒に向かったメンバーから、男の怪我がどれほど酷いものだったかは聞いている。お前と対面した時にはほとんど生死の境をさまよっていたらしいな。それほどの怪我が一瞬にして回復するなどおかしいと、三歳の子供でも分かりそうなものだ」
その男の言葉に、周囲を取り囲んで私を睨みつけている人々も「そうだ」とか「どう考えても怪しい」と賛同の言葉を投げる。そのような言葉の中に「化け物」というつぶやきが聞こえた。
それをきっかけになったのだろう、「そうだ、化け物だ」というような声が次第に増えていき、最終的には「化け物は出て行け」の大合唱にまで発展してしまった。
ぼんやりと幸せな気分に浸っていたが、そういえば、と今日起きた不思議な出来事についても思い出した。
彼が死ななくてよかったと思う気持ちが強くて深く考えることをしていなかったが、やはりおかしな話だ。あの思い出すだけで背筋が寒くなるほどの深い傷と大量にあふれ出た血。あの状態から一瞬にして回復するなど、普通に考えてありえない。
「彼は私がやったんじゃないかとか言ってたけど、まさかね……」
そう独り言を言いつつも、なんとなく左手人差し指の切り傷に目がいった。この前料理をしていた時にうっかりできたものだ。試しに心で唱えてみる。
『治れ』
すると、一瞬だけ指の切り傷が柔らかく光り、その後にはほとんど治りかけの傷跡が残っていた。さっきまでは少し何かに打ちければまた血がにじんできそうな新しい傷だったのに、今は完全にふさがっていてほとんど見えないくらいだ。
──嘘……。
しばし呆然としていた私は、玄関の扉がノックされた音で我に返った。
とりあえず出ないと、でもこんな時間に何の用だろうか。
「はい」
恐る恐る扉を開けると、大勢の人が私の家の周りを取り囲んでいるようだった。その人々の表情はこちらを睨みつけていたり、怯えているようだったりと様々だったが、敵意だけは共通しているように見えた。その中には私が働いていた定食屋の店主もいて、ますます困惑した。
一番扉の近くにいた男性──体格がよく、一際険しい顔をしている──が、周囲の人間を代表するように告げた。
「お前に聞きたいことがある。まず家から外に出ろ」
「な、なんですか、いきなり」
「いいから出てこい」
腕を掴まれ、抵抗したが家から引き摺り出された。
薄い部屋着を着ていたため、外の空気の冷たさで体がすくむ。そのまま路上に連れ出され、地面に突き飛ばされて尻餅をついた。
「いたっ」
どうしてこんなことになってるのか全く理解できない。
私を突き飛ばした男とその周囲の人々を反感と怯えをもって見上げた。
「聞いたぞ。お前は今日、男に何か妙な術を使って生き返らせたらしいな」
「生き返らせ……そんなことしていません! 彼はまだ死んでいなかったし、それに回復したのだって私がやったことじゃ」
そう反射的に言い返してから、はっとした。さっき気まぐれに試した「あれ」を思い出したのだ。そう、確かに彼が回復したのは私の力だったのだ。
内心の動揺を悟られないように振る舞うが、目の前の男には私のちょっとした表情や振る舞いなど何の意味もなかったらしい。
「白々しい」
と吐き捨てるようにいう男。
「ドラゴン討伐に男と一緒に向かったメンバーから、男の怪我がどれほど酷いものだったかは聞いている。お前と対面した時にはほとんど生死の境をさまよっていたらしいな。それほどの怪我が一瞬にして回復するなどおかしいと、三歳の子供でも分かりそうなものだ」
その男の言葉に、周囲を取り囲んで私を睨みつけている人々も「そうだ」とか「どう考えても怪しい」と賛同の言葉を投げる。そのような言葉の中に「化け物」というつぶやきが聞こえた。
それをきっかけになったのだろう、「そうだ、化け物だ」というような声が次第に増えていき、最終的には「化け物は出て行け」の大合唱にまで発展してしまった。
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