平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎

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太っちょのポンちゃん 高校生編

ポンちゃんと、肉食女子

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『ポンちゃん』こと、本田視点のお話です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 最近よく話しかけてくる光本みつもとは、同じクラスの女子だ。
 違う中学校出身なのであまり話した事は無いけど、特に目立った子では無かったと思う。
 だけど夏休みが終わった後、見た目がすっかりあか抜けた。

 重たそうな眼鏡はコンタクトに。
 同じく重たそうな肩の下まであった真っ黒の長髪は、美容室で明るくカラーリングされ、軽い感じのお洒落なボブスタイルに変化した。クラスのヤツによると制服のスカートの丈も変わったらしい。それはあんまり気が付かなかった。俺の目線が他人より高いせいかもしれない。

 何だかよく俺の体に触れたがり「腕の筋肉スゴイね」とか「腹筋硬い!お腹見せて~」とかベタベタしてくる。流石に見せはしないけど。

 自信あり気にニッコリ笑いかけてくるから、戸惑う。
 夏休み前は殆ど口をきくことも無かったのに。

 ……きっと、筋肉フェチなんだな。




 暫くして、光本が亀井と付き合いだした。
 亀井は同じバスケ部に所属する俺と同じ一年生。ちなみに俺の彼女の唯ちゃんのクラスメイトだ。
 部活の後、大抵俺と亀井は一緒に帰る。
 何故かそこに、時々光本も加わるようになった。

「亀井。俺一人で帰るから二人で帰れよ」
「あ~……、そう?」
「大丈夫だよ、気にしないよね?亀井。二人だと緊張するから、むしろ人数多い方が楽しいし」

 亀井に被さるように、光本が慌てて言った。
 俺に気を使っているかもしれない。
 まあ、緊張すると言うなら最初だけ一緒に帰ってもいいかもしれない。そのうち、二人が慣れたら、別々に帰ればいいし。



 小学校から付き合っている俺の彼女、唯ちゃんは、ピアノとチアダンスを習っている。習い事がある日は一緒に帰れないが、それ以外の日は大抵学校を出てすぐの処にある公園で唯ちゃんは俺を待っている。一人では危ないので、ちょうど部活の休みが合うまゆずみが一緒にいてくれる。黛は唯ちゃんが好きなので一緒にいられるだけで楽しいらしく、自主的に傍に居てくれるから助かる。
 以前亀井に、黛に対して「嫉妬しない?取られちゃうとか考えない?」と尋ねられたけど、唯ちゃんは彼氏の友達に鞍替えするような性格じゃないし、何より黛は唯ちゃんの好みから、見た目も性格も外れている。だから嫉妬とか、鼻から考えもしなかった。
 だって、唯ちゃんは興奮気味に話す黛の話の半分も理解していないのだ。最近は笑顔で聞き流すのが上手くなったと、自画自賛しているくらいだから―――意思疎通のできない内は『取られる』も何も無いと思うのだ。



 その日も、俺と亀井に光本が加わって三人で学校を出た。
 除け者にならないよう光本が気を使って、俺にも話を振ってくる。こう言ってはなんだが正直あまり興味の無い話題が多いので、俺を放って置いて二人で話せば良いと思う。
 気の無い返事をしながら公園に目をやると、唯ちゃんと黛がシーソーで遊んでいた。

 唯ちゃん……黛の話に飽きたな。

 小学生の頃、勢いのある黛の話を聞くのに堪え切れずそっと逃げ出していた唯ちゃんだが、俺と付き合うようになって、俺を介して黛と接触するうちに譲歩するようになった。なんでも黛に俺が苛められていると誤解していたらしい。黛と俺が仲が良いって分かってから、唯ちゃんは少し努力するようになった。
 苦手な黛と接する方法を工夫するようになり、疲れない付き合い方をマスターしたのだ。
 黛はいつも俺のうちに入り浸っているので、どうしても接触する回数が増えてしまう。だから、必要に迫られて仕方なく。
 最初は笑って話半分に聞き流し、飽きたら話をしなくて良い体を動かす遊びやゲームに移行するのだ。シーソーを楽しんでいる間は、黛はおしゃべりを止める。唯ちゃんはそれをよくわかっている。俺の家に三人でいる時なんかはもっと判り易い。唯ちゃんは黛の話に耐えられなくなると、テレビを点けてゲーム機を起動したり、UNOを取り出して配りだすからだ。
 このように唯ちゃんは適当に(おざなりに?)相手しているだけなのだけど、黛は心底楽しそうだ。だから、それで良いと思う。平和が一番だ。

「あ!ポンちゃ~ん!」

 俺達に気付き、弾んだ声で手を振る唯ちゃん。
 ああ、今日も可愛いなぁ……疲れた体が癒されるように感じる。唯ちゃんの笑顔は、俺のエネルギー源なのだ。

 二人が乗っているシーソーに駆け寄る。
 何故か光本と亀井も、後ろから付いて来た。
 この間は公園の前で別れたのにな。

「唯ちゃん」
「お疲れ~ポンちゃん!」
「オツ!ポンダ、今日ミスド行こうぜ―――ん?ソイツ等も一緒か?」
「いや……」

 亀井と光本は二人っきりの方がいいだろう。

「私もミスド行きたい!ね、亀井?行こーよ!」
「え?……ああ」

 少し煮え切らない声で亀井は頷いた。
 光本は社交的なタイプなのかな。俺に話しかけてくるのも、そういう性質だからだろう。

 亀井は二人になりたそうだな。
 そう思って目くばせで確認すると亀井は苦笑しながら頷いた。そうしてその日は皆でミスドに行く事となった。
 ……ま、明日から二人きりになれるよう、俺が配慮すればいいか。

 運良く、ミスドで五人座れる席を確保した。
 光本と亀井を一緒に座らせようとしたが、何故か俺の両隣に女子が座る配置になってしまった。

「『両手に花』じゃん」

 黛が茶化して言った。

 『一見』ね。一人は亀井の彼女だから。
 その亀井の彼女、光本が口を開いた。

「そういえば、黛君と鹿島さんって仲良いんだね。一瞬カップルかと思っちゃった」
「そ、そうかぁ~?」

 黛が嬉しそうに頭を掻く。

 その様子を眺める俺と唯ちゃんの胸中は、複雑だ。
 例えば飲み会でおしゃべりな上司の話を聞き流しているOLのように、唯ちゃんは黛の話に付き合っているだけなのだから。
 思わず唯ちゃんと視線で会話してしまう。
 黛は悪い奴では無いんだけど……。二人とも苦笑いしてしまった。

「本田、嫉妬しないの?」

 亀井にも聞かれた質問を光本が繰り返した。

「嫉妬?……しないねぇ」
「へぇー、案外ドライな付き合いなんだ」

 光本が可笑しそうに笑った。
 何が面白いんだろう?唯ちゃん以外の女子の考えている事が、今イチ分からない俺は首を傾げた。

「いや、俺もそう思ったんだけど……」
「亀井!……来週の練習試合の相手ってドコだっけ」

 亀井の台詞を俺は遮った。亀井が知っている俺の嫉妬深さや慌てっぷりを、親しくない女子にまで披露されたくない。

「練習試合あるの?亀井と本田も出る?」

 光本が身を乗り出した。
 ふぅ、どうやら話を逸らすのに成功したようだ。

「一年生選抜の第二試合に出して貰えるかも。まだスタメン決まってないけど」

 亀井が言うと「応援に行くね!」と光本は嬉しそうに返した。

 仲が良いな。

 応援。羨ましい……。俺も唯ちゃんに応援して貰いたいな。でもその日は唯ちゃん、チアの練習日、なんだよなぁ……。

 チラリと唯ちゃんに視線を送る。
 唯ちゃんがその気配を察知し「?」とパン・デ・リングの新製品をハムハムしながら、上目遣いで俺を見上げた。

 うっ……!
 可愛すぎる。

 可愛すぎて、鼻血でそう……。

 衝撃的な可愛さに思わず顔を逆に逸らすと、光本とバチっと目が合った。

「応援行くから―――頑張ってね!」
「お、おう……」

 その台詞は唯ちゃんの口から聞きたかった……。




 練習試合の日。
 俺と亀井は一年生チームのスタメンに、選ばれた。体育館の観覧スペースに光本がいて、俺達に声を掛けてくれた。
 土曜日で学校が休みだからか私服姿の光本は、やけに大人っぽい。本当に夏休みの後、印象が変わったなぁ……サマーセーターの胸元が大きく開いたVネックを見た亀井の浮かれっぷりは面白かった。

 でも正直俺だったら―――唯ちゃんに外であんな服は着て欲しくないな。と思った。
 どうせ着せるなら、二人っきりの時とか……と妄想して、それを腕で大きく振り払った。

 集中、集中……!煩悩退散!

 唯ちゃんには今日、練習試合だと言う事は伝えてある。
 でも「チアの練習日だから、行けなくて残念……」と、帰り道二人きりになった時、キュッと俺に抱き着きながら呟いてくれたから、結構満足している。
 「結果、楽しみにしているね」と、俺の胸に付けた額をそっと離し、見上げる角度でニッコリと笑いかけてくれた唯ちゃんを思い出す。それだけで俺のエネルギーは満タンになった。

 試合は強豪校に十点差で負けた。第二クウォーターまではこちらが優勢だったのに、後半敢え無く巻き返されてしまった。流石、強豪校。俺と亀井は結構得点できたけど、守備の面で、課題が浮き彫りになった。いい勉強になったな……。

 亀井が「俺ちょっと、トイレ!……長いかも……」と言って、試合後トイレに駆け込んだ。亀井がいなくて手持無沙汰の光本が、体育館の陰に置いたスポーツドリンクを飲んでいる俺の近くに寄って来た。

「鹿島さん、応援に来てないの……?」
「ああ、うん。習い事があるから」
「この間も思ったけど、結構ドライな付き合いなんだね。……寂しくない?彼女だったら、自分の習い事サボって応援するくらいしても良いと思うけど。それとも、本田はそんなに彼女のこと、好きじゃ無いのかな?そういうの、気にならないくらいだから」
「え……?」

 光本の言葉の意味がよく分からなくて、聞き直した。

 すると、困ったように眉を下げた光本が、俺の腕を取って身を寄せて来た。
 光本の胸が肘に当たって、驚いて振り向くと彼女のサマーセーターの隙間から覗く胸の谷間が目に入る。
 ぎょっとして、思わず固まってしまう。

「みつ……」
「私、本当は本田が好きなの。彼女がいるから諦めてたけど―――傍で見てたら、もう我慢できなくなった。小学校からの付き合いって、もうほとんど惰性だよね。鹿島さんサッカー部の黛と仲良いでしょ?本田も全然嫉妬しないし―――ねぇ、私と付き合って!私の方が―――鹿島さんよりずっと本気で本田の事、大切にできるよ」
「は?……光本、亀井と付き合ってるよね」

 俺は思いも寄らない突然の申し出に混乱していた。
 勿論、唯ちゃんと別れて光本と付き合うなんて、亀井の事が無くてもあり得ないんだけど。

 動揺する俺の腕に、光本は更に強くしがみつき潤んだ瞳で俺を見上げた。

「亀井と付き合ったのは―――本田の近くにいられるから……だし……」
「ちょっちょっと、待ってくれよ」

 俺はしがみつく光本から、腕を引き抜いた。

「光本って―――俺の事、好きだったの?」
「気付かなかった……?結構アピールしてたんだけど」

 これまでの事を反芻する。じゃあ、やたらとベタベタ触ってきたりしたのも、一緒に帰ろうと粘ったのも、俺に気があったから……?

「うん、全く」

 頷くと、光本はフフッと笑った。

「そんな気がした」
「俺、亀井の彼女と付き合う気無いから」
「じゃあ、亀井と別れる」
「いや……困るよ」

 粘るなぁ。
 傷つかないように、遠回しに言ってちゃ通じないみたいだ。
 うーん、どういえば引いてくれるのか。

「じゃあ、さ」

 考え込んでいる俺の隙を突いて、光本が今度は正面から抱き着いて来た。
 うっ……胸が当たる。
 ほよん、とした感触にギクリとした。

「内緒で付き合お。そっちも別れなくていーし」

 上目遣いで見上げてくる様子は、随分場慣れしているように見えた。
 コイツ、本当に俺らと同級生なんだろうか―――

 そこへバタバタと足音が響いて来た。
 ピッタリと俺に張り付いていた光本が、スルリと腕を解いて一歩下がる。
 現れたのは、亀井だった。

「亀井!遅いよっ」

 光本はパッと笑顔になって、亀井のもとに駆け寄った。
 その変わり身の早さに、茫然としてしまう。

「ごめん、ごめん!」
「帰り、どーする?どっかで何か食べない?」
「いーね!お腹ペコペコ!」

 楽しそうに笑いあう二人を見ていると、さっきの光本との遣り取りは「夢?」と疑ってしまう。しかし。

「本田も、いこーよ」

 と、何故か光本が頬を染めて俺を見る。
 その表情に、先ほどの出来事は現実なんだと改めて認識した。

「いや……」
「ポーンちゃん!」

 断りの言葉を口にしようとした時、明るい涼やかな声が俺の名を呼んだ。

「唯ちゃん!」
「やっぱり、間に合わなかったぁ。試合見たかったのに~」

 少し息を切らして現れた唯ちゃんが、バッと俺に抱き着いて来た。

 ああ、これだ。
 すっと俺の胸に馴染む柔らかい形。
 俺はすんなりと彼女の体を受け入れて、柔らかく抱き留めた。

「ねえ、一緒に行こう?―――鹿島さんもお腹空かない?」

 声の主を見ると、少し強張った笑顔の光本がこちらを見ていた。
 光本の気持ちを聞いたばかりの所為か、その視線が冷たいような気がする。

「お腹?うん!空いた!」
「えーと……唯ちゃん?」

 俺は乗り気な様子の唯ちゃんの耳に口を寄せて囁いた。

(唯ちゃん、俺二人きりになりたいなぁ……ダメ?)

 するとポっと頬を朱くして―――唯ちゃんはコクリと頷いた。

「あ……んっと。やっぱり、止めとくかな……?」
「遠慮するよ。俺達も用事あるし」

 そう二人で断りを入れると、亀井が「とか言って、二人になりたいだけだろ~」とからかったから「まぁな」と笑って返した。
 光本も笑顔だったけど、なんか雰囲気が怖かった。

 気のせい……?では無いかも。






 スポーツバッグを斜め掛けして、唯ちゃんと手を繋いで帰る。
 見下ろすとポニーテールの先がポヤポヤと揺れていて、そのリズムに心が踊った。

「一本に縛ってるの、珍しいね」

 唯ちゃんは、中学校の後半から低めのツインテールが多くなった。ストレートに下しているのも好きだけど、ツインテールも彼女のイメージに合っていて、見る度キュンとしてしまう。これがもしかして『萌え』という心理状態なのだろうか。

 だけど、ポニーテールもいい!(力強く主張)

 何だかちょっと大人っぽくって、爽やかな色気みたいなものもあって、ドキドキしてくる。

「今日、チアダンスだったから。チアの時はいっつもポニーテールなんだ」
「可愛いね」
「そ?ポンちゃんが気にいったんなら、学校でもポニーテールにしようかな?」
「……ん~……」

 嬉しいけど、ちょっと困る。
 他の男に見せたく無いかも。特に唯ちゃんのクラスの『後藤』には。

「学校ではいつものでいいから、デートの時に見せて欲しいな」
「なんで?」
「……可愛すぎるから、他の男に見せたくない」

 正直に言うと「え~」と言いながら、耳と頬を朱くしている。
 ひと気の無い街路樹の傍で、堪えきれずに俺はそんな可愛すぎる唯ちゃんを抱きしめた。



「あー、帰したくない」



 本音を漏らすと、抱き込んだ腕の中から「ふふっ」と笑い声が漏れて来た。

 本当に本当にこのまま、持って帰りたい。

 何だか良い雰囲気だったのでそれを壊したく無くて、結局光本の事は話さず終いで終わってしまった。






 練習試合の日に受けた告白にはビックリしたけれども、その後部活終わりに一緒に帰るのを避けていると、光本と軽い挨拶やクラスで少し話すくらいの接点しか持たなくなった。
 クラスで話す時も、体に触ろうをする手を避けたりしていたら、そのうち手を伸ばさなくなった。きっと気の無いのが伝わって諦めたのだろう―――そうタカを括っていたら、思いも寄らない方向から、光本は僕達の関係に入り込んできた。

 それに気付いた時、腹が立つやら呆れるやら何と言っていいか分からなかった。
 気付いたのは今。この待合わせ場所に着いて、驚かされた。

 待合わせ場所に指定されたオブジェの横で、ニコニコしている唯ちゃんの隣には、何故か満面の笑顔の光本が。

 何がどうなったのか全く分からないのだが、土曜日にダブルデートをする事になっていた。
 それを知ったのは、待合わせ場所に着いたつい先刻さっきだ。あり得ない。



 光本は―――彼女のこの行動は理解に苦しむが―――いつの間にか唯ちゃんと親しくなっていたらしい。

 唯ちゃんは人に好かれる体質だ。
 目立つタイプでは無いが、ほんわかした癒し系の空気に釣られて、男女問わず自然に周囲に人が集まってくる。来る者拒まずと言うか、近寄ってくる人を邪険にするところを見た事が無い。
 だから光本との付き合いの切っ掛けも想像できる。唯ちゃんは自分から積極的に人間関係を拡げるという事は滅多にしない。きっと光本から唯ちゃんに近づいたんだ。

 俺は唯ちゃんの手を引っ張って、光本に聞こえないように小声で聞いた。

「あの……唯ちゃん?今日は二人で出掛ける予定だと思っていたんだけど……」
「あれ?亀井君に聞いてなかった?アオイちゃんが、一緒に行く事は亀井君から伝えているから、特別私から言わなくてもいいって言われたんだけど……連絡ミス?」

 『アオイちゃん』?ああ、光本の事か。って言うか、いつの間に名前呼びの距離になってたんだ?!

 金曜日、唯ちゃんはピアノ。会えなかった上、部活で疲れ果てて寝てしまったのだ。
 前日にメールしておけば事前に判ったのに。直前じゃ変更はできなかったかもしれないが、ここまで吃驚もガッカリもしなかっただろう。自分の無精さが悔やまれる。

 でも部活で顔を合わせたのに、亀井は何も言っていなかったぞ。

 もっと前に光本が来るって知っていたら絶対断ったのに!
 久々の二人きりのデートだと思って浮かれていた男心が、急速に冷えていく。

 名前で呼び合うほど仲良くなるまで光本と唯ちゃんの関係の変化に全然、気付けなかった。こうなる前に、光本の告白の事を唯ちゃんに伝えて置けば良かったと、今になって後悔する。

「いつの間に、光本と親しくなったの?」
「うーん……アオイちゃんがいろいろ話しかけてくれて、彼氏が友達同士だから皆で遊ぼうって誘ってくれたんだ」

 眉間に皺を寄せる俺の顔を見て、唯ちゃんはハッとして慌てだす。

「ゴメンね。連絡行ってないって思ってもみなくて。ポンちゃん、ビックリしたでしょう?」
「あ、うん……でも、それは唯ちゃんの所為じゃ無いから」

 光本が言い出したんだから。
 そして亀井が言い忘れたんだから。



 それにしても―――ダブルデートに誘うなんて。
 と、言う事は……
 俺の事は一時の気の迷いだったと諦めたのかな?気持ちをリセットして、改めて唯ちゃんと親しくなったのだろうか?そういう事なら、俺がわざわざ唯ちゃんの交友関係に口出しする訳には行かないけれど……何となく不穏な空気を感じるのは気のせいだろうか。



 俺達が話している間、光本はスマホを耳に当て、何処かに連絡を取っていた。
 電話を終えた光本に「亀井遅いな」と声を掛けると、光本は困ったように眉を寄せた。
 んーなんか、この表情前にも見たような。

「それが亀井来れなくなったんだって!だから今、黛君に連絡した。すぐ来てくれるって。三人だと一人余って寂しいし」
「あ、そうなんだー。亀井君、残念だね」
「……」

 亀井が来れないんだったら、光本は帰ればいいと思う……。

 内心そう思ったけど、唯ちゃんの前で彼女の友達(?)に冷たい言葉を掛けられない。唯ちゃんの体面もあるし、何よりそんな意地の悪い事を言って唯ちゃんに『心の狭い男』と思われたくない。
 だから俺は、押し黙ってしまった。

 そりゃー、黛なら。
 俺と唯ちゃんがいるって聞いたら、ホイホイ家を出てくるだろうな。

 ほどなくして黛が現れて爽やかな顔面に似合わない「がはは」という笑い声を発しながら喋り始めた。今日は水族館に向かう予定だった筈。周りに迷惑にならないだろうかと心配になった。



 プロジェクションマッピングで演出された大きな水槽は圧巻だった。
 改装前は、こんなに目を引くアトラクションは無かった。中学校の頃唯ちゃんと来た事があったので覚えている。

 唯ちゃんが目を輝かせて魚を追っている様子は―――眺めているだけで和むなぁ。

 あー、二人っきりで思いっきり唯ちゃんを充電したかったのに!
 家にいると、大抵黛が遊びに来るから外出する事にしたんだけどなぁ……。

 唯ちゃんは初めのうち、光本と話していた。
 だけど、今は唯ちゃんを独占しているのは黛だった。
 そして今何故か、俺の横には光本がいる。
 はたから見たら、唯ちゃんと黛のカップルと俺と光本の組み合わせのダブルデートみたいだ。

 なんか光本の話って俺に合わないっていうか、ちょっと辛口過ぎて偶に人を見下すような拗れた言い方をするから―――疲れるんだよなぁ……。

 休みの日まで疲れを溜めたく無い。ていうか、唯ちゃんを独占したい。唯ちゃんにもっと癒されたい!

 やっぱり、今更かもしんないけど後で唯ちゃんに話そう。
 光本が俺の事を諦めたとしても、俺としては光本と今後特に親しくなりたいとは思わない。
 以前は亀井を介して、付き合いがあった。
 だけど唯ちゃんと俺の間には、光本に踏み込んで欲しく無い。正直にそういえば、唯ちゃんは俺の意向を酌んでくれるはずだ。



 俺が難しい顔をしているのをどう解釈したのか、光本が困ったような顔で覗き込んできた。何故かそっと腕に手を添えられる。嫌だな。暗さの所為で咄嗟に避けられなかった。
 そして少し離れたところで、黛のマシンガントークを笑顔で乗り切る唯ちゃんをチラリと一瞥する。

「唯ちゃんも楽しそうね。彼女、優しいから……黛君が誤解しそう」
「それは……」

 じゃあ今日黛を呼び出すなよ!と思わず心の中で突っ込みを入れる。だけど、唯ちゃんの手前騒ぐのも嫌で二の句を継げずにいると、俺を見上げてニッコリと光本は微笑んだ。
 今日はそんなに胸元が開いてない服で助かった。あれは、心臓に悪い。

「前にも言ったけど、唯ちゃんは本田の事大事にしていないと思う。私だったら、絶対本田を優先する。唯ちゃんがこっちを見ていない時だけでいいから、私を見て欲しいの……」

 するりと彼女の手が俺の手の中に滑り込んできた。
 咄嗟に手を引いて避けたが、あまりの事に背中に冷たいモノが走った。暗いからと言って、彼女である唯ちゃんの目の届く範囲で手を繋ごうとするなんて、どうかしている。

 いや、目の届く範囲じゃなくても駄目だけど。

「……亀井の事、どう思っているんだ?」

 友人とまで言えないけど、部活のチームメイトを蔑ろにされているようで気分が悪かった。

「……本田は唯ちゃんと別れないんでしょ?だったら私もこのまま付き合う。……聞いたよ、まだなんでしょ?本田と唯ちゃんって。だから練習させてあげる。何にも知らない、真面目な唯ちゃんを大事にする為にも―――その方がいいでしょう?」

 それには応えず、俺は静かに問い返した。

「唯ちゃんと光本って、友達じゃ無かったっけ」
「友達の彼氏と寝ちゃ駄目なんて法律、別に無いよね?」

 楽しそうに笑う光本の顔は、見る人が見れば「色っぽくて綺麗だ」って言う奴もいるかもしれない。

 これまで俺が我慢していたのは―――まがりなりとも光本が唯ちゃんの友達として、ここにいるからだ。大抵の事は堪えるが、唯ちゃんを大事にしない発言を堂々と発する奴に、これ以上耐えて付き合う必要は無いだろう。

「わかった」
「わかってくれた?」

 期待を滲ませるような明るい声。
 もう、十分だ。

「お前と関わる必要が無いって事が。もう、俺に話しかけるな」
「……え?」

 俺は光本の気配ごと振り払うように、歩き出した。
 光本が「本田!」と言って追いかけてくるが、それ以降、完全無視を貫いた。






 水族館の帰り道、唯ちゃんを家まで送るため俺達は二人だけで改札を降りた。
 ペットボトルのアセロラジュースと緑茶を自販機で購入し、ニコニコしている唯ちゃんを公園に誘った。

 あれからずっと光本を無視していた俺を、時折唯ちゃんは不思議そうに見ていたが特にそれを咎めたりしなかった。何か俺なりの理由があるのだと、放って置いてくれているように感じた。だけど、今日はきちんと説明するつもりだった。俺はもう光本との接触を今後一切断つつもりだから。できれば唯ちゃんにもそうして欲しい。



 唯ちゃんに、光本からこれまで言われた事を伝えると「そっかー」と気の抜けた返事が返って来た。

「怒らないの?」
「んー……。何となくアオイちゃんって、私に興味がある訳じゃないのかなって感じてたから『納得!』と言うか」
「もう、光本と付き合うの止めて欲しいな。俺も暫く顔も見たく無いし、口もききたくない」

 憮然としてそう言い放つと、唯ちゃんは何故かニッコリと笑った。

「ありがとね」
「え?」
「心配してくれてるんでしょ」
「そりゃ……心配だよ。あーいう奴と付き合って、唯ちゃんになんかあったらと思うと」
「そっかー……。でもポンちゃんがアオイちゃんをちゃんと振ってくれたから、もう私に近寄って来ること、無くなると思うな。それにもうダブルデートは断るよ。個人的に話しかけられたら―――まあ、話くらいはするけど」
「俺はもうコリゴリ……疲れるし……あ!そういえば唯ちゃん、光本に―――」

 言いかけて口籠った。

 何て聞いたら良い?『まだセックスしてないって言った?』って?

 何だか催促しているようで、話題にしづらい。
 女子同士って意外にこういう事、明け透けに喋るもんなんだろうか。

「何?」
「あ、あの―――光本に俺と唯ちゃんがその―――『まだ』だって知ってるって言われて……唯ちゃん、そういう話、光本としたの……?」

 俺の可愛い唯ちゃんが、下ネタをサクッと話すなんて想像つかない。
 でも―――そういう唯ちゃんもちょっといいかもって少し思う。気にしてくれるのなら、実現も近いのかなって期待できるし。

「ん?何の事?」

 唯ちゃんが小首を傾げて、凶悪な仕草で俺が何を言わんとしているのか頭の中で探っている。俺は「あの……その……」とか言いながら、遠回しに補足した。

「あ!キスの事?」

 と、ちょっと頬を染めて『ビンゴ!』って顔をしたから「違う!セックスの事!」と思わず大きな声で言ってしまった。我に返って慌てて周辺をキョロキョロと見回す。

 ほっ。

 良かった誰もいない。

 って、ああっ!肝心の唯ちゃんが、真っ赤だ。

「ご、ゴメンっ!」

 と慌てて言うと、唯ちゃんは目をぎゅっと瞑って、ブンブンと首を横に振った。
 改めて声のトーンを落として確認すると―――

 つまりはこうだ。光本が自分の経験を語り、それを唯ちゃんが「へぇースゴイねー」と聞き流していると「本田はどんな感じなの?」と聞かれたと。突然思ってもいない質問を投げかけられ、恥ずかしくて「え?いやー……」とか何とか濁していたら「まだやってないんだ、へー」と決めつけられてしまったらしい。

 光本『唯ちゃんから聞いた』って言っていたけど、全然違うじゃないか。……まあ、やってないって言う事実は変わらないんだけど……。

「唯ちゃんさぁ……」
「なーに?」

 ふわっと笑う笑顔に、ゴクリと唾を呑み込んだ。

「そのーどう思う?俺が―――やりたいって思ってたら」

 率直に聞こうと決意したのに、また遠回しな言い方になってしまう。しかし今度はしっかり意図が伝わったようだ。唯ちゃんはさっきよりもっと、真っ赤になった。

 まあ、この流れならわかるよね。

「えっとぉー……」

 手を組んだり外したりしながら、モジモジしている。
 そうだよな。急に言われても困るよなぁ……。
 と思いつつ引き下がらない。質問を変えてみる。

「例えば、どのくらい待ったら大丈夫……?」
「う、ぇえとぉ…………」

 シドロモドロになる唯ちゃんの返事を、固唾を呑んで見守った。
 唯ちゃんは食い入るように見つめる俺の視線から、ついっと目を逸らして朱くなった。

「…………十八歳……以上?」
「えぇ~……」

 唯ちゃんは俺の力の抜けた抗議の声に反応して、おずおずと言い訳をした。

「……ほら、車の免許も十八歳からだと言うし……」

 そして『申し訳無い』と言うように、少し小声になった。
 俺が酷くガッカリした顔をしていた所為かもしれない。



 居心地悪そうに耳まで真っ赤になった唯ちゃんが気の毒なので、俺はその時それ以上彼女を追い詰めるのは止めにした。

 だけどその後粘り強く交渉を重ね、解禁日を一年早めて貰う事に成功したのだった。
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