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聖女を追放した国の物語
第34話 理由 B
しおりを挟む私は小さなころからずっと、聖女教育を受けてきた。
それは結局、まったく無意味なものだったけれども――
怒りに任せて『沢山の人を殺す』選択をしてしまえば、ずっと人の幸せを祈ってきた自分のことを、これまでの自分を裏切ってしまうような――
そんな気がする。
だから私は、人を殺したくないのだ。
と、思う……。
たぶん……。
でもそれだとあの聖女は、私以外の人に悪魔を召喚させるだけだし――
だから、困っている。
冥界神の使いのディーによれば、私は心の奥底でこの人たちの死を望んでいるらしい。……そうかもしれない。
私は皆から褒められる、いい子ではない。
私の中に人を嫌ったりする気持ちは確かにある。
けれど私は……
私のこれまでの祈りを――
最後に残った、それだけは裏切りたくはないのだ。
だから――
聖女の人から、悪魔を召喚して民衆に罰を与えろと言われた時に、みんなを逃がさなければと思ったのだ。
聖女の人の心の声だって、私には聞こえていた。
だから、あの人の企みも知っている。
あいつはこの国に、加護を与える気などないことも知っている。
あいつの望みは、この国に住む人たちの苦しみだけだ。
国があるから、皆がちゃんと暮らしていける。
国が無くなれば、みんなの生活は成り立たなくなる。
あの聖女の人は、この国を滅ぼそうとしている。
この国の人たちを、不幸にしたいのだ。
私は――
そのことを皆に知らせたいのだが、知らせる方法が無い。
人を殺せる力をあげると言われても、受け取る理由はなく。
人を殺せと言われても、助けたいと思ってしまう。
やりたいことと言えば、聖女の企みをみんなに伝えて逃がしたいのだが、私にはその力はない。だから私は大観衆を前にして、途方に暮れていた。
この状況で、身動きが取れない。
私の思考は、堂々巡りをくり返す。
昔から、よく言われていた。
――お前は頭が悪い。
その通りだった。
とりあえず……
悪魔とやらを召喚して、聖女をやっつけて貰おうか?
これはいいアイデアに思えた。
長いトンネルからやっと、抜け出せたような思いがする。
私が魔導書から悪魔を召喚しようとすると――
『あー、そいつは止めときなさい。その悪魔じゃあ、あの聖女は倒せないのよ。相性が悪すぎるわ』
ディーからの制止が入る。
でも……だからと言って、他にやれることもない。
『んー、まあ、これまでずっと意味不明だったけれど、やっとあんたのことが理解できたわ』
ディーの説明は難しくて、私にちゃんと理解できたかは自信が無いが、こういうことらしい。
冥界神ハーデースが、話の通じない私とコミュニケーションを取るために、自分の体の一部から、ディーを作り出して使いに出した。
神様や精霊には、人間の心や思考が理解できない。
ディーが私と意思疎通が出来るように、私の精神と自分を繋げ、私の精神を写し取って自分の中に取り入れた。
それからずっと――
冥界神の巫女となり、その力で人を殺そうとしない私のことを、なんとか理解しようとしていたらしい。
私を説得する為に――
そして、さっきやっと、私の心を把握できたらしい。
こんな感じの説明を受けた。
『悪かったわね。願いというのは、押し付けるものではなかったわ。あんたが必要としない力を渡しても、意味が無いものね……お詫びと言ってはなんだけど――あんたの望みを、叶えてあげましょうか?』
「……えっ? いいの!!」
ディーからの申し出に、私は驚く。
『ええ。あんたは、この国を――助けてあげたいんでしょ?』
「う、うん!」
『あんたの心の中にあった――降り積もった雪が踏み固められたような、冷たく凍った怒りは本物だったけれど……あんたがバカみたいに祈り続けた――人の幸せを願う想い、他人を思いやる優しさも、それもまた、本物だったのね』
「あ、あの、じゃあ――本当に、この国を助けてくれるの?」
『まあ――ね。ただし、その代償として、あんたの存在の力。あんたの『記憶』や『心』『精神』といったモノを、私が喰らうわ。そのエネルギーを使って、この国がこのまま、破滅に向かって行かない様に、してあげることが出来るわ』
この国を救う代償として、私の記憶や心が無くなってしまうらしい。
それは死ぬのと変わりがない。
私のこれまでの人生は、どうしようもなく下らない、空っぽなものだった。
それでも、その記憶が無くなってしまうということは……恐ろしい。
私は恐怖を感じている。
でも、それでも――
私の心が、死ぬことで――
それでこの国に住む人たちが、この先を幸せに生きていけるのなら、ずっと祈り続けた私の想いが叶うのなら――
私がこの世に生まれた、生きてきた意味があったと言える。
私には――
ディーに指摘されたような、冥界神に目を付けられる、暗い感情も確かにある。
けれど、人の幸せを想う――
この気持だって……本物なのだ。
「わかったわ、ディー。それでこの国が、助かるのなら――」
『そう、わかってくれて嬉しいわ。ソフィ……』
初めてディーが、私の名前を呼んでくれた。
ちょっとだけ、嬉しいなと思った。
「わたしは、これから消えるのね?」
『…………ええ、でも……少しだけ、あなたの心を残してあげる……』
「……少しだけ?」
『そうよ。死ぬことに変わりは無いけれど、あの世には持って行けるわ――何を残したい?』
そんなのは、考えるまでもない。
『ええ、そうね。まあ、あんたは、それでしょうね』
ディーは呆れたように、苦笑いする。
『さんざん悩みまくって、それでも何にも決められないあんたが、それは即断するなんてね……』
今になって、恥ずかしさが込み上げてきた。
でも、後悔はない。
最後に――
私の存在には、ちゃんと意味があったんだ。
そう思い……少しだけ心が満たされてから、私の意識は薄れて消えた――
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