ただいま御褒美転生中!〜元召喚勇者は救った世界で、自作の自立型魔法創作物と共に自由を求める〜

いくしろ仄

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過去と現在

29.勇者アキクーン〈四〉

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馬耳も過ぎ、前脚一刻くらいの真夜中。月は雲に隠れ部屋の中を照らす物は何も無いなか“家鴨の嘴亭”のベッドの中で覚めてしまった目を開き天井を眺めるシュアクーン。
同部屋のベッドではデュエルジャンケンに勝利したフェジンが軽いイビキをたてグッスリと眠っている。

シュアクーンは昼間に牧場を見て密かにアキクーン時代に思いを馳せていた時のことを思い出していた。…そんな郷愁染みた感情なんて羊が群がってきて直ぐにどっかに飛んでったけど!


いまでは瘴気も薄れ交通を邪魔する強い魔獣もなりを顰め、国も陸路も発展して物流も桁違いに良くなっているけど、昔は、僕が勇者アキクーンの頃は小規模な村に行くと、持っていた塩や調味料などの物資などをありがたがられたものだった。
だからいつも多めに持ち歩いていて、お金よりも喜ばれるから天候の荒れている間の数日をそれを渡して村の一般家庭で世話になったりもしたけっけな。


「今は“狼羊”のこと、“マヨウコウ”って呼ぶんだな」


マヨウコウはあの頃狼羊とか迷い羊とか呼ばれていた。羊の見た目なのに狼のように肉食なので“狼羊”。
別のところでは、いるはずのない場所に子羊が居るので“迷い羊”と呼ばれていた。
繁殖時期には子供をも攫うような五大害魔獣の一つだったのに人類はアレを手懐けたのか。


「それにしても……」

青々とした牧草。
風雨にさらされた柵の感じ。
似ているな、あの村に。と、そう思った。
あの村でも小規模な牧畜やってたっけなあ。と、羊が殺到する瞬間まではそんなふうに感慨に耽ってた。

ここよりも、もっと急斜面の多い土地柄で、でもその斜面のおかげで日当たりの良い牧草地に羊や牛が柵の中でのんびりと草を喰んでいたっけ。

「今日の牧場にはあの子みたいな娘さんは見当たらなかったな……」







▫️▫️□▫️□▫️


「どうぞ。あまりたくさんではありませんが……」

働き者のルゥーエが朝食を僕に出してくれる。出会った時も彼女は家の仕事をしていた。

「いいや。宿が無いところで部屋に寝かせてもらえるだけで十分なのに、こうして一緒に僕の分まで食事を用意してもらえる。それってかなり幸運なことだ。ありがたいよ」

商隊とは少し前に別れた。彼らは大体同じルートを往復して商売をしている。
商人さんたちと別れてのそれも隣とは言え、慣れていない他国での初めての一人旅。緊張と労働に疲れ切っていた僕に彼女は親切に声をかけ、にっこり微笑んでくれたのだ。

「明日からは前にお話しした通り、この村の祭りよ?アキクーンもお手伝い、お願いね?」

「うん。僕の力でよければいくらでも」

「頼もしいな、さすが勇者だ」
「本当ね、お父さん」



ルゥーエの両親も親切で良い人たちだ。


僕はフィメルトンで召喚されて、丸一年くらい“秋の背赤熊亭”で過ごしてから、隣国のラボチッダに足を踏み入れた。
初めて尽くしの寝る場所の確保や食事の用意。商人さんたちにレクチャーを受けていたものの、僕ら四苦八苦しながらもなんとか旅の毎日を過ごしていた。

そうして初めて訪れた大きめの村がこのシランという村。なんと丁度祭りの時期らしい。

僕に声をかけてきたルゥーエは最初、僕のことを祭りのために村を訪れた旅人だと考えたようだ。


「この村にどのくらい滞在するつもりかは知らないけれど、よかったら私の家に泊めてあげる」

「いいのか?こんな簡単に旅の男を泊めて」

「いいのよ。あなた勇者なんでしょう?勇者は魔物を倒して、人助けをしてくれる人々だもの。親切にするのが当たり前なのよ」

しかしルゥーエは近づいて僕の姿をまじまじと見るまでもなくすぐに僕が勇者だと気がついた。

そんなゲームの中の設定みたいな都合の良い事があるのだろうか?とは思ったけれど、それなりの規模とはいえ、お金を払って泊めてくれる宿屋がないような村だったし、結局どこかの家に宿泊を頼まなくてはならない事にはかわりがない。だから僕はルゥーエの言葉に素直に頷いた。


旅で出会う人々との交渉。時折行き合う地元の人との常識や考え方の違い。
初めて訪れる他国の勝手の違う物事に緊張と戸惑いの連続。しかもこの旅路に頼れる知り合いも仲間もいない。

そんな中で、彼女の言葉と気さくな態度は僕の不安な気持ちを拭い去ってくれた。

ルゥーエに連れられ招かれた家で感じた確かな温もりと優しい態度は途轍もなく、切ないほど心地よく胸に染み入った。
久方ぶりの安全と平穏。その日、僕は通された部屋のベットでいつのまにか涙を流しながら眠っていた。




▫️▫️□▫️□▫️


「おはようアキクーン。今日はいよいよ祭りの当日だ。君もうちの村祭りを楽しんでくれよ?」

ルゥーエの父親が僕の手に乗せてきたのはこの国の硬貨。ルゥーエのお父さんは厚い皮の大きな手でそれを更に握らせてくる。


「こ、こんな。貰えません」

「良いのよ。祭りの準備を手伝った謝礼だと思って受け取ってちょうだい」

ルゥーエの母親が前掛けで手を拭きながらそれに言い添えてくる。

僕は恥ずかしいようななんとも言えない気持ちになって少しぶっきらぼうになってしまったけどお礼の言葉を言いながら頭を下げ、逃げるように家から外に出た。

村の外から来た商人たちや店をひろげた地元の人間がここぞと張り切って、露店の間を行く人々や小遣いを握りしめた子供相手に自分の商品を売り込んでいるが、まだ午前中だからかそこまで混雑している様子ではない。


「良くしてくれたルゥーエとご両親に何か買ってあげよう」

僕は何か無いか?としばらく露店をキョロキョロとのぞいていた。
実はルゥーエから今晩、身体を空けておいて欲しいとお願いされていた。どこか連れて行きたい場所があるのだそうだ。
もしも、夜店への誘いだったら今何かしら目星をつけておいたほうが良いだろう。


賑やかに建ち並ぶ店と店の隙間には青い小さな花をつけた草花が可愛らしくも生い茂っている。

僕は旅している時にあることに気がついた。この可愛らしい小さな青い花の雑草には見覚えがありすぎた。なにせ花の名前を僕に教えてくれたのは僕の母。
召喚される前、母に頼まれて家と道路の境目や玄関周りの草取りをした時にもよく生えてたっけ。

この世界の植生は、この世界独特の物だけでなく時折前々世で知る物がポツポツと見られた。

こちらから見たら異世界、つまり僕の居た世界から召喚させられた僕たちにくっついてきた植物の種がこっちでも芽吹き根付いて育っているということだ。

この村では小さな青い花のついた元いた世界では雑草と呼ばれる類の草花。オオイヌノフグリがあちこちに群れて咲いている。


「これなんかどうかな?」

ルゥーエのお母さんにと僕が手に取ったのは、オオイヌノフグリの青い花の刺繍が散らされた前掛け。
この村でよく群れて咲いているオオイヌノフグリの青い花のモチーフはこの辺では“幸せの象徴”と大変好まれている。

春の天気の良い時分に咲いているのをよく見かけることから、春の穏やかな陽気のような平穏な日々が長く続いて欲しいという願いが込められているのだと、ルゥーエから教えてもらった。

多分商人が買い取った品なのだろう。わざわざコレを刺繍しているあたり、売っていたのは外から来た商人だが、この村の誰かか、この辺の地域の住人が刺した物なのかも知れない。

ルゥーエから聞いた話ではオオイヌノフグリの花はそのまま“オオイヌノフグリ”と呼ばれている。召喚された人間の誰かがそう教えたのかもな。

僕の元いた世界の、ここからしたら異世界産のこの花はこの世界で元とは違った能力を身につけたらしい。実は魔獣避けの煙玉の材料として有名なこのオオイヌノフグリを悪い物を遠ざけ幸運を呼び込む花として花嫁衣装や子供の服の意匠に盛り込む地域もあることを僕は後に知る。




そうして。
陽は落ち、夜が来た。
村の中の彼方此方で火が焚かれ夫婦や恋人たちは二人で仲良く並び歩き、子供たちは親に手を引かれて楽しそうにしている。


「おまたせ!さぁいきましょう?」

「あ、ぅ、うん」

誘われて家を出る直前、隣を歩く僕の手を彼女の小さな手がそっと握った。
僕は耳の中にも心臓があるかと思うほどの自分の鼓動の音に包まれながら、落ち着かない気持ちでただ足を動かした。

僕はルゥーエに手を引かれて家を出たが、ルゥーエはそんな祭りでそぞろ歩く人々にはお構いなしでスッスと歩き、とうとう二人して村の外れの方まで来てしまった。


「ええっと、ね?ここからは目を瞑っていて欲しいの」

「うん。わかった」


目を瞑って手を引かれて。
しばらく歩かせられた。
耳に入ってくるのは二人のゆっくりとした足音と、時折吹く風にそよぐ草のサワサワとした微かな音。あとはポツポツと互いに今日までの出来事を話しながら手を引かれひたすら歩かされた。



「ここでちょっと待ってて」

やっと立ち止まって、何かゴソゴソする音と気配だけを耳にしてじっと待つ僕。いわれるがままに目を瞑ってから、ドクンドクンと激しく波打っている僕の心臓が…もう限界を迎えてどうにかなりそうだ。

「お待たせ」と、手を取られ家から持ち出して来たのだろう敷物の上に座らせられたあと。
閉じていた目を「もういいよ」の彼女の声で開けた。


「わあ!」

上下左右。どこをみても光が溢れている。
昼間見た小さな青い花が微風に吹かれてチカチカと瞬くように発光していたんだ。

「きれいでしょう?」

「……すごいね」

「星空が上にも下にもあるみたいで素敵しょ?」

「うん。本当だね」


丁度雲の塊が月だけを隠して空にも星々が煌めき、足元にも星空が広がっている。
暗い場所で発光するのなんて明るい場所では気がつかなかった。青い小さな花は空の星が瞬くのに合わせるようにチラチラと周辺一帯、見渡す限り一面に輝いていた。

「まるで星空の中に二人しかいないみたいだ」

「……そうね。本当に世界に二人だけみたい」

暗さに目が慣れてきた頃合いに空に月が顔を出し、真っ直ぐに僕を見つめる彼女の顔が飛び込んでくる。

重なる二人の影はやがて一つに溶け合って……。




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