208 / 230
過去と現在
96.およこしなさい
しおりを挟む────そう。
シュアクーンはすっかり安心して気を抜いていた。
「ときにシュアクーン。そこの兎ですが……」
かちゃりとソーサーにカップを戻した王妃様。
「そこで従者の腕に大人しく抱かれている額に宝石のついた兎、それをこちらにおよこしなさい?」
セレが飽きないようにと周囲が見えるように再び抱えていたフェジンの腕の中で、ぬいぐるみのフリをしていたセレの耳がピクリと動く。
今回、フェジンをお供に決めたのにはそれなりの理由があった。
アンテルーレは妹のところをクビになって僕のところにきた。
だから印象があまり良く無いだろうと思い、今回はフェジンを伴って来た。
それに、フェジンは僕のところに来る以前は魔法省でそれなりの地位にいた人間だから、王妃から無理難題を突きつけられても表情一つ変えずに控えていられるだろうとも思っての人選でもある。
「……兎を連れてこいというのは、単にご覧になりたかった訳ではなく?」
「いいえ、見たかったのもあります。あのこに相応しいかどうかしっかりとこの目で確かめたかったもの」
“あのこ”とは多分ロゼルーテのことだ。
「妹のロゼルーテにはこちらを」
僕はフェジンに合図をして、ワゴンに乗せてあったネストネットの糸でできたフード付きポンチョを侍女へと渡してもらった。
「それは?」
「こちらはネストネットの糸で編んだ品です。どうぞお納め下さい」
「ネストネットとはあの大蜘蛛のことでは?……綺麗な糸なのね」
侍女から受け取ったポンチョをはじめは怖々と摘むように触ってから、広げて繁々と見つめる王妃様。
「ネストネットの糸を加工するのに長けた果樹を生業とする地域がございまして、そこではこのようなポンチョを作って生活の助けとしていました。
ネストネットの糸なので、防水魔法無しでも大変よく水を弾いてくれます」
「まあ、大変珍かなものですのね」
「そうですね。山間部の村での事でしたし、そう数は無いと思います。この辺では聞いた事もございません」
糸を編んでポンチョを作ったのはアミネットだから、ちゃんと柄や形の流行りは押さえているはず。
しばらく模様を指で辿ったりフード部分を持ち上げていたりしていたが、ロゼルーテへの土産のポンチョはすぐに下げられてしまった。
「これはこれで良い品です。しかし、わたくしはその生きた宝石の付いた兎をロゼルーテに譲って欲しいとお願いしているのですよ?」
ケーキにザックリとフォークを入れて上品に口に入れる王妃。
自分が咀嚼している間によく考えてから答えを返せという無言の圧力。
あぁ…これがお兄ちゃんだから妹に譲りなさい……異世界でも変わらず存在するんだな……。
連日、外で愛嬌振り撒いていたから今更これはぬいぐるみなんですなんて言い訳は通用しないんだろうな。
シュアクーンは目線で合図を送り、セレはフェジンから王妃の侍女の手に委ねられた。
ばび!なんて耳と両足を立てたセレ、王妃はその様子を見て大変ご機嫌だ。ぬいぐるみなんだとは隠しきれないその動きに、聞いた噂通りと確信したのだろう。
『ちょ、シュアシュア!シュアシュア!助けてシュアシュアアア!!』
脳内のセレが喧しい。
でもまぁお姫様の飼い兎って待遇悪くないと思うし。達者でな!ウサ精霊!また会う日まで!!
「では、僕はこれで失礼させていただきます」
こうして僕はクールに右手を挙げて退室したのだった…。
『シュアしゅあーーーーーーー!!!!』
▫️▫️□▫️□▫️
セレには大人しくしてもらって“これはぬいぐるみなのです”とできればやり過ごしたいと思ってた。
でも。城の侍女たちの噂になっていたから、…無理だったね。
王妃まで知ってるとは思わなかったよ。
セレがいなくなり、シンとした部屋で王妃とのお茶会での会話を思い起こす。
「王妃様は僕の飛び兎の事をどちらでお知りになられたのでしょう?」
「兎のことは、ルバルテルから聞きました。今、城の侍女たちが夢中なのだそうですわね」
るーばーるーてぇーるーおーまーえぇええええ!!
僕に恨みでもあるんか!?
…あるな。昔、王様が孤児院祭りに来たいって言った時に断ってルバルテルの顔潰したことがあったからな。
「セレは、セレは元気にやっているだろうか?」
アンテルーレが元気なく小さく呟いて外を見ている。
アミネットの話ではたくさんのミルクとたくさんのクッキーを毎日貪り食ってるらしいからそんな心配いらないと思う。
ただ。妹のいる離宮からは出してもらえないみたいだけど。
「シュアクーン様」
「何?トレネーク」
「ラルクラートから少しご相談があると……。お時間よろしいでしょうか」
すっかり静かになった部屋に今度はラルクラートから僕に相談があるのだと知らせが入る。
まだ、宝物庫に入る許可の連絡も来ていないし、急いで何かをしなくてはならないことも無い。
「いいよ。話を聞こうか」
その日の午後。
ラルクラートは僕の部屋にやってきた。
「今後、定期的に“エルフの心臓”を買い付ける為に我々はエルフの里と国の往復を命令される事でしょう」
エルフの里との往復。
その拠点を他国に作りたい。
人員を配置して、そこで生活させて。それには仕事をさせ稼がせながら暮らさせる必要がある。
この世界ではニートなんて怪しすぎる職業ナンバーワンだろうね。その生活費一体どこから出てくんの?って感じでさ。
「拠点を作るには何かしらの生活の基盤が必要です。そのまま土着するのなら結婚が手っ取り早いのですが、この度は我々の安心して過ごせる場所づくりという観点からその様な手は使えませんから」
女神は戦争の無い平和な場所に転生させてくれたと思ってたけど、やっぱりその様な情報戦みたいな隠密行動はしているんだね。
「それで露店商を?」
「はいそうです。そこで、商会をお持ちになり、確実に資産を増やしておられるシュアクーン様にご相談するのが良いのでは、という話となりまして……」
ラルクラートは旅の間僕と露店巡りを一番していたもんね。
「露店ならば、開けるも閉めるも店主の腹づもり一つ。
旅の人が立ち寄っても不思議ではない。しかも、店を開く場所は自由に変えられる。
そこで、シュアクーン様にお知恵を拝借しようということになりました」
んーー。忍者会議でそう意見が纏まったのかな?
「んじゃさ、一先ず拠点にする予定の国がどこなのか教えてよ」
予定している国は三つ。
そのうちの一つはトレネークたちの足型をとって送る予定のあの靴屋のある国だ。
これからエルフの里に定期的に訪問するからこその対策というのはわかる。
情報のやり取りのための拠点としてから、宿の手配、着替えの手配、旅の路銀、持ち物や消耗品。揃えて用意するものはいくらでもある。
「ラルクラートも行くの?」
「はい。旅に同行した私は貴重な情報源ですからね」
「じゃあ、しばらくは城には居ないね」
困ったような笑顔を浮かべるラルクラート。
いつからいつまでが不在となるかは秘匿情報なんだろうね。
どうかお知恵をお貸し願いたい。との言葉を残して、その日一旦ラルクラートには引き取ってもらった。
お茶会のすぐ後出した僕の手紙の返信という形で王妃様から贈り物のお礼の手紙をいただいた。
セレ(飛び兎)の取り扱いについての注意事項を書いた手紙を届けてもらったんだ。
王妃様からの手紙には、「約束は問題無く守るので何も心配せずともよい」って書いてあった。…約束守るのは王妃様じゃなくって妹なんだけどなぁ。
その他には。
花の名前が知れた事により、一層周りにあの花の意匠の鉢カバーが持て囃され、王妃様はオオイヌノフグリ……もとい、星の瞳をデザインした物をつけた鉢植えカバーをご褒美として自分の配下の者に下賜するようにしたのだとかが記されていた。
花言葉は、忠実、信頼、清らか。
なのだそうだが、花言葉は女性の方が男性よりも断然気にかけている。一部の女性重視の男性は別として、ね。
セレはなんとかやっている様だ。
その手紙には兎についての記述は何も無かったから。
そんな内容の手紙をポイと投げ捨てる様にして、シュアクーンは、ラルクラートの相談事について考えはじめた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。
日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。
両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日――
「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」
女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。
目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。
作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。
けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。
――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。
誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。
そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。
ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。
癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!
【モブ魂】~ゲームの下っ端ザコキャラに転生したオレ、知識チートで無双したらハーレムできました~なお、妹は激怒している模様
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
よくゲームとかで敵を回復するうざい敵キャラっているだろ?
――――それ、オレなんだわ……。
昔流行ったゲーム『魔剣伝説』の中で、悪事を働く辺境伯の息子……の取り巻きの一人に転生してしまったオレ。
そんなオレには、病に侵された双子の妹がいた。
妹を死なせないために、オレがとった秘策とは――――。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる