月の光はやがて仄かに輝く

白ノ猫

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本編

第四話

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 私が通う学園には年に一度、盛大なパーティが行われる。
 それは学園に三年間通った生徒を社会へ送り出すための、伝統的な行事である。
 卒業する生徒のためのパーティではあるが、学園の関係者ならば誰でも参加は可能だ。当人の家族や婚約者、また、家族の縁者も参加できる。
 となれば当然、私の関係者として両親はパーティに来る。妹は学園の生徒なのだから尚更だ。そして、妹の婚約者である彼だって、来る。

 その日だって、会場では妹が一番輝いているのだろう。他の誰もが妹を称賛するなか、私もその情景を穏やかに見守るのだ。
 そこにあるのは妹への慈しみのみ。
 他は要らない。他の感情なんて、あってはならない。
 だってこの、妹を愛する神様によって作られた世界で、彼女に少しでも悪感情を向けるなんて、有り得ないから。
 だから私は良い姉であり続ける。そこに私自身は要らない。妹の――リリアの姉という私だけがあればいい。
 それで、全てが順調に進むから。
 そうすればきっと、誰もが幸せになれる。
 そうでしょう? ――どうか、そうであって……?






 やって来た、学園のパーティ当日。
 会場は学園の大広間だ。あそこは王宮の大広間より広い造りになっているので、パーティをするのに手狭になることがない。
 パーティは昼頃から行われ、夜までそれは続く。
 夜までとなると疲れが溜まるが、それでも皆、最後までパーティから退出しない。
 それほどまでに大きな催しであると分かる。


 パーティが始まり、皆、今日は無礼講だとばかりに昼からワインを乾杯し、口にする。
 私は、酔って何をするか自分に自信がないので遠慮している。
 ただ――頬をほんのりと染めて両親と楽しそうに話す妹を素面で見ているのは、少しだけ、つらい。
 私が卒業するのに妹と常に一緒にいる両親を見るのも少し、つらい。
 でもそれがいつも通りなのだ。
 今日に限ったことではないのにいつもよりつらいのは、今日という日が私にとっても『特別』だからなのか。
 学園に愛着などないはずだが、憎からず思っていたらしい。


 時間はどんどんと過ぎ去り、あっという間に夕方になった。
 確か、彼は夕方頃に来ると言っていたか。もう私には、関係のないことであるが。
 そう思っていたら、にわかに人の声がざわついた。
 それだけで分かってしまう。彼が来たと。
 彼はとても見目麗しい。女性は勿論、男性だってそうだと認めるだろう。
 それだけでなく、彼の柔らかい笑顔は簡単に心を許したくなる魅力を持つ。例え彼が内心でどう思っているかは別として。
 もっとも、今の彼に裏表なんてないから問題ないのだが。

 彼が早歩きでこちら――妹へ向かってくるのを見て、それだけで痛む胸を、無理矢理押抑え込んだ。
 嫌になってしまう。
 諦めたのに。諦めた、はずなのに。
 もう戻ることはない。これが本当であるのに。
 喪失感ではない。あれはもっと虚しくて、何も感じられないような、もっと酷いものだった。
 なら、これは何? この、荒れ狂うような、暴力的で、醜い感情は?

 妹と寄り添って笑い合う彼が、どうしても視界に入る。
 いいえ、私が見てしまっている。
 自分から彼を、彼と妹の姿を見ているのに、つらくて、泣き出したくて仕方ない。

 私は自分の首を無理矢理向こうへ向かせた。そうすれば彼と妹を見れなくなるから。
 すると向いた先に、赤い、真っ赤なワインが目に入る。
 これは、気分を高揚させる作用があると聞いたことがある。私は飲んだことがないので、よく分からないけれど。
 気分を高揚させるならば、今飲んだら、この気持ちをどうにかしてくれるだろうか?
 この、自分では制御できそうにない感情を抑えてくれるだろうか?

 赤が並々と注がれているグラスを手にし、試しにと思い一口飲んでみた。
 ――ああ、少し、体が軽くなった? 心も軽くなった気がする。
 あの醜い感情が少しだけだが収まったのを確認すると、しっかり効果があることを知った。
 ――まだ、残っているわね。飲んでしまいましょう。
 今日は無礼講なのだ。もう一人くらい酔っぱらいが増えたところで、誰も気にしまい。
 グラスに注がれていたワインの残りを一気に飲み干すと、更にふわふわした気持ちになる。
 なんて、いい気分なのだろう。嫌なことも忘れ、良い気分に浸って。
 もうずっと、このままでいたい。

 ふふ、と笑みが漏れた。
 こんなにふんわりした感情は、いつぶりだろう。たぶん、一年ぶりだろうか。
 その『一年ぶり』が何を意味するかは考えたくない。
 彼のことはどうでもいい。
 私には関係ない。
 この世界が私にとっての全て。
 例え彼が記憶を、有り得ないけど取り戻したとしても、私はこのままでいたい。
 そうすれば皆幸せだし、それが私も幸せになる。
 もう何も失わずに済むのだもの。失ったと、思わずに済む。

「嘘つきなんて、信じないわ。もう二度と。ずっと。永遠に――」

 味方だなんて、嘘だった。愛しているとか、可愛いとかも嘘。
 ああ、幸せよ。もう二度とあんな嘘を聞かずに済むもの。
 あはは、と顔を歪めて笑ってみせる。
 誰に見てほしいわけじゃない。
 私が、シアワセだから笑うの。

 近くにあったワイングラスを、もう一つ手に取る。
 そうして再び、ワインを体に流し込んだ。
 このパーティが終われば、私の学園生活は終わり。そうしたら両親は私に、誰かを宛がってくれるだろう。
 将来を添い遂げるための男性を。家に利益をもたらしてくれそうな誰かに、私を送り出す。
 私はそこで悠々自適な生活を送り、子を産み、死んでいくのだろう。
 夫との間に愛は必要ない。
 元々、貴族の婚姻にそんなものは必要なかったのだ。
 今までの私はなんて欲張りだったのだろう。

 妹は彼と愛し愛され、私は普通の貴族令嬢として生きていく。
 それで、もう、終わるのだ。
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