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第二部 第八章 メラニア
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しおりを挟むメラニアが貴族の令嬢だとは理解したが、もっと重大なことがある。それは彼女が『召喚術士』かもしれないということだ。
おまけに本人がジョブを持っているという自覚に乏しいことも問題である。
転職する者も少なくレアなジョブである『召喚術士』の詳細は余り知る者もおらず、俺が召喚術士だったおばばの旦那さんにチラリと聞いた話では、召喚陣に呼び出される魔物は運の要素が非常に強く、使役契約には魔力を消費するらしいとしか聞いていなかった。
『召喚術士』に転職する者が少ない理由として、召喚される魔物が選択できず運に左右されるという『ギャンブル性』が高く、安定した火力を期待できないということなのだ。
ただ、運のステータスが高い者が『召喚術士』に就くと話は変わる。運のステータスが高い『召喚術士』は強い魔物を引き当てる確率高いとおばばの旦那さんは言っていた。
ちなみにおばばの亡くなった旦那さんは運がB+らしかったようで、強力な魔物を使役して若い頃はおばばと仲間を募りダンジョンでブイブイ言わせていたと酒の席で武勇伝を聞かされていた。
それほどまでに運に左右されるジョブである。そんなジョブをメラニアのような子が持っているとなると色々と問題が発生しそうな気がしていた。
なにせ、自身が危機に陥ると、無意識下で召喚陣を錬成してしまうようで、地上であろうがグレーターデーモンが闊歩することになるのだ。
今回は人通りの少ない裏通りの路地であり、建物への被害も最小限に抑えられたが、これを人通りの多い場所でやられたら大惨事が発生してしまう。
そうならないようにも、メラニアの力については婚約者のアルガドに伝えた方が良いと思われた。彼にはしっかりと婚約者メラニアを保護してもらい、安全な生活環境を与えるように申し入れをせねばと一連の事案を見て思えてきた。
俺はメラニアが唇に当てている人差し指をどけると口を開いた。
「メラニアの素性については内密にする件は了承しよう。ただ、君がどうも『召喚術士』のジョブを持っているようであることは婚約者のアルガド様にお伝えした方がいい。男たちに襲われそうになり危険を感じ、無意識下で召喚陣を錬成してグレーターデーモンと使役契約を交わし、魔力が尽きて昏倒していたというのが君の身に起きたことのようだ」
「わたくしが『召喚術士』ですか……。それに『召喚魔法』を行使したと……。まったく記憶がないのですが……」
「無意識だったと思われる。命の危険を感じて召喚陣が発動したのかもな。それにしてもグレーターデーモンは非常に強力な魔物であるし、地上に召喚できるとなると色々と問題がある。この件は婚約者のアルガド様に今すぐに伝えた方がいい。俺からも口添えはさせてもらうつもりだ」
「この件をですか!? アルガド様に!」
「ああ、婚約者殿なのだろう? メラニアに危ないことはさせないで欲しいと申し入れようと思ってな。今回みたいな事件が再発しないとも限らないし、行儀見習い中とはいえ婚約者のアルガド様に配慮してもらえばメイド長も無理難題を押し付けないと思うぞ」
俺はメラニアが夜中に人気のない歓楽街の裏通りの店にお使いに出されたのは、メイド長が彼女を苛めるためだと思っていた。
この前の荷物持ち事件の時も感じたが、メイド長はメラニアのことを目の敵にして苛めているようで、それをやめさせることも含め、今回の件をアルガドに伝えメラニアを保護してもらおうと思っている。
主人であるアルガドから注意を受ければ、さすがのメイド長もメラニアへの配慮をせねばならなくなるはずだ。
「夜も更けてきてしまっているが、今からアルガド様に面会をしてメラニアのことを伝えるつもりだ」
「え? あっ! ええ!? グレイズ様、ちょっと……」
俺はメラニアを抱き上げると、アルガドが居を構える屋敷に向けて、彼女に道案内を頼むことにした。
ブラックミルズでも高級住宅街として知られる場所にアルガドの屋敷はあった。元々はブラックミルズに領主が派遣した代官の住む屋敷だったが、今はアルガドが住んでいるそうだ。
さすがに貴族の令嬢であるメラニアを抱き抱えたまま、婚約者であるアルガドの元を尋ねる訳にもいかず、敷地前からは隣を歩いてもらっていた。
そして、屋敷の扉のノックを叩く。ほどなくして、メイドが応対に出てきた。
「すまないが、私はブラックミルズ商店街連合会会長のグレイズという者だ。アルガド様に火急の要件があり、面談を申し入れたいので、取次を頼む。大至急の重要案件だと伝えてくれ」
急いでアルガドにメラニアのことを伝えたかったため、役職を利用することにした。なにせ、相手は貴族様であり、しかもすでに夜は更け始めている。
そんな時間に一介の平民が面談を申し込めば、相手に不快感を与えることは確実である。なので、役職を利用して火急の重大案件としておけば、街の発展に意欲的なアルガドなら面談をしてくれると算段していた。
「少しお待ちくださいませ。伝えて参ります」
メイドがチラリとメラニアを見たが、俺に頭を下げるとアルガドに取次ためドアを閉めた。
「メラニアはメイドたちからも苛められているのか?」
「苛めなどでは……。皆様、わたくしを立派なクレストン家の正室にしようと厳しく躾をしてくださっているのです。わたくしもそれに応えようと努力しておりますが……中々上手くはいきませんね。でも、わたくしは頑張らねばならないのです」
顔に悲壮感を滲ませたメラニアであるが、この面談が上手くいけば、待遇も変わると思われる。
再びドアが開くと、メイドに先導され、アルガドが待つ応接室へ通されることとなった。
「すみません。こんな夜更けに面会を申し入れてしまって」
アルガドはすでに夜着に着替えていたようで、昼間見たギルドの制服ではなくなっていた。
「大至急の重大案件らしいが……。うちのメイドがなんでグレイズ殿と連れ立ってここにいるのか説明してもらえるか?」
アルガドは多少不機嫌そうな声音でメラニアに一瞥を送ると、俺に説明を求めてきた。
一方、メラニアの方はアルガドの視線に萎縮したようで床に視線を落としている。
「実は今日、こちらにいるメラニア嬢が歓楽街の裏通りで手練れの冒険者らしいへんな男たちの集団に襲われそうになっていまして、私が助けに駆け付けた次第です。幸い問題は起こらずにすみましたが、その際、街の治安を揺るがす衝撃の事実が判明したので、治安維持を司るアルガド様の耳に入れておこうと夜更けにも関わらず面会を申しいれた次第です」
アルガドが俺の話を聞いて表情を硬くしていた。治安を揺るがす重大事案だと聞いて驚いているのかもしれない。
犯罪者集団こそ消え去ったが、その代わりに妙に手練れの冒険者らしき集団が居たことに驚いているのだろうが、問題はそっちではない。メラニアの『召喚術』の方だ。
「歓楽街にまだそのような不埒な輩がおるのか。けしからん。すぐに『衛兵隊』に連絡して討伐隊を送り込む」
「あ、いや。そちらは特に問題はないんです。本当に重大な治安上の問題はこちらのメラニア嬢にあるので」
「メラニアにだと? 一体どういうことだ。ただのメイドであるぞ」
メラニアに問題があると言うと、アルガドの顔から緊張が一気に失せていった。
婚約者であるはずのメラニアにはあまり興味がないのか、アルガドの態度に冷たさを感じる。
「メラニア嬢より、アルガド様とメラニア嬢が婚約されているとは聞いております。その上で、アルガド様に聞いていただきたいことがあるのです」
婚約していることを話したと聞いたアルガドの顔が再び緊張に包まれていく。
「グレイズ殿、その件はご内密に頼む。わたしはこの地に仕事をしに来ており、婚約の発表はこの地での成果を出してからと父上より言われておるのだ。メラニアとのことが外部に漏れれば色々と面倒なので行儀見習いとしてメイドをしてもらっているのだよ」
アルガドもメラニアと同じように二人の婚約の件を内密にするようにと伝えてきていた。
貴族同士の結婚であるため、色々と根回しが必要なのだろうと思われ、外部にはすべてが整ったところで発表するつもりらしい。
「心得ております。メラニア嬢より口外は禁じられておりますゆえ、私も口外はいたしませぬ。ただ、一つだけお伝えしたいことがありまして」
俺が口外をしないと誓うとアルガドはホッとした表情を見せていた。
彼も色々と結婚への段取りや貴族家同士のやりとりに神経を使っているようだ。
「メラニアについて伝えたいこととはなんだ?」
「実は彼女は『召喚術士』というレアなジョブを持っているようで、地上においてグレーターデーモンを召喚してみせたのです。くだんの男たちもその召喚されたグレーターデーモンが追い払いました。問題はメラニア嬢が生命の危機に陥ると無意識下で召喚陣が発動して地上に強力な魔物を呼び出せてしまうことなんです」
俺がメラニアの秘密の力についてアルガドに語ると、彼は言っていることがあまり理解できていない様子だった。
「ん? メラニアが魔物を呼ぶだと?」
「ええ、今のところ無意識下でしかできないでしょうけど、慣れれば自分で呼び出せるようになるかと……」
「本当か! メラニア!」
アルガドが俺の言ったことを理解したのか、メラニアに視線を向けて驚いていた。
「グレイズ様が一部始終を見られていたそうなので、きっとそういうことだと思います……」
「つまり、メラニア嬢に危機が及ばないようにアルガド様から配慮をして欲しいと思い、この夜更けの面会を申し入れさせてもらった次第。今回は歓楽街の裏通りの人気のない場所でありましたが、これが街の中心部で起きていたら大惨事を招く可能性があるのです」
俺の説明をきいたアルガドがガタガタと身体を震わせ始めていた。
きっと、メラニアの力が街の中心で発動した際の惨事を想像したのだろうと思われる。
「メ、メラニアにそのような力が……」
「ええ、ですからアルガド様にメラニア嬢を保護して頂きたく。婚約者でもあられますし」
アルガドの喉がゴクリと音を立てて鳴った。
「あ、ああ。そうか。そうだったな。わたしはメラニアの婚約者だった。ああ、そうだ。グレイズ殿の言う通りだ。よかろう、メラニアの保護はわたしが請け負う。身体に危険が及ばねば大丈夫であろうな?」
「はい、現状は生命の危機以外は召喚陣は錬成されないでしょう」
「わかった。メラニアもこのことは周囲に喋らぬようにな。頼むぞ」
「はい、心得ております。こたびはわたくしの力のせいでアルガド様にもグレイズ様にもご迷惑をおかけします」
『召喚術士』のジョブを持っていたことが判明したメラニアが深々と頭を下げて謝っていた。
婚約者でもあるアルガドがメラニアの『力』のことを知ったので、メイド長やメイドたちからの苛めもやむであろうし、保護もしてくれるはずなので、メラニアはもう少しブラックミルズで生活がしやすくなると思う。
俺はメラニアとアルガドに辞去の挨拶をすると、自分の家に戻ることにした。
この判断が後に俺が人生で犯した一番の判断ミスだと知ることになるのだが、今の俺は知る由もなかった。
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