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彼の正体2
しおりを挟む力任せに引き寄せた襟元に蒼介の拳が食い込む。
「答えろ……何が“お礼”だ。ふざけるな。」
怒りで酔いの熱が更に高まり、理性を失いそうだった。
なのに、男は落ち着いた眼差しで蒼介を真っ直ぐに見つめ、逆に蒼介の神経を逆撫でした。
「それが、人様の家庭を壊した人間の態度か!!」
「身内です」
瞬間、蒼介の手が止まる。
指先から力が抜け、掴んでいた拳がゆっくり滑り落ちた。
「……身内、だと?」
「阿部千紘の身内。――あのトラック事故で美奈子さんを轢いてしまった女の弟です。」
淡々と、彼は言った。
胸の奥がぐらりと揺れる。
蒼介は、一歩、後ずさった。
「……千紘の……弟?」
短くうなずくその顔は、冷静そのものだった。
怒りも悲しみも、感情の影ひとつ見えない。
「初めて来店した日、彼女の一つ一つの仕草が千紘に似ている気がして、僕から声をかけました。"何処かでお会いしませんでしたか?"と。」
蒼介は内心、"美奈子と禅が不倫の為に考えた茶番劇じゃ無いかという疑念"と、"事故後に人が変わった美奈子はやはり千紘だったんじゃないか"と思う自分に葛藤した。
「あの日、千紘は愛想笑いをしただけでした。ですが、その翌日……父の命日の日に、父が愛飲していたタバコと花束を持った彼女と霊園で遭遇しました。」
「……何を言ってる」
蒼介の声が、かすれた。
(確かに、ここに初めて訪れた時。
早朝に美奈子は何も言わずに旅館を抜け出していた。
散歩にでも行ったのか……と、蒼介は布団を頭から被り二度寝した。あの時……父親の墓参りに行ってきたのか)
「おかしな話ですが、美奈子さんに千紘が重なって見えて……もしかして、千紘なんじゃないかと声をかけました。彼女は否定も肯定もせずに涙を流したんです。」
「事故のあと、美奈子さんは奇跡的に助かりましたね」
「……ああ。」
「美奈子さんの体に――千紘の魂が入ったから助かった。僕はそう思ってます。」
男の声音は低く、淡々としていた。
「やめてくれ、そんな話。」
「千紘は罪悪感で苦しんだようです。自分が美奈子さんの体に入ったせいで、彼女は死んでしまった、と。」
静かに言い切る声。
その一言が、酔いよりも深く蒼介の胸に沈んだ。
「千紘はあの日……美奈子さんを失った貴方に、尽くす事を決めたんです。」
その瞬間、蒼介の拳が震えた。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、崩れ落ちそうなほどの痛みが、胸の奥で静かに脈打っていた
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