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メロい上司の秘密を知ってしまった瞬間
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「今回の社内コンペについて、要項は熟読した?」
眩しいほど整った微笑みを浮かべ、上司の黒木 蓮は私を一瞥したあと、企画書をそっと閉じてこちらに差し出した。
彼が目を通しているあいだ、私は無意識に首から下げたIDカードホルダーの角を弄っていたらしい……
視線に気づき、慌てて手を離して背筋を伸ばす。
深夜残業までして仕上げたこの企画書は、彼に褒められたい一心で何度も練り直した自信作だ。
「はい。もちろんです」
そう答えると、黒木係長は長い睫毛をふっと瞬かせ、再び企画書に視線を落とした。
一瞬、空気が凍ったような間が流れた――気がした。
けれどそれは錯覚だったらしい。
顔を上げた彼は、さきほどと変わらない柔らかな表情を向けてくる。
「そっか、いいね。じゃあこの企画、もう少し推敲してみて。コンセプトはいいから、内容とコストの詳細を、もう一段丁寧に」
「はい!ありがとうございます」
世間では上司のパワハラやモラハラに悩む会社員が溢れているというのに。
部下への気遣いを忘れず、指示は的確。
そのうえ顔立ちは、AI生成かと疑いたくなるほど整っている。清楚で気品があり、少したれ目気味のくっきりした二重。透き通る肌に、色気のある唇。その下には小さなほくろ。
要するに彼は、最強にメロいリアル王子様男子なのだ。
「努力すれば、企画が通るチャンスは十分ある。頑張ろうね」
「はい、頑張ります!」
差し戻された企画書を手に席へ戻ろうとしたとき、すれ違いざまに同期の安西 誉が小声で囁いた。
「要するに、全然ダメ。全部練り直して再提出、って意味だぞ」
「うるさい誉。そんなこと一言も言われてないし」
即座に言い返すと、誉はやれやれと肩をすくめ、自分の企画書を持って係長の席へ向かっていった。
私のデスクは企画営業部の最奥、コピー機の隣だ。
シュレッダーもすぐそばにあって、移動が少なくて済むのが密かなお気に入りポイント。
企画書を処分しようとシュレッダーの電源を入れ、捨てなくてもいいページがないか確認していると、いつのまにか戻ってきていた誉に、紙束をひったくられた。
「『絶品インドエビカレー、ボンジュール!欧風スパイスを添えて』……ひどいな」
「そうかな?おいしそうじゃない?エビ出汁を利かせたカレーだよ」
「そうじゃなくてお前……あー……教えるのも面倒なレベル」
「どのへんがよ」
むっとして頬を膨らませる私の頬をつねりながら、誉の講義が始まった。
「いいか。まず“欧風スパイス”ってなんだ?インドカレーのスパイスと何が違う?
欧風カレーは赤ワインや生クリーム、ブイヨン、香味野菜を使ってコクとまろやかさを出す。一方インドカレーは小麦粉を使わず、スパイスを調合して作るサラサラのスープが特徴だ。違いはスパイスじゃない。調理法と材料だ。それで――」
「はいはい、わざわざご教授いただきありがとうございまーす」
話の途中で企画書を奪い返し、その勢いのままシュレッダーに突っ込んだ。
カタカタと、今にも詰まりそうな音を立てながら飲み込まれていく紙束。
席に戻って振り返ると、誉が声も出さずに口だけ動かして言った。
(バーーカ)
……最低。
眩しいほど整った微笑みを浮かべ、上司の黒木 蓮は私を一瞥したあと、企画書をそっと閉じてこちらに差し出した。
彼が目を通しているあいだ、私は無意識に首から下げたIDカードホルダーの角を弄っていたらしい……
視線に気づき、慌てて手を離して背筋を伸ばす。
深夜残業までして仕上げたこの企画書は、彼に褒められたい一心で何度も練り直した自信作だ。
「はい。もちろんです」
そう答えると、黒木係長は長い睫毛をふっと瞬かせ、再び企画書に視線を落とした。
一瞬、空気が凍ったような間が流れた――気がした。
けれどそれは錯覚だったらしい。
顔を上げた彼は、さきほどと変わらない柔らかな表情を向けてくる。
「そっか、いいね。じゃあこの企画、もう少し推敲してみて。コンセプトはいいから、内容とコストの詳細を、もう一段丁寧に」
「はい!ありがとうございます」
世間では上司のパワハラやモラハラに悩む会社員が溢れているというのに。
部下への気遣いを忘れず、指示は的確。
そのうえ顔立ちは、AI生成かと疑いたくなるほど整っている。清楚で気品があり、少したれ目気味のくっきりした二重。透き通る肌に、色気のある唇。その下には小さなほくろ。
要するに彼は、最強にメロいリアル王子様男子なのだ。
「努力すれば、企画が通るチャンスは十分ある。頑張ろうね」
「はい、頑張ります!」
差し戻された企画書を手に席へ戻ろうとしたとき、すれ違いざまに同期の安西 誉が小声で囁いた。
「要するに、全然ダメ。全部練り直して再提出、って意味だぞ」
「うるさい誉。そんなこと一言も言われてないし」
即座に言い返すと、誉はやれやれと肩をすくめ、自分の企画書を持って係長の席へ向かっていった。
私のデスクは企画営業部の最奥、コピー機の隣だ。
シュレッダーもすぐそばにあって、移動が少なくて済むのが密かなお気に入りポイント。
企画書を処分しようとシュレッダーの電源を入れ、捨てなくてもいいページがないか確認していると、いつのまにか戻ってきていた誉に、紙束をひったくられた。
「『絶品インドエビカレー、ボンジュール!欧風スパイスを添えて』……ひどいな」
「そうかな?おいしそうじゃない?エビ出汁を利かせたカレーだよ」
「そうじゃなくてお前……あー……教えるのも面倒なレベル」
「どのへんがよ」
むっとして頬を膨らませる私の頬をつねりながら、誉の講義が始まった。
「いいか。まず“欧風スパイス”ってなんだ?インドカレーのスパイスと何が違う?
欧風カレーは赤ワインや生クリーム、ブイヨン、香味野菜を使ってコクとまろやかさを出す。一方インドカレーは小麦粉を使わず、スパイスを調合して作るサラサラのスープが特徴だ。違いはスパイスじゃない。調理法と材料だ。それで――」
「はいはい、わざわざご教授いただきありがとうございまーす」
話の途中で企画書を奪い返し、その勢いのままシュレッダーに突っ込んだ。
カタカタと、今にも詰まりそうな音を立てながら飲み込まれていく紙束。
席に戻って振り返ると、誉が声も出さずに口だけ動かして言った。
(バーーカ)
……最低。
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