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5:王立学校
しおりを挟むクリスティナ・シルキア十六才、今日から晴れて王立学校の学生だ ――
今までは学校に通わず勉強の類いは家庭教師に教わっていたが、十六才になった今社会勉強のため学校に通うことになった。私がこれから通う王立学校は全寮制で生徒は貴族の令息令嬢がほとんどという学校だ。
ここで専門科目を勉強するもよし、将来のための人脈を作るもよし、はたまた青春を謳歌するのもよし!
だが、私にとって最大の喜びは!
(さすが国が作った学校…の図書館!!)
二階建てのでっかい図書館!!本読み放題!!
式典が終わって落ち着いたら早速行ってみようと思っていた。
なのになのに!……初日から変なのに絡まれていた。
「ようこそ俺主催のお茶会へ」
「……」
「……」
リクハルド様の婚約者候補が一堂に集められるという修羅場を迎えていた。本人はなぜか誇らしげにしているが。
「……リクハルド殿下、これはいったい何ですの?」
一人の令嬢が堪らず質問する。うん、迷惑な集まりだよねー。
「皆が顔を会わせるのは初めてかと思ってな」
確かにそうかもしれないが会う必要あるのか?私は今人生最大の居心地の悪さを感じている。テーブルの上のティーソーサーに描かれているさくらんぼの絵だけをじっと見つめて黙っていた。
するとリクハルド様が勝手に全員の紹介をし始めた。それを簡単にまとめると…
―― 婚約者候補は今のところ四人。
まず一人目はソフィア・ランタラ侯爵令嬢、十七才。ランタラ家は昔感染症が流行った際に国に多大な貢献をもたらした一族だ。
そして次にエルヴィ・レフトラ伯爵令嬢、十七才。父親は王の側近の一人で大きな権力を持っている。
そして三人目、ヘレナ・スヴェント伯爵令嬢、十六才。シルキア家の三倍くらいの領地を持ち運営も巧妙なので財政が豊か…平たく言えばめっちゃお金持ちだ。
そして最後に私、クリスティナ・シルキア伯爵令嬢、十六才。父は一応国の議会なんかには出席しているが出世欲が低いので平議員だ。そして領地の規模も普通。財政は黒字だがめちゃくちゃ潤っているわけではない。要するに…家格からすると王子様の婚約者になるには微妙なラインだ。
皆美人でスタイルも良い。自慢じゃないが普段美しいだなんだとよく言われる私でもこの中に入ると平均値だ。
皆表面上はにこやかにしているが牽制しあってるのが空気でわかる、いや違った、にこやかじゃなかった、私ソフィア様にめっちゃ睨まれてる!…空気読めないリクハルド様はまったく気がついていないが。
「皆夜会やパーティーなんかで一度くらいは会ったことはあると思うがクリスティナ嬢に会うのは初めてだろう?」
(ひぇっ、何なの!?)
パーティーに出て来ない私のためのお茶会みたいな言い方されて視線が痛い。早く終わらせて欲しい、と心の中で500回くらい祈った。
「…殿下、クリスティナ様はどういう経緯で婚約者候補になったのでしょうか?」
エルヴィ様が不躾に尋ねた。「何でお前みたいな平凡伯爵家の娘が選ばれてんだよ」と蔑んでいることがはっきりわかる、うん、私もそう思ってる!だから外して下さいって何度も言ったんだよ!
「あー、皆は両親が勝手に決めた候補者だがティナは俺直々に選んだ候補者だから」
「!」
(それ一番言ったらアカンやつやん!)
ここ周辺の気温が10度くらい下がった気がする。何の意図があってそんなことを、いやたぶんリクハルド様は「ティナだって正式に選ばれた令嬢なんだよ。だから苛めないでね」ってフォローしたかったんだと思う。が。
(逆効果ーっ!!)
私の学校生活は入学早々に暗い影を落としてしまったのだった。
**
「クリスティナ様少しよろしいかしら」
(呼び出しキターっ!!)
恐る恐る振り返ると、深紅のストレートの髪を高い位置でまとめて風にさらさらとなびかせている令嬢、ソフィア様が腕を組んで立っていた。威圧感が半端ない。
「あの、えっと…」
「おーい、ティナー!」
その圧力に思わずたじろいでいると遠くからリクハルド様が手を振って走ってくるのが見えた。それに気がついたソフィア様のこめかみに怒りが浮かぶ。
もう、何でここまで空気読めないんだよ!
「ティナ、学園のことまだ何にも知らないだろ?先輩の俺が案内して、」
「リクハルド殿下!」
「は、はい!」
話の途中でソフィア様が遮る。その剣幕にリクハルド様でさえびくついた。
「クリスティナ様の案内はわたくしが責任を持ってさせていただきます。女性にしかわからないこともありますので」
「いや、でも」
「殿下」
「……はい」
完全に負けた。
未来の国王よ、それで良いのか!?
もしソフィア様と結婚したら一生尻に敷かれるぞ!
「クリスティナ様、参りましょう。では殿下ごきげんよう」
小さくなってるリクハルド様を軽くあしらいソフィア様が颯爽と歩き出すと風に乗ってふわっと良い香りがした。
早く来なさいとでも言うようにチラリとこちらに視線を送られ、これは付いていくしかないか、と小さくため息をついたのだった。
*
リクハルド様に言ったようにソフィア様は律儀に学校案内をしてくれた。…会話なんかはほぼなく気まずかったが。
そして最後にカフェの個室のような所に連れていかれた。紅茶を持ってきてくれた女性が下がっていくと完全に二人になる。
何を言われるのか、いや大体想像はつくが胃がキリキリし始めた。
「わたくしは侯爵家の娘です」
「は、はい」
「幼い頃よりリクハルド殿下の妻になるためだけに教育を受けてきておりますの」
「は、はい」
「貴女なんかにその座を渡すことはできません」
私だってリクハルド様のお嫁さんになるつもりはありません、そう言いたいが余計こじれるのは目に見えているので止めておく。
リクハルド様がさっき言ったように私はパーティーなどの人が集まるところには滅多に出ないので、リクハルド様が他の令嬢にどういう風に接しているのか知らなかった。
あの様子だと他の婚約者候補とは一線引いているようだ。先ほどのお茶会で全員に自分の立ち位置を確認させた、というわけだ。
「あまり殿下に執着しているとその分時間の無駄になりますわよ?早く婚約者を探さなくては良い方を逃してしまいます」
「…ソウデスネ」
「どうせあなたは殿下とは結婚できないのだからこの際辞退してこの学校で良い方を探してはどうかしら?良ければわたくしが紹介して差し上げるわ」
「……」
めっちゃ恐い。何を言っても怒られそうだ。
どうせ怒られるなら思いきって何か違う話題を振ってみるか、と何か話題を探す。
そういえば先程から気になっていたことがひとつだけあった。
「…ソフィア様は何か良い香りがしますね」
「は?何を…」
「ラベンダーの匂いでしょうか?」
「……ええ、その通りよ」
話の腰を折られると思ってなかったのかソフィア様は少しの間呆気にとられていたがポケットから布を出して手渡してくれた。なるほど、香りの原因はこれか。
鼻から息を吸い込むと上品でどこか懐かしい香りがした。
「香りは脳に直接働きかける、と前に本で読んだ気がします」
「あら、興味があって?」
「少しだけ…」
前世ではアロマテラピーなんかは当たり前のように世の中にあったがここではどの程度進んでいるのかわからないのであまり調子に乗ってしゃべらないように気を付ける。
「わたくしが今日染み込ませているのはラベンダーオイルですけれど、ラベンダーには心を落ち着かせる効果の外にも抗菌作用や抗炎症作用もありますの」
「そうなんですか」
「あと、身近なものではローズマリー、ゼラニウムなんかも万能よ。あとは…同じ柑橘系でもそれぞれ効能が違ったりして本当に奥が深いの。あなたも興味があるなら本をお貸しするわ」
「あ…是非」
めっちゃしゃべるやん。
何かのスイッチが入ったように話し続けるソフィア様にぽかんとしてしまった。
「薬ばかりに頼るのではなくてこうして香りで精神を癒すこともできる。もっと研究すればいろいろな場面で使うことも、って違いますわ!!」
「ええっ」
「とにかく、リクハルド殿下のことは早々に諦めることね!後、ハーブの本は部屋に届けさせるわ!」
そう言い放ってソフィア様は出ていった。
(ソフィア様、案外良い人かも…)
憂鬱になりそうな学校生活にちょっとだけ光が差した瞬間だった。…まぁ極力関わり合いたくないけど。
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設定はかなりゆるめに作っています。
1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。
2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。
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