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後日談(短編)
温泉へ行こう・前編
しおりを挟む「ティナ!一緒に視察に行こう!」
イヴァロンにそろそろ夏の足音が近づいてきた頃、例によってリクハルド様が単独暴走馬で乗り込んできた。
「アレクシ、今日の晩御飯何にしようか?」
「う~ん、僕おいもを蒸かしたのが食べたいな」
「ジャガバタ、いいね!」
「うおおーい!無視すんな!」
イモは食うけど、などと調子の良いことを言っている。こうしてリクハルド様が軽いノリで誘って来たときは必ず何か起こるのだ。
「ただの幼馴染みが視察に付いて行ったらまずくないですか?」
「いや、今回は視察だけど保養みたいなことでな」
「保養」
「何でもこの間温泉が湧いたとか」
「温泉!!」
沸かす必要のないたっぷりのお湯、冷めないお湯、体の芯から温まり美肌肩こり神経痛等に効く、元日本人なら夢のような温泉!
「行きます!」
「よしきた!」
ついノリノリになってしまった私はリュクセ王国最南端の町であるイスキーに約一週間掛けて出掛けることになったのだった。
***
「え」
何ということだ。今私は絶望しかない。
「温泉が…止まった?」
「はい…申し訳ありません…。原因を探しているのですがまだ見つからず」
聞けば三日前くらいから急に温泉が出なくなってしまったらしい。いったい何のために一週間も掛けてここまで来たのか。
「ううっ…」
「ティナ泣くな!」
「温泉がなくてもきっと他にも見るものあるよ」
そうは言っても私がどれだけ温泉を楽しみにしてたか知らないだろう!何なら今世一番心踊ったイベントだったのに!
「ほら、あそこの海沿いに見える山はリュクセ王国最南端のカモン岳だぞ」
「うん…」
「暖かい地域だからハイビスカスとか南国の花もたくさん咲いているみたいだよ」
「うん…」
「海がすぐそばなので漁も盛んです!食べ物はご期待に添えるかと!」
「…そうですか」
一緒に来た王子様二人も宿の主人も一生懸命慰めてくれるが何も耳に入ってこない。すると繋いでいた手をクイクイと引っ張られアレクシを見ると目をキラキラ輝かせていた。
「ティナ様~海って大きいんだね!僕初めて見る!」
「アレクシ…天使か…」
アレクシの無邪気さだけが唯一の救いだった。
**
この時代に鮮魚のお刺身を食べられるとは思っていなかった。そして魚介類のバーベキューも美味しかったしマンゴーなどのフルーツも美味しかった。景色も花も美しかった。だが何かが足りない。
「はぁ…源泉掛け流し…」
「ティナ、元気出して」
「うん…」
海辺の宿の庭に急遽作ってもらった足湯にスレヴィ様と浸かっていた。もちろんお湯は温泉ではなく沸かしてもらったお湯にミカンっぽいものが浮かんでいる。そしてお湯も徐々に水に近づいており暖まるどころか寒くなってきた。
庭から繋がっている浜辺では面倒見の良いリクハルド様とアレクシが走り回って遊んでいる。それをぼんやり見ているとスレヴィ様が何か思い出したように声をあげた。
「そうだ。来月あたりイヴァロンに行こうかと思うんだけど」
「あ、うーん…」
言葉を濁した私にスレヴィ様が首をかしげる。
「…来月はシルキア領に戻ろうと思ってます」
「…それは、ずっとってこと?」
「いえ…でも徐々に生活基盤を戻そうかと」
何となく沈黙してしまった。
リクハルド様とアレクシがはしゃいでいる声だけが聞こえてくる。何かを察したのかスレヴィ様は浜辺の方に視線を移した。
「…そっか」
スレヴィ様がずっと味方でいてくれていたこと、とても心強くて嬉しかった。だけど…どれだけ選択肢を増やして考えてみても彼の元には到達しない。
「ティナ、そんな顔しないで」
ベンチの上に置いていた手をそっと重ねられた。
「ティナが兄さんと一緒になっても僕はずっとティナの味方だから」
「っ…」
いつもいつもたくさんの事を飲み込ませて、それでも笑ってくれるスレヴィ様に応えることができなくて胸が苦しくなる。
「泣かないで。ティナはいつも笑ってて」
「…はい」
涙を拭い無理やり笑うとスレヴィ様がぽんと頭を撫でてくれる。こうしてる今も色々抑えてくれているのだろう。
するとそんなシリアスな空気に割り込むようにアレクシが息を切らして走ってきた。
「ティナ様、スレヴィ様!あっちスゴいよ!」
「うん?どうしたの?」
「砂の中が熱い」
「なぬ!?」
急いでガバッと立ち上がると庭から砂浜に降りる。アレクシに誘導され砂を掘った所に足を入れると確かに熱い。
「これは、す、砂っ」
「何だ?」
「砂むし風呂ーっ!!」
海辺の町イスキーはリュクセ王国の指宿だったのか!?
大きな発見に興奮していると宿の方から大きな声で呼ばれる。
「出、出ましたー!!」
「!?」
「温泉も復活です!」
思わずアレクシに抱きついて喜ぶ。
ただ――視界の端で見えたスレヴィ様の少しだけ寂しそうな笑顔に、胸を突かれた。
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