44 / 62
後日談(短編)
悪魔の花・後編
しおりを挟む山に入るとあっという間に時間は過ぎ、暗くなる前にテントを張って野営をすることになった。アレクシは歩き疲れてテントの中でぐっすりだ。焚き火を囲み父とここまでの地図と記録を確認した。
「結構色々見つかりましたね」
「そうだな。うまくいけば産業に繋がるものもあるかもしれない」
中でも栗の木がたくさん見つかったのが大きな収穫だった。皆で食べるのはもちろん、品が良ければ売り物としての価値もあるだろう。栗の木が群生している場所まではさほどキツい山道でもないし収穫の時期までに整備していけば人も入れるようになる。
「しかし悪魔の花というのはなかったな」
「そうですね…」
グレースさんが教えてくれた悪魔の花は見つからなかった。時期があるのかもしれないが今のところ何なのかわからない。悪魔の花のせいで人が近寄らないのだとしたらどんなに良いものが見つかったとしても意味がないだろう。何としても正体を突き止めたいところだ。
うーん、と唸っていると父がぽん、と頭を撫でてくれた。
「ティナ、一生懸命領地のことを考えてくれてありがとう」
「え、そんな…」
伯爵家の人間として当たり前の事だと言うと嬉しそうに頷いた。
「実はな…もうすぐティナが嫁に行くと考えたら寂しくなってな。何か一緒に仕事がしたいと思って来たんだよ」
「は……嫁っ!?」
そんな話聞いてない!ゆっくりで良いってスレヴィ様がついこの間言ってなかった!?
「結婚なんてまだ何も決まってません!」
「え?…いや、しかしこの間メリヤが王妃様に呼ばれて」
「お母様が王妃様に!?」
『クリスティナさんはどんなデザインが好みかしら?』
『は、はぁ…』
『わたくし今時はウェディングドレスだからと言って白にこだわらなくても良いと思いますの。ああ、でもどちらに転んでも良いようにリクハルドが相手の場合とスレヴィが相手の場合、二種類作らなくてはダメね!あ、場合によっては両方着るかもしれないわね!』
『……』
「王妃様がクリスティナのウェディングドレスの準備を始めたと…」
「何ですと!?」
しかも二種類、両方って何だ。そんな非常識な話があってたまるか!徐々に外堀を埋めようとしてくる王妃様に恐怖を感じる。
「と、とにかくまだそんな話は1ミリも出ていませんから!」
「そうなのか?いや、でも…もうそんなに遠い話ではないだろう」
しみじみと父親が言う。それは…まぁそうかもしれない。ずっと嫁に行かないというなら別だがそういうわけにはいかないだろう。時間の流れの早さを痛切に感じる。
「ティナ、六才の頃のお茶会を覚えているかい?」
「え!?」
それはあの地獄のお茶会では!?覚えてるもなにもあれは人生で忘れたいけど忘れられないことNo.1だ!
「あの時は伯爵令嬢として何たる振る舞いかと散々諭してしまったが…」
「はい…申し訳ありませんでした」
思わず謝ると違う違うと父親が笑う。
「シルキア家は代々出世に煩い家でね。父も祖父もそれはそれは厳しい方だったよ。議会での地位をもっと上げろと会う度に口煩く言われていたんだ」
「そうなのですか…」
祖父にはあまり会ったことはなかったが確かに厳格で近寄りがたい雰囲気はあった。
「でも私は領地のことで精一杯だったし出世欲なんてさほどなかったからやきもきさせただろうね。そして今でも平議員だ」
そう言って父は笑い飛ばすが当時は相当な葛藤があったに違いない。
「ティナ。私はお前にとても勇気づけられた」
「え…」
あのお茶会の後に王家からの使者が来てとても感謝されたらしい。それは幼いスレヴィ様に言った言葉が発端だ。
「“好きなら堂々と。自分に誇りを持ってください。それがあなたらしさだと思います”…スレヴィ殿下にそう言ったんだろう?」
「…はい。よく覚えていますね」
一言一句間違えずに覚えている父親に驚いた。言った本人もはっきりとは覚えていない。
「スレヴィ殿下だけじゃなく私も心を打たれたよ。それ以来議会での地位よりも領地に専念したいと切り替えることができたんだ。父に何と言われようとね」
父が当時を懐かしむように目を伏せた。ソフィア様の時もそうだが自分の発言が誰かに影響を与えるとは考えてもみなかった。
「ティナ、これから先誰が何と言おうとお前は私の自慢の娘だよ」
「っ…」
「それだけは伝えたかったんだ」
王家に嫁いだら一筋縄ではいかないことばかりだろう。これは父からのエールだ。
「も、もう…まるで結婚前夜ではないですか。まだまだお嫁には行きませんよ」
「はは。そうか」
思わず感傷的になってしまって滲んだ涙を拭う。思いがけない場面で父の大きな愛情を知り胸がいっぱいになったのだった。
**
「この辺りで引き返した方が良いな」
「結局悪魔の花は見つかりませんでしたね…」
探索二日目、もう少し奥まで進んでみたがそれらしいものは見つからなかった。村の人がこれ以上奥に行っていたとも思えないのでこのあたりが潮時だろう。
「また季節が変わった頃に来てみたらいい」
「そうですね」
とりあえず栗の木は見つけたしそれを活かしていくことを考えようと心を切り替える。すると手を繋いでいたアレクシの手が突然パッと離れた。
「今あっちで何か音が聞こえたよ!あ、あそこ!」
「え、あ!アレクシ!?」
何かを見つけたらしいアレクシが木の隙間をくぐり抜けて走っていった。迷子にでもなったら、と慌てて追いかけると先に行ってたアレクシの驚いた声が聞こえた。
「アレクシ、大丈、夫…」
一瞬息をするのも忘れた。
「あ…わぁ…」
「これは…」
生い茂る木を掻き分けて入った先は――見事な椿の森だった。咲いてる花は然ることながら落ちた椿はまるで赤い絨毯のように美しい。
「お父様!これはすごい発見です!」
「うん…」
「アレクシ!あなたが見つけたのよ!」
椿は花ごとポトリと落ちる。その様子が首が落ちるのに似ている事から縁起が悪いと忌み嫌われる事もある。グレースさんのおじいさんは椿の花がポトリと落ちるのを見たか、地面を埋め尽くす赤に不安になったのだろう。そう、これこそが“悪魔の花”の正体だ。
「お父様!やりましたね!」
「ああ」
本当に眩しいものを見るように向けられた父の眼差し。私はその顔を一生忘れないと思う。
***
椿を見つけたことをヘレナ様に報告するとそこから先はあっという間だった。
先ずは手間暇かかるが手作業でツバキ油を作る。量産はできないから貴重な物として売り出し、利益が出てから徐々に道具を揃え量産していく事にした。そしてそれを売る相手に悩んだが、
『あなたの立場を有効利用しなくてどうするの?商売は人脈よ!』
と言ってバチーンとウインクをしたヘレナ様になるほど~と思い、試しにスレヴィ様に託して王妃様に渡してもらった。
他人のウェディングドレスを作ろうとするほど暇だった王妃様は最近ツバキ油の良さを伝える伝道師として大活躍している。インフルエンサー王妃様のおかげで貴族からの注文が相次ぎ今は数ヵ月待ちの人気商品となっていた。
(本当に、本当に良かった!)
活気が出てきたイヴァロンの人たちの笑顔を見てそう思う。父が領地に専念したいのは領地に住むすべての人に笑顔で過ごして欲しいからだと身をもって感じ、父を誇りに思った。
「ティナ様、ツバキのお花綺麗だったね。また見に行こうね」
「うん、そうだね!」
イヴァロンは後に“ツバキの隠れ里”という有名な観光地となるのだがそれはまだ未来のこと。
――そして私がシルキア伯爵邸に戻る日はすぐそこまで近づいていたのだった。
【end】
19
あなたにおすすめの小説
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
竜槍陛下は魔眼令嬢を溺愛して離さない
屋月 トム伽
恋愛
アルドウィン国の『魔眼』という遺物持ちの家系のミュリエル・バロウは、同じ遺物持ちの家系である王太子殿下ルイス様と密かに恋人だった。でも、遺物持ち同士は結ばれない。
そんなある日、二人の関係が周りにバレて別れることになったミュリエル。『魔眼』を宿して産まれたミュリエルは、家族から疎まれて虐げられていた。それが、ルイス様との恋人関係がバレてさらに酷くなっていた。
そして、隣国グリューネワルト王国の王太子殿下ゲオルグ様の後宮に身を隠すようにルイス様に提案された。
事情をしったゲオルグ様は、誰もいない後宮にミュリエルを受け入れてくれるが、彼はすぐに戦へと行ってしまう。
後宮では、何不自由なく、誰にも虐げられない生活をミュリエルは初めて味わった。
それから二年後。
ゲオルグ様が陛下となり、戦から帰還してくれば、彼は一番にミュリエルの元へと来て「君を好きになる」とわけのわからないことを言い始めた竜槍陛下。
そして、別れようと黒いウェディングドレスで決別の合図をすれば、竜槍陛下の溺愛が始まり…!?
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした
冬野月子
恋愛
自分によく似た攻略対象がいるからと、親友に勧められて始めた乙女ゲームの世界に転移してしまった雫。
けれど実は、自分はそのゲームの世界の住人で攻略対象の妹「ロゼ」だったことを思い出した。
その世界でロゼは他の攻略対象、そしてヒロインと出会うが、そのヒロインは……。
※小説家になろうにも投稿しています
婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~
甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。
その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。
そんな折、気がついた。
「悪役令嬢になればいいじゃない?」
悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。
貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。
よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。
これで万事解決。
……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの?
※全12話で完結です。
【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜
まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。
【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。
三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。
目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。
私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。
ムーンライトノベルズにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる