【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん

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後日談(短編)

悪魔の花・後編

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 山に入るとあっという間に時間は過ぎ、暗くなる前にテントを張って野営をすることになった。アレクシは歩き疲れてテントの中でぐっすりだ。焚き火を囲み父とここまでの地図と記録を確認した。

「結構色々見つかりましたね」
「そうだな。うまくいけば産業に繋がるものもあるかもしれない」

中でも栗の木がたくさん見つかったのが大きな収穫だった。皆で食べるのはもちろん、品が良ければ売り物としての価値もあるだろう。栗の木が群生している場所まではさほどキツい山道でもないし収穫の時期までに整備していけば人も入れるようになる。

「しかし悪魔の花というのはなかったな」
「そうですね…」

グレースさんが教えてくれた悪魔の花は見つからなかった。時期があるのかもしれないが今のところ何なのかわからない。悪魔の花のせいで人が近寄らないのだとしたらどんなに良いものが見つかったとしても意味がないだろう。何としても正体を突き止めたいところだ。
うーん、と唸っていると父がぽん、と頭を撫でてくれた。

「ティナ、一生懸命領地のことを考えてくれてありがとう」
「え、そんな…」

伯爵家の人間として当たり前の事だと言うと嬉しそうに頷いた。

「実はな…もうすぐティナが嫁に行くと考えたら寂しくなってな。何か一緒に仕事がしたいと思って来たんだよ」
「は……嫁っ!?」

そんな話聞いてない!ゆっくりで良いってスレヴィ様がついこの間言ってなかった!?

「結婚なんてまだ何も決まってません!」
「え?…いや、しかしこの間メリヤが王妃様に呼ばれて」
「お母様が王妃様に!?」


『クリスティナさんはどんなデザインが好みかしら?』
『は、はぁ…』
『わたくし今時はウェディングドレスだからと言って白にこだわらなくても良いと思いますの。ああ、でもどちらに転んでも良いようにリクハルドが相手の場合とスレヴィが相手の場合、二種類作らなくてはダメね!あ、場合によっては両方着るかもしれないわね!』
『……』


「王妃様がクリスティナのウェディングドレスの準備を始めたと…」
「何ですと!?」

しかも二種類、両方って何だ。そんな非常識な話があってたまるか!徐々に外堀を埋めようとしてくる王妃様に恐怖を感じる。

「と、とにかくまだそんな話は1ミリも出ていませんから!」
「そうなのか?いや、でも…もうそんなに遠い話ではないだろう」

しみじみと父親が言う。それは…まぁそうかもしれない。ずっと嫁に行かないというなら別だがそういうわけにはいかないだろう。時間の流れの早さを痛切に感じる。

「ティナ、六才の頃のお茶会を覚えているかい?」
「え!?」

それはあの地獄のお茶会では!?覚えてるもなにもあれは人生で忘れたいけど忘れられないことNo.1だ!

「あの時は伯爵令嬢として何たる振る舞いかと散々諭してしまったが…」
「はい…申し訳ありませんでした」

思わず謝ると違う違うと父親が笑う。

「シルキア家は代々出世に煩い家でね。父も祖父もそれはそれは厳しい方だったよ。議会での地位をもっと上げろと会う度に口煩く言われていたんだ」
「そうなのですか…」

祖父にはあまり会ったことはなかったが確かに厳格で近寄りがたい雰囲気はあった。

「でも私は領地のことで精一杯だったし出世欲なんてさほどなかったからやきもきさせただろうね。そして今でも平議員だ」

そう言って父は笑い飛ばすが当時は相当な葛藤があったに違いない。

「ティナ。私はお前にとても勇気づけられた」
「え…」

あのお茶会の後に王家からの使者が来てとても感謝されたらしい。それは幼いスレヴィ様に言った言葉が発端だ。

「“好きなら堂々と。自分に誇りを持ってください。それがあなたらしさだと思います”…スレヴィ殿下にそう言ったんだろう?」
「…はい。よく覚えていますね」

一言一句間違えずに覚えている父親に驚いた。言った本人もはっきりとは覚えていない。

「スレヴィ殿下だけじゃなく私も心を打たれたよ。それ以来議会での地位よりも領地に専念したいと切り替えることができたんだ。父に何と言われようとね」

父が当時を懐かしむように目を伏せた。ソフィア様の時もそうだが自分の発言が誰かに影響を与えるとは考えてもみなかった。

「ティナ、これから先誰が何と言おうとお前は私の自慢の娘だよ」
「っ…」
「それだけは伝えたかったんだ」

王家に嫁いだら一筋縄ではいかないことばかりだろう。これは父からのエールだ。

「も、もう…まるで結婚前夜ではないですか。まだまだお嫁には行きませんよ」
「はは。そうか」

思わず感傷的になってしまって滲んだ涙を拭う。思いがけない場面で父の大きな愛情を知り胸がいっぱいになったのだった。

**

「この辺りで引き返した方が良いな」
「結局悪魔の花は見つかりませんでしたね…」

探索二日目、もう少し奥まで進んでみたがそれらしいものは見つからなかった。村の人がこれ以上奥に行っていたとも思えないのでこのあたりが潮時だろう。

「また季節が変わった頃に来てみたらいい」
「そうですね」

とりあえず栗の木は見つけたしそれを活かしていくことを考えようと心を切り替える。すると手を繋いでいたアレクシの手が突然パッと離れた。

「今あっちで何か音が聞こえたよ!あ、あそこ!」
「え、あ!アレクシ!?」

何かを見つけたらしいアレクシが木の隙間をくぐり抜けて走っていった。迷子にでもなったら、と慌てて追いかけると先に行ってたアレクシの驚いた声が聞こえた。

「アレクシ、大丈、夫…」

一瞬息をするのも忘れた。

「あ…わぁ…」
「これは…」

生い茂る木を掻き分けて入った先は――見事な椿の森だった。咲いてる花は然ることながら落ちた椿はまるで赤い絨毯のように美しい。

「お父様!これはすごい発見です!」
「うん…」
「アレクシ!あなたが見つけたのよ!」

椿は花ごとポトリと落ちる。その様子が首が落ちるのに似ている事から縁起が悪いと忌み嫌われる事もある。グレースさんのおじいさんは椿の花がポトリと落ちるのを見たか、地面を埋め尽くす赤に不安になったのだろう。そう、これこそが“悪魔の花”の正体だ。

「お父様!やりましたね!」
「ああ」

本当に眩しいものを見るように向けられた父の眼差し。私はその顔を一生忘れないと思う。

***


 椿を見つけたことをヘレナ様に報告するとそこから先はあっという間だった。
先ずは手間暇かかるが手作業でツバキ油を作る。量産はできないから貴重な物として売り出し、利益が出てから徐々に道具を揃え量産していく事にした。そしてそれを売る相手に悩んだが、

『あなたの立場を有効利用しなくてどうするの?商売は人脈よ!』

と言ってバチーンとウインクをしたヘレナ様になるほど~と思い、試しにスレヴィ様に託して王妃様に渡してもらった。
他人のウェディングドレスを作ろうとするほど暇だった王妃様は最近ツバキ油の良さを伝える伝道師として大活躍している。インフルエンサー王妃様のおかげで貴族からの注文が相次ぎ今は数ヵ月待ちの人気商品となっていた。

(本当に、本当に良かった!)

活気が出てきたイヴァロンの人たちの笑顔を見てそう思う。父が領地に専念したいのは領地に住むすべての人に笑顔で過ごして欲しいからだと身をもって感じ、父を誇りに思った。

「ティナ様、ツバキのお花綺麗だったね。また見に行こうね」
「うん、そうだね!」

イヴァロンは後に“ツバキの隠れ里”という有名な観光地となるのだがそれはまだ未来のこと。

――そして私がシルキア伯爵邸に戻る日はすぐそこまで近づいていたのだった。


【end】
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