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第七話
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いつもよりも大分遅れた朝食を済ませ、ヴォルフはベルンハルトについて執務室に向かっていた。
執務は午後からでも良いと伝えはしたのだが、午後からはマリアに屋敷の案内をすると約束しているらしく、午前中に全ての執務を終えるのだとベルンハルトはかなり気合いを入れている。
領主が仕事に熱心なのは良い事だ。
結婚式前後は結婚式関係のイレギュラーな仕事も増えるし、ベルガー子爵領では祝い事には喧嘩と酔っ払いが付きものなのでその事前対応もある。
日々の些細なルーチンワークなどさっさと終えられるならそれに越したことはない。
それにベルンハルトの仕事が早く終わるということは、ヴォルフの仕事が早く終わるということである。この歳になると自由時間というのは何よりも尊いものである。
うんうんとヴォルフは頷き、そしてふと先ほど見たある光景を思い出して真面目な顔になった。
「ベルンハルト、一つ聞いていいか」
「何だ」
「お前、何でラカン男爵令嬢のこと抱き上げてんの」
脳裏にあるのは今朝見かけた二人の様子である。
それについて問えば、ベルンハルトは何故そんな当たり前のことを聞くのかとでも言いたそうな顔で、僅かに首を傾げて答えた。
「俺と彼女では身長差があり過ぎる。普通に話すのでは、上ばかり見ることになる男爵令嬢が首を痛めてしまうだろう」
「そりゃそうだろうけど」
「それに、俺の一歩は彼女の五歩に相当する。あのようにか弱そうな娘にそんなに歩かせるのは忍びない」
俺が令嬢を抱えて歩けば歩幅の心配は不要であるとドヤ顔で言われ、ヴォルフは一瞬遠い目をして、怖いもの知らずの最恐子爵として王国に悪名高いこいつも、そんな浮かれポンチ丸出しのアホなこと考えるんだなぁと思ったが、乳兄弟として側近として、言うべきことは言わねばならない。
気を引き締め直して、ヴォルフは共に生まれ育った乳兄弟へ視線を合わせた。
「気持ちはわかるが、お前らまだ婚前だぜ? まだ婚・約・関・係なの。おわかり?」
そんなひっついてて大丈夫な訳?
ヴォルフのその一言を聞いたベルンハルトはまるで雷にでも打たれたような顔になった。
そして、すぐに眉尻を下げてしょんぼりとヴォルフに言う。
「それは、その、……ダメなのか?」
「いや、それは俺も知らないけど。でも相手は王都のお嬢様だろ。ご令嬢ならマナーとかその辺厳しいんじゃないか?」
ベルガー子爵領は力こそパワーをモットーとする少々特殊な領であり、この領内の貴族はベルガー子爵家のみである。
そのため、彼らは真っ当な貴族令嬢というのがどんなものであるかをよく知らなかった。
子爵自身、貴族であるにもかかわらず社交活動に興味が薄く、しかも彼が知っている令嬢といえば泣いているか失神しているかであったので、貴族令嬢のマナーなど知る由もなく、むしろそれ以前の問題だった。
二人は屋敷の廊下で顔を突き合わせて貴族令嬢への正しい接し方とは何かと考えてみたが、二人ともそもそも正しい貴族令嬢というものを知らなさ過ぎて結局結論は出なかった。もとい出る訳がなかった。
「ベルガー領の跳ねっ返りどもとは違うってのはわかるんだけどさ」
総じて気が強い事に定評のあるベルガー領の女性達を引き合いに出して、ヴォルフは冗談混じりにそんな事を言ってみたが、ベルンハルトは話を聞いているのかいないのか、窓から見える中庭にジッと視線を注ぎながらぽつりと言った。
「……あのような距離で他領の人間と話せたのは初めてだったんだ」
ベルンハルトの視線の先にあるのは昨日マリアと散策した中庭だった。
ベルガー子爵である自分をベルンハルトは誇りに思っている。
父の跡を継いで己が頭領となった時から覚悟はしていたし、この領の民を守り、傭兵として助けを求める人々に応えることに何の否やも存在しない。
だが、同時にベルンハルトはずっと孤独だった。
ただ人目に触れただけで泣かれ、拒絶され、失神までされるのだ。
幸いなことに領民達に愛されて育ったベルンハルトは性根がひねくれるようなことはなかった。
けれども不意に彼を襲う孤独感をすべて拭い去ることは難しい。
そのように生きてきたベルンハルトがマリアを抱き上げた瞬間、彼女は一瞬だけ恐怖を感じた表情を浮かべたが、すぐにベルンハルトにしがみついて視界が高くてビックリしたと笑った。
間近にマリアの笑顔を見たベルンハルトは、その瞬間、何故だかとても救われた気持ちになったのだ。
胸の中心の辺りが温かくなって、同時にきゅうと引き絞られるような甘い疼痛にベルンハルトは酔っていたのかもしれない。
「だが、確かに少し浮かれ過ぎていたな。侍女殿に御指南頂くとしよう」
そう言って苦笑したベルンハルトに、彼の孤独を知っているヴォルフは何とも言えない表情になり、ただ一言だけ「そうだな」と答えた。
そして、できればローザからもたらされる答えが、ベルンハルトにとって優しいものであれば良いなと、心から思った。
執務は午後からでも良いと伝えはしたのだが、午後からはマリアに屋敷の案内をすると約束しているらしく、午前中に全ての執務を終えるのだとベルンハルトはかなり気合いを入れている。
領主が仕事に熱心なのは良い事だ。
結婚式前後は結婚式関係のイレギュラーな仕事も増えるし、ベルガー子爵領では祝い事には喧嘩と酔っ払いが付きものなのでその事前対応もある。
日々の些細なルーチンワークなどさっさと終えられるならそれに越したことはない。
それにベルンハルトの仕事が早く終わるということは、ヴォルフの仕事が早く終わるということである。この歳になると自由時間というのは何よりも尊いものである。
うんうんとヴォルフは頷き、そしてふと先ほど見たある光景を思い出して真面目な顔になった。
「ベルンハルト、一つ聞いていいか」
「何だ」
「お前、何でラカン男爵令嬢のこと抱き上げてんの」
脳裏にあるのは今朝見かけた二人の様子である。
それについて問えば、ベルンハルトは何故そんな当たり前のことを聞くのかとでも言いたそうな顔で、僅かに首を傾げて答えた。
「俺と彼女では身長差があり過ぎる。普通に話すのでは、上ばかり見ることになる男爵令嬢が首を痛めてしまうだろう」
「そりゃそうだろうけど」
「それに、俺の一歩は彼女の五歩に相当する。あのようにか弱そうな娘にそんなに歩かせるのは忍びない」
俺が令嬢を抱えて歩けば歩幅の心配は不要であるとドヤ顔で言われ、ヴォルフは一瞬遠い目をして、怖いもの知らずの最恐子爵として王国に悪名高いこいつも、そんな浮かれポンチ丸出しのアホなこと考えるんだなぁと思ったが、乳兄弟として側近として、言うべきことは言わねばならない。
気を引き締め直して、ヴォルフは共に生まれ育った乳兄弟へ視線を合わせた。
「気持ちはわかるが、お前らまだ婚前だぜ? まだ婚・約・関・係なの。おわかり?」
そんなひっついてて大丈夫な訳?
ヴォルフのその一言を聞いたベルンハルトはまるで雷にでも打たれたような顔になった。
そして、すぐに眉尻を下げてしょんぼりとヴォルフに言う。
「それは、その、……ダメなのか?」
「いや、それは俺も知らないけど。でも相手は王都のお嬢様だろ。ご令嬢ならマナーとかその辺厳しいんじゃないか?」
ベルガー子爵領は力こそパワーをモットーとする少々特殊な領であり、この領内の貴族はベルガー子爵家のみである。
そのため、彼らは真っ当な貴族令嬢というのがどんなものであるかをよく知らなかった。
子爵自身、貴族であるにもかかわらず社交活動に興味が薄く、しかも彼が知っている令嬢といえば泣いているか失神しているかであったので、貴族令嬢のマナーなど知る由もなく、むしろそれ以前の問題だった。
二人は屋敷の廊下で顔を突き合わせて貴族令嬢への正しい接し方とは何かと考えてみたが、二人ともそもそも正しい貴族令嬢というものを知らなさ過ぎて結局結論は出なかった。もとい出る訳がなかった。
「ベルガー領の跳ねっ返りどもとは違うってのはわかるんだけどさ」
総じて気が強い事に定評のあるベルガー領の女性達を引き合いに出して、ヴォルフは冗談混じりにそんな事を言ってみたが、ベルンハルトは話を聞いているのかいないのか、窓から見える中庭にジッと視線を注ぎながらぽつりと言った。
「……あのような距離で他領の人間と話せたのは初めてだったんだ」
ベルンハルトの視線の先にあるのは昨日マリアと散策した中庭だった。
ベルガー子爵である自分をベルンハルトは誇りに思っている。
父の跡を継いで己が頭領となった時から覚悟はしていたし、この領の民を守り、傭兵として助けを求める人々に応えることに何の否やも存在しない。
だが、同時にベルンハルトはずっと孤独だった。
ただ人目に触れただけで泣かれ、拒絶され、失神までされるのだ。
幸いなことに領民達に愛されて育ったベルンハルトは性根がひねくれるようなことはなかった。
けれども不意に彼を襲う孤独感をすべて拭い去ることは難しい。
そのように生きてきたベルンハルトがマリアを抱き上げた瞬間、彼女は一瞬だけ恐怖を感じた表情を浮かべたが、すぐにベルンハルトにしがみついて視界が高くてビックリしたと笑った。
間近にマリアの笑顔を見たベルンハルトは、その瞬間、何故だかとても救われた気持ちになったのだ。
胸の中心の辺りが温かくなって、同時にきゅうと引き絞られるような甘い疼痛にベルンハルトは酔っていたのかもしれない。
「だが、確かに少し浮かれ過ぎていたな。侍女殿に御指南頂くとしよう」
そう言って苦笑したベルンハルトに、彼の孤独を知っているヴォルフは何とも言えない表情になり、ただ一言だけ「そうだな」と答えた。
そして、できればローザからもたらされる答えが、ベルンハルトにとって優しいものであれば良いなと、心から思った。
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