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前編 ごく平凡な令息
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僕はモートン子爵家のケビン。どこにでもいそうな貴族の令息だ。でも最近婚約者に嫌われているみたいだった。今日も婚約者に会いに来たけれど門前払いをされてしまった。
「アメリア様は急なご用事で……。申し訳ありません」
そうして、カーティス侯爵家の執事が深々と頭を下げた。
僕は子爵家の三男と言う立ち位置で侯爵家の婿入りを望まれて長女のアメリアと婚約している。
両家の母親同士が仲良く、その縁で子爵家の三男である僕でも侯爵家に婿入りが可能になった。
どうやら侯爵家の夫人は王妃様とも懇意だったみたいで結構な身分差だけど、王家の許可も問題なくおりて、公爵家の逆玉を狙っていた者たちはそれを聞いて地団駄を踏んだみたいだ。
決まった時は身内である兄達からもさんざん嫌味を言われた。
そりゃそうだな。自分達よりはるかに上の階級に弟がなるから態度だっていろいろと敬わなくてはならなくなる。
「絶対、公の場以外は敬語なんて使わないからな!」
びしっと次兄に指差しまでされて言われた。
流石に長兄は大人だから静かに微笑みを浮かべていただけだったけど圧が凄かった。
とか言いつつ僕の家は貴族の割にはそれなりに家族の仲は良いほうだと思う。
まあ、名門とはいえ子爵家だしね。高位貴族ほど堅苦しくはない。
それが五年ほど前、ちょうど僕が十三歳で彼女が十一歳だった。
初顔合わせの時はとても緊張した。
彼女は大人しい物静かな女の子で、ちょっと珍しい銀髪と薄いブルーの瞳の侯爵夫人によく似た美少女だった。
大人になったら母親似のクールビューティになるなぁと内心思った。
それにまだ小さいのに完璧な作法で挨拶をしてくれて、流石、高位貴族令嬢だなんて感動したものだけど自分もそれに似合うようにしなくてはいけないのではと冷や汗が流れた。
だけど、最近、婚約者と会えない。
約束していても家にまで行っても。
こうして執事が頭を下げて急に予定が入ったとかいろいろ理由を付けてキャンセルされる。
「それじゃあ。仕方ない」
そう言って僕が家に戻ろうとすると、代わりのようにアメリアの義妹のミーアがやって来て、やたら親しく話しかけてきてベタベタと僕の体に触ってくる。
義妹は二年前に侯爵夫人が流行り病で亡くなったため、喪も明けぬまま、再婚して、相手の連れ子らしいのだが、どうやら不義の子でアメリアとは異母妹に当たるらしいとも噂で聞いている。
アメリアははっきり言わなかったが察しているようだった。
侯爵夫人は元々病弱な方だったらしく、娘の行く末を心配して婚約者を探していたようだが、中々決まらず、身分差はあるもののうちの母親への信頼で婚約が決まったという流れだった。
その義妹がこちらに来ようとしているにぎやかな気配を感じる。
正直、どうにかして欲しい。
僕は彼女からすれば義姉の婚約者でいずれは義兄になる予定だ。
彼女の行動は淑女のすることじゃないと感じるけど僕から諫めるのもどうかと。
それとも彼女はまだ自分が子どもだとでも思っているのだろうか?
そろそろ社交界にデビューしようかという年になるのにそういう訳にはいかないだろう。
社交界に出るということは貴族社会ではもう大人だと扱われちゃうよ。
「彼女と話したかったのだが…」
「申し訳ありません」
執事は再び頭を下げた。それ以上はどうしようもない。
いろいろと問題があるので彼女と話し合おうとしても会えないのだから。
執事は私を申し訳なさそうに視線を送りつつ、どうやら義妹が来るまで引き止めて時間を稼ごうとしているようだった。
彼はアメリアの母親が生きていた頃から仕えていたはずなのだがまるで義妹の方を大切にしているように最近は感じる。
今日こそは会えるかと期待して来たけどこれじゃあとがっくりしつつ僕は部屋の外に出るとミーアが小走りで近寄って来た。
「まああ! ケビンお兄様じゃありませんか! お会いしたかったですわ!」
僕を見かけると強引に腕を組もうとしてきた。
それを必死で躱して、適切な距離を取ろうとした。
「ごほん。君は義兄妹になる予定としてもこんな風に男性と親しくすることは、淑女としていかがなものかと思うよ」
僕の腕を取ることができなかったせいかミーアは唇を付き出し不満をあらわにした。
それが可愛いと思ってやっているのだろうな。僕はあまりそう思わないけど。それにそんなことする貴族令嬢はいない。
それを新鮮に思える方もいるかもしれない。とか思っていると隙を突かれて腕を組まれてしまった。
「ちょっとくらい、いいじゃない。だって、お姉様はお忙しいみたいだし、ね? 私を街に連れて行って!」
にこりと笑うと愛嬌があって我儘もそれなりに聞いてやってもいい範囲だ。僕は遠慮したいけどね。
「そう、アメリア嬢はどうしている?」
「アメリアお姉様のことは知らないわ。私は庶子だからと近寄らせてもらえないもの」
彼女は悲しそうな表情をして手を離した。
「そうなのか? 彼女が君を?」
ミーアはしょぼんとして、更に分かりやすく涙を浮かべていた。
彼女の妹だけど正直言ってあまり関わりたくないなぁ。
家で会えないなら、学園でも行ってみようかな。
彼女は貴族の子女が通う学園に行っているはずだ。王国の貴族の子女は一年ほど学園で学ぶことになっている。
残念なことに僕とは二つ年が離れているので一緒にはならなかった。
僕はさっそく、翌日の午後から貴族学園を訪問した。
学園には自分も通っていたので施設は分かるので、身分を明かして入口の待合所まで通してもらった。
通っていた頃を思い出してつい懐かしくていろいろと眺めてしまう。
我が国の貴族の子弟は社交界に出る前に一年ほどこの学校に通う必要があるのだが、内容としてはこの国の貴族社会のことを学ぶためのマナーを中心としつつ本格的な社交の前準備の期間とされている。
基礎教養を学ぶ機会として男子は幼年学校や女子は家庭教師で学ぶのが主流となっている。
僕が学園に入学する前、今から二年前の僕が十六歳の時に婚約のお披露目もしたので、学園に入ってからちくちくと遠回しに嫌味をいう奴らもいたことまでしみじみ思い出した。
アメリアも学園には三カ月ほど通ったはずなのでそろそろ慣れた頃だろう。
一応婚約者として、彼女に入学祝いとしてドレスなど送ったけれどお礼の手紙もなかったな。
几帳面な彼女らしくないことだった。
それに本格的に結婚式の準備もかからないといけない。卒園したら式を挙げる予定になっている。
まあ、うちの両親は侯爵家ということで向こうに丸投げ状態に思っている節があるけれど。
僕は受付を済ますと待合室へ通された。ここは学園に通う子女の馬車の待合場所も兼ねており、それぞれの家の迎えの馬車の御者や、従者なども控えていた。
僕は開いている席に座ると隣に座っていたお仕着せを着た若者から声を掛けられた。
「君は見かけない顔だね。一体どこの従者だい?」
彼の服に縫われた紋章から恐らく伯爵家の者だろうと思われた。
「ええと僕は従者ではなく、婚約者を迎えに来ただけだ」
すると予想外の返事だったのか、顔色を変えて態度を改めた。
「これは失礼いたしました」
どちらのという興味がありそうな雰囲気だったので僕は素直に付け加えた。
「カーティス侯爵家だ」
その名前で彼はぎょっとした顔になったが、直ぐに素知らぬ感じに戻った。
しかし、周囲の雰囲気はざわついたものとなった。
またか、僕はここでも逆玉男と羨ましがられるのかと少々うんざりした気持ちになった。
だが、後から思い返すとどうやらそうではなかったらしい。
暫くすると授業が終わったらしく、貴族の子弟が待合室に自分の家の御者や付き添いの使用人を探しにやって来た。
だが、カーティス家の馬車に来たのはアメリアではなかった。
「君は……」
「まあ、ケビンお兄……様」
男子を数人引き連れて侯爵家の馬車まで来たのは彼女の義妹のミーアだったのだ。
彼女は僕を見つけると駆け寄って来た。おもむろに僕の腕を取り、耳元で囁いた。
「ケビン様。どうしてこちらに? お姉様なら今日はお休みですわ」
「何だって? 休みか……。なら仕方ない。だけど君は……」
僕の言葉を遮るようにミーアは僕の腕に絡みついて、大声を出した。
「私を心配して迎えに来てくれたのね! 嬉しいわ!」
そして彼女は付いて来ていた男子達に振り返って微笑んだ。
「そういうことだから。今日はここでね」
すると口々に仕方ないな。とか羨ましいとか僕にちらちら視線を投げかけながら口々に言っていた。
いや、アメリアじゃないなら一緒に帰るつもりはないよ。
それにミーアに付き添ってきた男子の中にはとても高位な方の姿を見えたけど、王宮でいらっしゃるレベルの方の……。気のせいだよね。
とりあえず、将来の義妹になる予定だからあまり邪険にもできず、僕は自分の乗って来た馬車にカーティス家に行くよう伝えるとミーアの馬車に一緒に乗り込んだ。
馬車の窓から見える景色を眺めながら、ミーアのいつもの話を聞き流す。席は何故か隣に座ってこようとするミーアから距離をとり、向かい側に座ることができた。
流石にねぇ。婚約者の妹だから隣というのもいいのだけど、彼女は……、まあ、いかがなものかと。
「それに説明してくれるかな。君はまだ学園に入学する年齢ではなかったはずだ」
僕がそう言うとミーアはぺろりと舌をだした。
「だってぇ。家でいるのは退屈だもの。それにお姉様はあまり学園も通っていないの。お体の具合が悪いのですって、でも要はつまらないから怠けているのよ。だから私が代わりに出てあげているの」
にこりとしながらミーアが話していた。
「いや、彼女はそんな……」
子じゃないといいつつ、最近会えていない。だからどうだったか自信がなくなったのもある。ろくろく会えないのだ。
もしかしたら、何か重篤な病とかで本当に体の具合が悪いのかもしれない。
「お姉様はお体も弱いし跡継ぎなんて無理だと思うわ」
ため息をつきながらミーアは愚痴をこぼした。
「……」
僕は黙って窓から外の景色を眺めていた。
ほどなくして侯爵家に着いたので先に降りて彼女の手を取ってエスコートする。
それは紳士として仕方なくなのだが、ミーアは体をこれでもかと密着させてきた。
「ケビンお兄様。大好き!」
ミーアの言葉に思わずははと乾いた笑いをするしかなかった。
誰かに見られていたとは気がつかず。
館に入ると僕は執事にアメリアへの面会をお願いした。
執事は渋い顔をして会えないとしか言わなかった。
「それにミーアが学園だなんて、おかしいじゃないか」
「それは……」
これには流石に執事が言葉を詰まらせた。
そもそも、どうやってミーアが学園に入学できたのだ。そういうことだ。
「あら、モートン子爵家の……。どうなさったのかしら?」
アメリアの継母がそこへ通りかかった。
「奥様。この方がアメリア様にお会いしたいと」
「まあ、そうなの。ごめんなさいねぇ。あの子はここのところ具合がよくないみたいで、やはり母親に似て体が弱いようね」
「そんな……」
悲しそうな様子でため息をつく継母に僕は驚いて何も言えなくなってしまった。
「でもね。アメリアが元気になるまでうちのミーアが学園に通っているのよ」
嬉々として報告する継母に僕は言葉を失う。
「それは……」
「学園には主人からお願いしましたのよ。だって将来の侯爵夫人が学園を出ていないなんてねぇ。困りますでしょ」
そういう継母は元男爵令嬢だとお聞きしている。
「そんなに彼女は弱っているのならぜひ会いたいのですが」
すると僕の言葉に夫人は驚いた表情を浮かべたあと悲し気な表情をして続けた。
「そうね。でも病気でやせ細った姿をあなたに見せたくないって言っているからねぇ」
「そうですか……。でも。婚約していますし、来年の式のことも話し合いたいので、一目でも」
僕がそう言うと夫人は更に大きなため息をついてみせた。
「……そういうことなら、少しお待ちになって」
夫人はそう言うと執事に何かを指示をして僕は応接室へと通されて暫く待つようにと言われた。
彼女が休んでいる部屋に通された。今までの彼女の部屋ではなく客間だった。僕も婚約してからそこそこに通っているので館の造りくらい覚えている。
彼女は僕を見ると顔を輝かせたあと、また暗い表情になった。
寝台に横たわる彼女は確かに痩せていた。
あの艶やかだった銀髪はくすんでまるで……。
僕は何と声を掛けたら良いものかと考えているとそこに彼女の父が顔を出した。
「いやあ、すまないねぇ。ケビン君」
「お久しぶりです。カーティス侯爵。アメリア嬢がここまで弱っているとは思いもしませんでした。お医者様はどう
言っているのですか?」
僕の問いにカーティス侯爵は不満げな様子で答えた。
「ああ、これの母親の血を引いているのだろう。元々が弱いだとか」
「「そんな」」
僕とアメリアの声が同時になった。思わず彼女と目があった。それで何も分かった気がした。
「分かりました。では来年の式のことですが」
「式? ああ、これとの結婚か。止めたほうがいい。どうせ、あいつのように……。ぐふ」
カーティス侯爵の横腹を夫人が突いたようだった。
「おほほほほ。ごめんなさいね。お式は、……そう、前侯の爵夫人の喪もありますから、もう少し先でもよろしいのではありませんか?」
夫人の言葉に侯爵も頷いたため、僕は黙るしかなかった。
子爵家や男爵家と規模が違うんだぞと内心叫んでいたけど。
夫人らにアメリアの具合が悪いからと半ば押し出されるように部屋を出た。ただ最後にアメリアに視線を送った。彼女も僕を見ていた。
ただ、視線だけ合わさることができた。
「……分かった」
僕はただ呟いた。
「どうされましたか?」
執事に馬車まで付き添われている時にそう尋ねられた。
「いや、特に、彼女を頼む」
すると執事は黙って首を垂れた。それは誰に対してなのか僕はあえて尋ねようとは思わなかった。
「アメリア様は急なご用事で……。申し訳ありません」
そうして、カーティス侯爵家の執事が深々と頭を下げた。
僕は子爵家の三男と言う立ち位置で侯爵家の婿入りを望まれて長女のアメリアと婚約している。
両家の母親同士が仲良く、その縁で子爵家の三男である僕でも侯爵家に婿入りが可能になった。
どうやら侯爵家の夫人は王妃様とも懇意だったみたいで結構な身分差だけど、王家の許可も問題なくおりて、公爵家の逆玉を狙っていた者たちはそれを聞いて地団駄を踏んだみたいだ。
決まった時は身内である兄達からもさんざん嫌味を言われた。
そりゃそうだな。自分達よりはるかに上の階級に弟がなるから態度だっていろいろと敬わなくてはならなくなる。
「絶対、公の場以外は敬語なんて使わないからな!」
びしっと次兄に指差しまでされて言われた。
流石に長兄は大人だから静かに微笑みを浮かべていただけだったけど圧が凄かった。
とか言いつつ僕の家は貴族の割にはそれなりに家族の仲は良いほうだと思う。
まあ、名門とはいえ子爵家だしね。高位貴族ほど堅苦しくはない。
それが五年ほど前、ちょうど僕が十三歳で彼女が十一歳だった。
初顔合わせの時はとても緊張した。
彼女は大人しい物静かな女の子で、ちょっと珍しい銀髪と薄いブルーの瞳の侯爵夫人によく似た美少女だった。
大人になったら母親似のクールビューティになるなぁと内心思った。
それにまだ小さいのに完璧な作法で挨拶をしてくれて、流石、高位貴族令嬢だなんて感動したものだけど自分もそれに似合うようにしなくてはいけないのではと冷や汗が流れた。
だけど、最近、婚約者と会えない。
約束していても家にまで行っても。
こうして執事が頭を下げて急に予定が入ったとかいろいろ理由を付けてキャンセルされる。
「それじゃあ。仕方ない」
そう言って僕が家に戻ろうとすると、代わりのようにアメリアの義妹のミーアがやって来て、やたら親しく話しかけてきてベタベタと僕の体に触ってくる。
義妹は二年前に侯爵夫人が流行り病で亡くなったため、喪も明けぬまま、再婚して、相手の連れ子らしいのだが、どうやら不義の子でアメリアとは異母妹に当たるらしいとも噂で聞いている。
アメリアははっきり言わなかったが察しているようだった。
侯爵夫人は元々病弱な方だったらしく、娘の行く末を心配して婚約者を探していたようだが、中々決まらず、身分差はあるもののうちの母親への信頼で婚約が決まったという流れだった。
その義妹がこちらに来ようとしているにぎやかな気配を感じる。
正直、どうにかして欲しい。
僕は彼女からすれば義姉の婚約者でいずれは義兄になる予定だ。
彼女の行動は淑女のすることじゃないと感じるけど僕から諫めるのもどうかと。
それとも彼女はまだ自分が子どもだとでも思っているのだろうか?
そろそろ社交界にデビューしようかという年になるのにそういう訳にはいかないだろう。
社交界に出るということは貴族社会ではもう大人だと扱われちゃうよ。
「彼女と話したかったのだが…」
「申し訳ありません」
執事は再び頭を下げた。それ以上はどうしようもない。
いろいろと問題があるので彼女と話し合おうとしても会えないのだから。
執事は私を申し訳なさそうに視線を送りつつ、どうやら義妹が来るまで引き止めて時間を稼ごうとしているようだった。
彼はアメリアの母親が生きていた頃から仕えていたはずなのだがまるで義妹の方を大切にしているように最近は感じる。
今日こそは会えるかと期待して来たけどこれじゃあとがっくりしつつ僕は部屋の外に出るとミーアが小走りで近寄って来た。
「まああ! ケビンお兄様じゃありませんか! お会いしたかったですわ!」
僕を見かけると強引に腕を組もうとしてきた。
それを必死で躱して、適切な距離を取ろうとした。
「ごほん。君は義兄妹になる予定としてもこんな風に男性と親しくすることは、淑女としていかがなものかと思うよ」
僕の腕を取ることができなかったせいかミーアは唇を付き出し不満をあらわにした。
それが可愛いと思ってやっているのだろうな。僕はあまりそう思わないけど。それにそんなことする貴族令嬢はいない。
それを新鮮に思える方もいるかもしれない。とか思っていると隙を突かれて腕を組まれてしまった。
「ちょっとくらい、いいじゃない。だって、お姉様はお忙しいみたいだし、ね? 私を街に連れて行って!」
にこりと笑うと愛嬌があって我儘もそれなりに聞いてやってもいい範囲だ。僕は遠慮したいけどね。
「そう、アメリア嬢はどうしている?」
「アメリアお姉様のことは知らないわ。私は庶子だからと近寄らせてもらえないもの」
彼女は悲しそうな表情をして手を離した。
「そうなのか? 彼女が君を?」
ミーアはしょぼんとして、更に分かりやすく涙を浮かべていた。
彼女の妹だけど正直言ってあまり関わりたくないなぁ。
家で会えないなら、学園でも行ってみようかな。
彼女は貴族の子女が通う学園に行っているはずだ。王国の貴族の子女は一年ほど学園で学ぶことになっている。
残念なことに僕とは二つ年が離れているので一緒にはならなかった。
僕はさっそく、翌日の午後から貴族学園を訪問した。
学園には自分も通っていたので施設は分かるので、身分を明かして入口の待合所まで通してもらった。
通っていた頃を思い出してつい懐かしくていろいろと眺めてしまう。
我が国の貴族の子弟は社交界に出る前に一年ほどこの学校に通う必要があるのだが、内容としてはこの国の貴族社会のことを学ぶためのマナーを中心としつつ本格的な社交の前準備の期間とされている。
基礎教養を学ぶ機会として男子は幼年学校や女子は家庭教師で学ぶのが主流となっている。
僕が学園に入学する前、今から二年前の僕が十六歳の時に婚約のお披露目もしたので、学園に入ってからちくちくと遠回しに嫌味をいう奴らもいたことまでしみじみ思い出した。
アメリアも学園には三カ月ほど通ったはずなのでそろそろ慣れた頃だろう。
一応婚約者として、彼女に入学祝いとしてドレスなど送ったけれどお礼の手紙もなかったな。
几帳面な彼女らしくないことだった。
それに本格的に結婚式の準備もかからないといけない。卒園したら式を挙げる予定になっている。
まあ、うちの両親は侯爵家ということで向こうに丸投げ状態に思っている節があるけれど。
僕は受付を済ますと待合室へ通された。ここは学園に通う子女の馬車の待合場所も兼ねており、それぞれの家の迎えの馬車の御者や、従者なども控えていた。
僕は開いている席に座ると隣に座っていたお仕着せを着た若者から声を掛けられた。
「君は見かけない顔だね。一体どこの従者だい?」
彼の服に縫われた紋章から恐らく伯爵家の者だろうと思われた。
「ええと僕は従者ではなく、婚約者を迎えに来ただけだ」
すると予想外の返事だったのか、顔色を変えて態度を改めた。
「これは失礼いたしました」
どちらのという興味がありそうな雰囲気だったので僕は素直に付け加えた。
「カーティス侯爵家だ」
その名前で彼はぎょっとした顔になったが、直ぐに素知らぬ感じに戻った。
しかし、周囲の雰囲気はざわついたものとなった。
またか、僕はここでも逆玉男と羨ましがられるのかと少々うんざりした気持ちになった。
だが、後から思い返すとどうやらそうではなかったらしい。
暫くすると授業が終わったらしく、貴族の子弟が待合室に自分の家の御者や付き添いの使用人を探しにやって来た。
だが、カーティス家の馬車に来たのはアメリアではなかった。
「君は……」
「まあ、ケビンお兄……様」
男子を数人引き連れて侯爵家の馬車まで来たのは彼女の義妹のミーアだったのだ。
彼女は僕を見つけると駆け寄って来た。おもむろに僕の腕を取り、耳元で囁いた。
「ケビン様。どうしてこちらに? お姉様なら今日はお休みですわ」
「何だって? 休みか……。なら仕方ない。だけど君は……」
僕の言葉を遮るようにミーアは僕の腕に絡みついて、大声を出した。
「私を心配して迎えに来てくれたのね! 嬉しいわ!」
そして彼女は付いて来ていた男子達に振り返って微笑んだ。
「そういうことだから。今日はここでね」
すると口々に仕方ないな。とか羨ましいとか僕にちらちら視線を投げかけながら口々に言っていた。
いや、アメリアじゃないなら一緒に帰るつもりはないよ。
それにミーアに付き添ってきた男子の中にはとても高位な方の姿を見えたけど、王宮でいらっしゃるレベルの方の……。気のせいだよね。
とりあえず、将来の義妹になる予定だからあまり邪険にもできず、僕は自分の乗って来た馬車にカーティス家に行くよう伝えるとミーアの馬車に一緒に乗り込んだ。
馬車の窓から見える景色を眺めながら、ミーアのいつもの話を聞き流す。席は何故か隣に座ってこようとするミーアから距離をとり、向かい側に座ることができた。
流石にねぇ。婚約者の妹だから隣というのもいいのだけど、彼女は……、まあ、いかがなものかと。
「それに説明してくれるかな。君はまだ学園に入学する年齢ではなかったはずだ」
僕がそう言うとミーアはぺろりと舌をだした。
「だってぇ。家でいるのは退屈だもの。それにお姉様はあまり学園も通っていないの。お体の具合が悪いのですって、でも要はつまらないから怠けているのよ。だから私が代わりに出てあげているの」
にこりとしながらミーアが話していた。
「いや、彼女はそんな……」
子じゃないといいつつ、最近会えていない。だからどうだったか自信がなくなったのもある。ろくろく会えないのだ。
もしかしたら、何か重篤な病とかで本当に体の具合が悪いのかもしれない。
「お姉様はお体も弱いし跡継ぎなんて無理だと思うわ」
ため息をつきながらミーアは愚痴をこぼした。
「……」
僕は黙って窓から外の景色を眺めていた。
ほどなくして侯爵家に着いたので先に降りて彼女の手を取ってエスコートする。
それは紳士として仕方なくなのだが、ミーアは体をこれでもかと密着させてきた。
「ケビンお兄様。大好き!」
ミーアの言葉に思わずははと乾いた笑いをするしかなかった。
誰かに見られていたとは気がつかず。
館に入ると僕は執事にアメリアへの面会をお願いした。
執事は渋い顔をして会えないとしか言わなかった。
「それにミーアが学園だなんて、おかしいじゃないか」
「それは……」
これには流石に執事が言葉を詰まらせた。
そもそも、どうやってミーアが学園に入学できたのだ。そういうことだ。
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「まあ、そうなの。ごめんなさいねぇ。あの子はここのところ具合がよくないみたいで、やはり母親に似て体が弱いようね」
「そんな……」
悲しそうな様子でため息をつく継母に僕は驚いて何も言えなくなってしまった。
「でもね。アメリアが元気になるまでうちのミーアが学園に通っているのよ」
嬉々として報告する継母に僕は言葉を失う。
「それは……」
「学園には主人からお願いしましたのよ。だって将来の侯爵夫人が学園を出ていないなんてねぇ。困りますでしょ」
そういう継母は元男爵令嬢だとお聞きしている。
「そんなに彼女は弱っているのならぜひ会いたいのですが」
すると僕の言葉に夫人は驚いた表情を浮かべたあと悲し気な表情をして続けた。
「そうね。でも病気でやせ細った姿をあなたに見せたくないって言っているからねぇ」
「そうですか……。でも。婚約していますし、来年の式のことも話し合いたいので、一目でも」
僕がそう言うと夫人は更に大きなため息をついてみせた。
「……そういうことなら、少しお待ちになって」
夫人はそう言うと執事に何かを指示をして僕は応接室へと通されて暫く待つようにと言われた。
彼女が休んでいる部屋に通された。今までの彼女の部屋ではなく客間だった。僕も婚約してからそこそこに通っているので館の造りくらい覚えている。
彼女は僕を見ると顔を輝かせたあと、また暗い表情になった。
寝台に横たわる彼女は確かに痩せていた。
あの艶やかだった銀髪はくすんでまるで……。
僕は何と声を掛けたら良いものかと考えているとそこに彼女の父が顔を出した。
「いやあ、すまないねぇ。ケビン君」
「お久しぶりです。カーティス侯爵。アメリア嬢がここまで弱っているとは思いもしませんでした。お医者様はどう
言っているのですか?」
僕の問いにカーティス侯爵は不満げな様子で答えた。
「ああ、これの母親の血を引いているのだろう。元々が弱いだとか」
「「そんな」」
僕とアメリアの声が同時になった。思わず彼女と目があった。それで何も分かった気がした。
「分かりました。では来年の式のことですが」
「式? ああ、これとの結婚か。止めたほうがいい。どうせ、あいつのように……。ぐふ」
カーティス侯爵の横腹を夫人が突いたようだった。
「おほほほほ。ごめんなさいね。お式は、……そう、前侯の爵夫人の喪もありますから、もう少し先でもよろしいのではありませんか?」
夫人の言葉に侯爵も頷いたため、僕は黙るしかなかった。
子爵家や男爵家と規模が違うんだぞと内心叫んでいたけど。
夫人らにアメリアの具合が悪いからと半ば押し出されるように部屋を出た。ただ最後にアメリアに視線を送った。彼女も僕を見ていた。
ただ、視線だけ合わさることができた。
「……分かった」
僕はただ呟いた。
「どうされましたか?」
執事に馬車まで付き添われている時にそう尋ねられた。
「いや、特に、彼女を頼む」
すると執事は黙って首を垂れた。それは誰に対してなのか僕はあえて尋ねようとは思わなかった。
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