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Prologue 二つ上の先輩
0ー04 告白
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「雨宮はさ、きっと知らないんだよな」
ゆっくりとした声で椰一が言う。
その口調は幼い子供に語り掛けるように優しげで、ともすればこちらの緊張を解きほぐすようだった。
「……いつもお前のことを見てて、なのに気付いてくれなかった。まぁ俺の方から声掛けれなかった、ってのもあるけど」
はは、とおかしそうに目の前の男が笑った。
椰一の周囲には常に人が居て、しかしそれは己とて例外ではない。
龍冴の視界に入らなかったのは学年が違うからと、単に相手に興味がなかったからだ。
在籍しているクラスにはもちろん、他クラスにも仲のいい友人が男女問わず何人もおり、その中に数多の上級生や下級生の姿が埋もれているのが現状だった。
だから椰一に呼び出されたのも、抱き締められてから何を言われるのかも、今やっと自覚したほどだ。
(なんで俺なんだ? 幸せになれる、って保証はどこにもないのに)
そう言ってしまいたいのを、すんでのところで唇を強く噛んで胸の奥深くに仕舞った。
今から一世一代の言葉を言おうとしている人間の前で、この先の話をするというのはあまりに野暮というものだ。
それに一度だけならず何度も己の不用意な言動で失敗してきたため、今となっては『幸せ』という定義が何なのか曖昧なのだが。
「……なぁ、雨宮」
やや俯けていた視界の端で、大きく黒い影がふっと自身を包み込む。
「っ」
いやに近くから聞こえる声は低く、どこか艶を帯びていた。
龍冴は反射的に背後へ後退さろうとするも、それも空しくすぐに壁際へ追いやられてしまう。
背後に感じる壁がいつもより冷たく感じ、たらりと背中に冷たい汗が伝った。
(逃げ、ないと)
椰一が淡い笑みを浮かべたまま、もったいぶるような動きで一歩二歩と距離を詰めてくる。
今すぐにこの場から逃げ出したいのに、声を出すことはおろか指先一本すら動かせなかった。
こうなるのならば、待ってくれていたクラスメイトらと一緒に帰ればよかったのではないか。
椰一には悪いが、明日にでも『勝手に帰ってごめん』と謝罪すればよかったのではないか。
次第に唇が震え、ややあって眼前に端正な顔が迫った。
「俺のこと、好きになって……?」
熱っぽい吐息を感じると同時に、とんと頭が壁にぶつかる。
痛みこそなかったものの、それ以上に目の前の男がいやに蠱惑的に微笑んだ事実に、龍冴は軽く目を瞠る。
(なんで、そんな顔……)
まるで恋人にするような表情で、そんなことを言われるとは思わなかった。
自分は相手の人となりをほとんど知らなくて、なのに椰一はこちらが──龍冴が押しに弱い、ということを知っているらしい。
「返事は?」
雨宮、とあまりに近い距離で低く囁かれ、ぞわりと首筋が粟立つ。
あともう少しで唇が触れ合いそうな距離で、そんなことを言われては断るのは無理だった。
それが嫌悪からなのか期待からなのか分からなかったが、しかし龍冴は反射的に首肯した。
「……ありがとう。龍冴」
甘く、まるで恋人に語り掛けるような声音で、椰一が名を呼んでくる。
龍冴はその声に答えることなく、ただただぎゅうと目を閉じていた。
(俺のことが好きだなんて、本当なのか……?)
疑問と期待とが綯い交ぜになったまま、やがてもう一度椰一の腕に抱き締められる。
どくどくと高鳴っている鼓動が聞こえやしないか心配になったが、椰一は何も言わなかった。
ゆっくりとした声で椰一が言う。
その口調は幼い子供に語り掛けるように優しげで、ともすればこちらの緊張を解きほぐすようだった。
「……いつもお前のことを見てて、なのに気付いてくれなかった。まぁ俺の方から声掛けれなかった、ってのもあるけど」
はは、とおかしそうに目の前の男が笑った。
椰一の周囲には常に人が居て、しかしそれは己とて例外ではない。
龍冴の視界に入らなかったのは学年が違うからと、単に相手に興味がなかったからだ。
在籍しているクラスにはもちろん、他クラスにも仲のいい友人が男女問わず何人もおり、その中に数多の上級生や下級生の姿が埋もれているのが現状だった。
だから椰一に呼び出されたのも、抱き締められてから何を言われるのかも、今やっと自覚したほどだ。
(なんで俺なんだ? 幸せになれる、って保証はどこにもないのに)
そう言ってしまいたいのを、すんでのところで唇を強く噛んで胸の奥深くに仕舞った。
今から一世一代の言葉を言おうとしている人間の前で、この先の話をするというのはあまりに野暮というものだ。
それに一度だけならず何度も己の不用意な言動で失敗してきたため、今となっては『幸せ』という定義が何なのか曖昧なのだが。
「……なぁ、雨宮」
やや俯けていた視界の端で、大きく黒い影がふっと自身を包み込む。
「っ」
いやに近くから聞こえる声は低く、どこか艶を帯びていた。
龍冴は反射的に背後へ後退さろうとするも、それも空しくすぐに壁際へ追いやられてしまう。
背後に感じる壁がいつもより冷たく感じ、たらりと背中に冷たい汗が伝った。
(逃げ、ないと)
椰一が淡い笑みを浮かべたまま、もったいぶるような動きで一歩二歩と距離を詰めてくる。
今すぐにこの場から逃げ出したいのに、声を出すことはおろか指先一本すら動かせなかった。
こうなるのならば、待ってくれていたクラスメイトらと一緒に帰ればよかったのではないか。
椰一には悪いが、明日にでも『勝手に帰ってごめん』と謝罪すればよかったのではないか。
次第に唇が震え、ややあって眼前に端正な顔が迫った。
「俺のこと、好きになって……?」
熱っぽい吐息を感じると同時に、とんと頭が壁にぶつかる。
痛みこそなかったものの、それ以上に目の前の男がいやに蠱惑的に微笑んだ事実に、龍冴は軽く目を瞠る。
(なんで、そんな顔……)
まるで恋人にするような表情で、そんなことを言われるとは思わなかった。
自分は相手の人となりをほとんど知らなくて、なのに椰一はこちらが──龍冴が押しに弱い、ということを知っているらしい。
「返事は?」
雨宮、とあまりに近い距離で低く囁かれ、ぞわりと首筋が粟立つ。
あともう少しで唇が触れ合いそうな距離で、そんなことを言われては断るのは無理だった。
それが嫌悪からなのか期待からなのか分からなかったが、しかし龍冴は反射的に首肯した。
「……ありがとう。龍冴」
甘く、まるで恋人に語り掛けるような声音で、椰一が名を呼んでくる。
龍冴はその声に答えることなく、ただただぎゅうと目を閉じていた。
(俺のことが好きだなんて、本当なのか……?)
疑問と期待とが綯い交ぜになったまま、やがてもう一度椰一の腕に抱き締められる。
どくどくと高鳴っている鼓動が聞こえやしないか心配になったが、椰一は何も言わなかった。
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