【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華

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二章 その後の俺は

2‐05 昨日の帰り道

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 ◆◆◆




 二日後、期末試験一日目。

 最後の科目が終了すると、それまで緊張感のあった教室の空気がふっと緩む。

「なぁ、どうだった?」

「終わったらマック行かね?」

「ここってさぁ──」

 お互いに解答の確認をし合ったり、これからどうするのかを仲間内で話し合ったりと様々な声が教室に響く中、龍冴はぼうっと窓際に目を向けていた。

 グラウンドには誰もいないが、無意識にある人の影を探している自分はなんと滑稽なのか。

(鷹月先輩、今日も会えるかな)

 それはつい昨日、昇降口で靴を履き替えている時の事だった。

『よ、今帰り?』

 背後から問い掛けてくる声音は低いのに柔らかく、どこか心地良ささえ覚えたものだ。

 偶然にも一年生の棟に来ていたようで、しかし隣りには誰もいない。

 龍冴も一人だったため、丁度いいからと駅まで一緒に向かう事になった。

 すると大和は面白おかしく自身の事や最近あった出来事を話してくれ、ただ聞いているだけなのに笑いを抑えられなかった。

 幼稚園の頃からサッカーを始め、今もクラブに在籍しているらしい。

 たとえ試験期間であっても毎日必ず身体を動かさないとやってられず、家の近くにある公園で走り込みをしているのだという。

 本を届けに来た時は、いつもより早めに家を出たのだと言っていた。

『──本当は別のとこ行こうとしたんだけど、学費とかで難しくてさ。家からも近くてクラブから近いとこ、っていったらここだったんだ』

 勉強嫌いだからさ、と続ける大和の横顔はややはにかんでいて、何か考える前にぽそりと呟いていた。

『試合、とか……見てみたいな』

 もしこの目でしっかりと見られるのであれば、ぜひとも観戦して喜びを分かち合いたい。

 運動神経は平均くらいだが、サッカーやバスケといった球技は観るのもやるのも好きだ。

 もっとも、注目されるのが苦手なためひと気のない場所で友人らとやるくらいだが。

『あるぞ、九月からだけど。良かったら見にくる?』

 どうやら聞こえていたようで、ふと大和がこちらに回り込んで言った。

『っ』

 唐突に大和の顔が正面に現れたため眩しくて、しかしそれ以上に驚いたのはその容姿だ。

 はっきりと見ていなかったから気付かなかったが、大和の右耳上辺りには開けたばかりらしいキャッチピアスがあった。

 その位置はヘリックスと呼び、一時期開けようか迷っていた箇所でもある。
 
 しかし大和に声が聞こえていた事が恥ずかしくて、龍冴は喜びを誤魔化すようにふっと頬を緩ませた。

『え、なに? もしかしてまたなんかやらかした?』

『……いや、何も。先輩がいいなら見に行きます、絶対』

 見る間に慌てる大和がおかしくて、くすくすと小さく笑いながら言った。

『なんだよ、それ。俺だけ知らないの不公平じゃね?』

 しかし納得していないようで、大和は軽く唇を尖らせる。

『公平ですよ』

『いーや、絶対聞き出してやる! なんで笑った!』

 間髪入れず言い返すと、今度は眉を釣り上げて腕を組んだ。

 そのさまがどうしてかわざとらしく見えて、なのに少しも怖くない。

 むしろ可愛らしいとさえ思い、次第に口角が上がっていくのが分かった。

(こんなに笑ったの、久しぶりな気がする)

 今でも面白い事があれば笑っているが、大笑いする事はほとんどなかった。

 自分でも表情筋がとぼしい自覚はあるものの、その相手がまさか同学年や身内ではないのが、少し意外な気持ちになる。

『……やっぱお前は笑ってる方がいいよ』

『え』

 ふと大和が脚を止め、ゆっくりとした声で言った。
 どういう意味か分からず首を傾げると、大和はくすりと片頬を上げる。

『ぶつかっちまった時、怯えた顔してたからさ。──というか前見てなかった俺が悪いんだけど。ごめんな、びっくりしたよな』

 そこで大和が何に対して謝っているのか理解した。

 自身の身体つきと比較すると、大和はしっかりと筋肉も付いていて、きっと体幹もいいだろう。

 多少身長差はあるものの、突然意図していない衝撃があれば怖がるのも頷ける──そう言っているのだ。

『や、違います! 確かにびっくりしたけど、でも……届けてくれて嬉しかったし、こうして話してくれるのも楽しいし。先輩が何も謝ることなんて』

 そこまで言って、はたと大和が曖昧に微笑んでいる事に気付く。

 よくよく思い返せば、駅まで歩いている途中なのだ。

 二人とはいえ、周囲には学年問わず電車で帰路に着く生徒が多いため、ちらちらとこちらを見ては何かを話しているのが視界に入った。

 ──雨宮くんと誰かが喧嘩してるっぽい?

 ──あんなに大きい声出してる龍冴、初めて見たかも。

 そんな幻聴が聞こえてくるのは、多分気のせいではないだろう。

 しかし突然立ち止まって叫べば、必然的に注目されるのは必至だ。

 けれどどうしたものか分からず、ただ大和を見つめるしかできないでいると、不意に肩を抱き寄せられた。

『ほら、そんな辛気臭い顔してないで帰るぞー』

 力強い手の平が『大丈夫』と言われている気がして、とくりと心臓が小さく跳ねる。

 やや上を見上げれば、安心させるように笑みを浮かべた大和の横顔が視界に入った。
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