【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華

文字の大きさ
20 / 91
二章 その後の俺は

2‐05 昨日の帰り道

しおりを挟む
 ◆◆◆




 二日後、期末試験一日目。

 最後の科目が終了すると、それまで緊張感のあった教室の空気がふっと緩む。

「なぁ、どうだった?」

「終わったらマック行かね?」

「ここってさぁ──」

 お互いに解答の確認をし合ったり、これからどうするのかを仲間内で話し合ったりと様々な声が教室に響く中、龍冴はぼうっと窓際に目を向けていた。

 グラウンドには誰もいないが、無意識にある人の影を探している自分はなんと滑稽なのか。

(鷹月先輩、今日も会えるかな)

 それはつい昨日、昇降口で靴を履き替えている時の事だった。

『よ、今帰り?』

 背後から問い掛けてくる声音は低いのに柔らかく、どこか心地良ささえ覚えたものだ。

 偶然にも一年生の棟に来ていたようで、しかし隣りには誰もいない。

 龍冴も一人だったため、丁度いいからと駅まで一緒に向かう事になった。

 すると大和は面白おかしく自身の事や最近あった出来事を話してくれ、ただ聞いているだけなのに笑いを抑えられなかった。

 幼稚園の頃からサッカーを始め、今もクラブに在籍しているらしい。

 たとえ試験期間であっても毎日必ず身体を動かさないとやってられず、家の近くにある公園で走り込みをしているのだという。

 本を届けに来た時は、いつもより早めに家を出たのだと言っていた。

『──本当は別のとこ行こうとしたんだけど、学費とかで難しくてさ。家からも近くてクラブから近いとこ、っていったらここだったんだ』

 勉強嫌いだからさ、と続ける大和の横顔はややはにかんでいて、何か考える前にぽそりと呟いていた。

『試合、とか……見てみたいな』

 もしこの目でしっかりと見られるのであれば、ぜひとも観戦して喜びを分かち合いたい。

 運動神経は平均くらいだが、サッカーやバスケといった球技は観るのもやるのも好きだ。

 もっとも、注目されるのが苦手なためひと気のない場所で友人らとやるくらいだが。

『あるぞ、九月からだけど。良かったら見にくる?』

 どうやら聞こえていたようで、ふと大和がこちらに回り込んで言った。

『っ』

 唐突に大和の顔が正面に現れたため眩しくて、しかしそれ以上に驚いたのはその容姿だ。

 はっきりと見ていなかったから気付かなかったが、大和の右耳上辺りには開けたばかりらしいキャッチピアスがあった。

 その位置はヘリックスと呼び、一時期開けようか迷っていた箇所でもある。
 
 しかし大和に声が聞こえていた事が恥ずかしくて、龍冴は喜びを誤魔化すようにふっと頬を緩ませた。

『え、なに? もしかしてまたなんかやらかした?』

『……いや、何も。先輩がいいなら見に行きます、絶対』

 見る間に慌てる大和がおかしくて、くすくすと小さく笑いながら言った。

『なんだよ、それ。俺だけ知らないの不公平じゃね?』

 しかし納得していないようで、大和は軽く唇を尖らせる。

『公平ですよ』

『いーや、絶対聞き出してやる! なんで笑った!』

 間髪入れず言い返すと、今度は眉を釣り上げて腕を組んだ。

 そのさまがどうしてかわざとらしく見えて、なのに少しも怖くない。

 むしろ可愛らしいとさえ思い、次第に口角が上がっていくのが分かった。

(こんなに笑ったの、久しぶりな気がする)

 今でも面白い事があれば笑っているが、大笑いする事はほとんどなかった。

 自分でも表情筋がとぼしい自覚はあるものの、その相手がまさか同学年や身内ではないのが、少し意外な気持ちになる。

『……やっぱお前は笑ってる方がいいよ』

『え』

 ふと大和が脚を止め、ゆっくりとした声で言った。
 どういう意味か分からず首を傾げると、大和はくすりと片頬を上げる。

『ぶつかっちまった時、怯えた顔してたからさ。──というか前見てなかった俺が悪いんだけど。ごめんな、びっくりしたよな』

 そこで大和が何に対して謝っているのか理解した。

 自身の身体つきと比較すると、大和はしっかりと筋肉も付いていて、きっと体幹もいいだろう。

 多少身長差はあるものの、突然意図していない衝撃があれば怖がるのも頷ける──そう言っているのだ。

『や、違います! 確かにびっくりしたけど、でも……届けてくれて嬉しかったし、こうして話してくれるのも楽しいし。先輩が何も謝ることなんて』

 そこまで言って、はたと大和が曖昧に微笑んでいる事に気付く。

 よくよく思い返せば、駅まで歩いている途中なのだ。

 二人とはいえ、周囲には学年問わず電車で帰路に着く生徒が多いため、ちらちらとこちらを見ては何かを話しているのが視界に入った。

 ──雨宮くんと誰かが喧嘩してるっぽい?

 ──あんなに大きい声出してる龍冴、初めて見たかも。

 そんな幻聴が聞こえてくるのは、多分気のせいではないだろう。

 しかし突然立ち止まって叫べば、必然的に注目されるのは必至だ。

 けれどどうしたものか分からず、ただ大和を見つめるしかできないでいると、不意に肩を抱き寄せられた。

『ほら、そんな辛気臭い顔してないで帰るぞー』

 力強い手の平が『大丈夫』と言われている気がして、とくりと心臓が小さく跳ねる。

 やや上を見上げれば、安心させるように笑みを浮かべた大和の横顔が視界に入った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】

カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。 逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。 幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。 友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。 まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。 恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。 ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。 だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。 煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。 レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生 両片思いBL 《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作 ※商業化予定なし(出版権は作者に帰属) この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。 「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」 里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。 ★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2) ☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。 ☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!

処理中です...