27 / 91
二章 その後の俺は
2‐12 不審な人影
しおりを挟む
「……うん、任せて」
桜雅はにっこりと唇に笑みを浮かべると、ややあって華月に目線を合わせる。
「龍冴のお友達だよね。家の近くまで送るから、一緒に行こうか」
「え、でも」
まさかそこまでされるとは思わなかったのか、華月は文字通り慌てる。
「ここは呑んで欲しいな。そうしないとあの子から最低一日、もって二日は口聞いてもらえないから」
「え」
「……知ってる? 龍冴は怒ると可愛いんだけど、その分恥ずかしがりだから拗ねるんだ。俺としてはどっちも可愛くて──」
「早く行ってくれねぇかな?」
二人で顔を寄せ合ったまま──ほとんど桜雅が一方的に話しているが──まったく駐車場へ向かわないため、桜雅にだけ聞こえる声で囁く。
「ごめんって」
さすがにおいたが過ぎると思ったのか、こちらも龍冴に聞こえる声で小さく謝罪する。
「え、えっと……やっぱ悪いから、さ……」
何が何やら分からず、戸惑った表情で桜雅と自分とを見つめる華月の手を、そっと握った。
「龍ちゃん?」
「家、着いたら連絡して欲しいんだ。その、手術のこととか……は、言える範囲でいいけど。でも無事に成功したら俺と……兄さんも、一緒に祝いに行くから」
ぽそぽそと途切れてばかりで、自分でも何を言っているのか分からなくなったが、華月にはしっかりと伝わったようだ。
「ありがと、龍ちゃん」
紡がれた声はかすかに震えていたが、龍冴は聞こえないふりをした。
華月をしっかりと家に送り届ける、という事を改めて伝えて桜雅とは別れた。
駅までの道を歩いていると、一人というのもあって余計な事を考えてしまう。
椰一はなぜ行動や言動を制限し、それだけでなく龍冴以外の人間と楽しげに話していたのか。
隣りに居たのが妹や近しい身内という線もあったが、とてもそういう雰囲気ではなかったように思う。
その証拠に、椰一の表情が龍冴の知るものとはまるきり違ったのだ。
もちろん、恋人らしい事をした時に似た顔を見たように思う。
けれどあれほど甘さを含んだ表情は知らない誰かも同然で、こちらが疑問ばかり持っているからか椰一からの返信はまだ無い。
一週間以上なんの音沙汰もなく、加えて学年も違えば約束をしない限り必然的に顔を合わせる事は少なくなる。
(三年の棟行こうとしたら誰かから話し掛けられるし、そもそも学校で話し掛けるなって言われてたっけ)
顔を見て話す事はもちろん、椰一がどういう行動に出るか想像ができないから恐怖もある。
「せめて返信してくれればなぁ」
ぽつりと溢すといやに惨めに聞こえて、次第に気持ちが塞いでいく。
椰一のメッセージ欄を開いても、まだ既読は付いていない。
その代わりに自分が送信した文字ばかりが目に入り、いけないと分かっていても催促混じりの文面を送ってしまう。
好きという気持ちが完全になくなった訳ではなく、心のどこかではまだ信じたいと思っている。
もしくは椰一の方から『妹』と言ってくれれば、安心するのかもしれない。
けれど椰一のことを考えると同時に、大和の顔も浮かんでくるのはなぜだろうか。
何も入学式辺りから仲良くなった訳ではなく、ほんの数日前に知り合ったばかりなのだ。
どんな経緯であれ、大和と会話をするのはまだ片手で数えられる程度。
もちろん連絡先も知らず、けれどもっと仲良くなりたいと思っているのは事実だった。
上級生に対して、自分がそうした感情を抱くのは珍しいと思う。
それと同時に自分の中に言葉では表せない何かが芽生えているようで、しかしそれがどういう感情なのか分からなかった。
「ん……?」
すると交差点を挟んだ駅の出入り口に、いやに目立つ長身の男が目に入った。
その制服がよく知った──草鹿高校のものだと気付く。
「なんだあれ」
丁度駅構内から逸れる形でどこかへ向かっていき、けれどそちらは裏手のはずだ。
しかも長身の人物に隠れる形で小柄な影も見えて、なぜか嫌な予感がした。
もしや椰一ではないか、というあまり信じたくない事が頭に浮かぶ。
本当ならこのまま改札に入る方が正しく、なのに脚は自然とその人物達を追うように進んでいく。
(これじゃ不審者じゃねぇか)
よもや自分がストーカー紛いな事をするようになるとは、と思いながらも脚は止められない。
いけない事だと理解しているが、それでも一度目に入れば気になってしまうのは、最早人間の本能なのだろうか。
龍冴は一定の距離を保ち、物陰からこっそりと様子を伺った。
桜雅はにっこりと唇に笑みを浮かべると、ややあって華月に目線を合わせる。
「龍冴のお友達だよね。家の近くまで送るから、一緒に行こうか」
「え、でも」
まさかそこまでされるとは思わなかったのか、華月は文字通り慌てる。
「ここは呑んで欲しいな。そうしないとあの子から最低一日、もって二日は口聞いてもらえないから」
「え」
「……知ってる? 龍冴は怒ると可愛いんだけど、その分恥ずかしがりだから拗ねるんだ。俺としてはどっちも可愛くて──」
「早く行ってくれねぇかな?」
二人で顔を寄せ合ったまま──ほとんど桜雅が一方的に話しているが──まったく駐車場へ向かわないため、桜雅にだけ聞こえる声で囁く。
「ごめんって」
さすがにおいたが過ぎると思ったのか、こちらも龍冴に聞こえる声で小さく謝罪する。
「え、えっと……やっぱ悪いから、さ……」
何が何やら分からず、戸惑った表情で桜雅と自分とを見つめる華月の手を、そっと握った。
「龍ちゃん?」
「家、着いたら連絡して欲しいんだ。その、手術のこととか……は、言える範囲でいいけど。でも無事に成功したら俺と……兄さんも、一緒に祝いに行くから」
ぽそぽそと途切れてばかりで、自分でも何を言っているのか分からなくなったが、華月にはしっかりと伝わったようだ。
「ありがと、龍ちゃん」
紡がれた声はかすかに震えていたが、龍冴は聞こえないふりをした。
華月をしっかりと家に送り届ける、という事を改めて伝えて桜雅とは別れた。
駅までの道を歩いていると、一人というのもあって余計な事を考えてしまう。
椰一はなぜ行動や言動を制限し、それだけでなく龍冴以外の人間と楽しげに話していたのか。
隣りに居たのが妹や近しい身内という線もあったが、とてもそういう雰囲気ではなかったように思う。
その証拠に、椰一の表情が龍冴の知るものとはまるきり違ったのだ。
もちろん、恋人らしい事をした時に似た顔を見たように思う。
けれどあれほど甘さを含んだ表情は知らない誰かも同然で、こちらが疑問ばかり持っているからか椰一からの返信はまだ無い。
一週間以上なんの音沙汰もなく、加えて学年も違えば約束をしない限り必然的に顔を合わせる事は少なくなる。
(三年の棟行こうとしたら誰かから話し掛けられるし、そもそも学校で話し掛けるなって言われてたっけ)
顔を見て話す事はもちろん、椰一がどういう行動に出るか想像ができないから恐怖もある。
「せめて返信してくれればなぁ」
ぽつりと溢すといやに惨めに聞こえて、次第に気持ちが塞いでいく。
椰一のメッセージ欄を開いても、まだ既読は付いていない。
その代わりに自分が送信した文字ばかりが目に入り、いけないと分かっていても催促混じりの文面を送ってしまう。
好きという気持ちが完全になくなった訳ではなく、心のどこかではまだ信じたいと思っている。
もしくは椰一の方から『妹』と言ってくれれば、安心するのかもしれない。
けれど椰一のことを考えると同時に、大和の顔も浮かんでくるのはなぜだろうか。
何も入学式辺りから仲良くなった訳ではなく、ほんの数日前に知り合ったばかりなのだ。
どんな経緯であれ、大和と会話をするのはまだ片手で数えられる程度。
もちろん連絡先も知らず、けれどもっと仲良くなりたいと思っているのは事実だった。
上級生に対して、自分がそうした感情を抱くのは珍しいと思う。
それと同時に自分の中に言葉では表せない何かが芽生えているようで、しかしそれがどういう感情なのか分からなかった。
「ん……?」
すると交差点を挟んだ駅の出入り口に、いやに目立つ長身の男が目に入った。
その制服がよく知った──草鹿高校のものだと気付く。
「なんだあれ」
丁度駅構内から逸れる形でどこかへ向かっていき、けれどそちらは裏手のはずだ。
しかも長身の人物に隠れる形で小柄な影も見えて、なぜか嫌な予感がした。
もしや椰一ではないか、というあまり信じたくない事が頭に浮かぶ。
本当ならこのまま改札に入る方が正しく、なのに脚は自然とその人物達を追うように進んでいく。
(これじゃ不審者じゃねぇか)
よもや自分がストーカー紛いな事をするようになるとは、と思いながらも脚は止められない。
いけない事だと理解しているが、それでも一度目に入れば気になってしまうのは、最早人間の本能なのだろうか。
龍冴は一定の距離を保ち、物陰からこっそりと様子を伺った。
1
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】
カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。
逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。
幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。
友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。
まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。
恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。
ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。
だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。
煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。
レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生
両片思いBL
《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作
※商業化予定なし(出版権は作者に帰属)
この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。
https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24
孤毒の解毒薬
紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。
中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。
不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。
【登場人物】
西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。
白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
幼馴染が「お願い」って言うから
尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。
「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」
里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。
★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2)
☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。
☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる