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二章 その後の俺は
2‐13 見なければよかった
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「──な、駄目?」
耳をそばだてるとかすかに声が聞こえ、それは低く甘さを含んでいた。
いつかに──それこそそういう雰囲気になった時や身体を繋げた時だ──己にも向けられたものと同じ声音で、ぞわりと悪寒がした。
長身の男は後ろ姿しか見えないが、小柄な方が駅の裏手の壁に背中を預けているのが見えた。
わずかに覗いた横顔から長身の男は椰一で、小柄な方が数日前に見た女子なのだと漠然とながら理解する。
漠然と、というのは椰一の影にすっぽりと収まっているのもあって、はっきりと顔が判別できないからだ。
「っ……!」
しかし次に起きた光景に、龍冴はとっさに口元を抑えて悲鳴を飲み込む。
あろうことか、小柄な方が椰一の首に腕を回していた。
その体勢で小柄な方が何をしたのかは見ずとも分かり、次第に脚が震える。
(嘘、だろ……)
目がおかしくなったのかと思った。
自分は夢を見ていて、次に目を開いた時には自室のベッドで寝ているのではないか。
そうでもしないと理解できない事で、しかし勝手に覗き見て聞き耳を立てていたのはほかでもない自分だ。
すなわち己の行動に責任があり、それでも今更見なければよかったと思ってももう遅い。
「──けど。まだ我慢、して?」
すると小柄な方が何かを言っているのが聞こえた。
何やら揉めているようで、だというのに甘い雰囲気がこちらにまで漂ってくる。
それでも龍冴の耳には一切言葉として入ってこなくて、聞こえてくるのは雑音ばかりだ。
(椰一、だよな……? 隣りの子、は……誰だ)
今日ほどこの目で見たすべてが夢であればいいのに、と願った事はない。
それでも脚は動かなくて、物音を立てずに去るなど無理だと悟った。
二人がこちらに脚を向けてくる可能性も否定できないが、それよりも些細な音で気付かれてしまう方がずっと怖い。
龍冴はきょろきょろと辺りを見回し、どこか隠れられそうな場所を探す。
「あ、っ……」
すると数メートル先に昔懐かしの公衆電話が目に入り、丁度誰も入っていなかった。
図らずも安堵の息を吐き出すが、最後まで油断はならない。
龍冴は震えそうになる脚を叱咤して、未だ互いに夢中らしい二人に背を向け、細心の注意を払いながらなんとか公衆電話の扉を開けた。
物陰から背中を向けていれば気付かれることはないが、それでも落ち着かなくてポケットから携帯を取り出す。
それと同時に携帯の画面にぽつりと水滴が落ち、反射的に顔を拭った。
「……へ」
それは紛れもなく己から出ているものだった。
(俺、泣いて……)
自覚した途端、熱い雫が後から後から溢れていく。
そして思っていた以上に衝撃を受けている自分に驚き、加えて『不信感』が『確信』に変わってしまったためか、どうしていいのか分からない。
ほんの少しでも声を出せば龍冴だと気付かれてしまうため、懸命に口元を抑えて溢れそうになる嗚咽を耐える。
「ふ、ぅ……っ」
それでもかすかに漏れ出るそれは、二人から距離があって背中を向けているとはいえ、聞こえやしないか不安になる。
「──っ」
漏れ出そうになる声を押し殺し、龍冴はほろほろと涙を零す。
いつもこちらから首を突っ込むと悪い事ばかり起き、そんな自分を呪いたくなった。
耳をそばだてるとかすかに声が聞こえ、それは低く甘さを含んでいた。
いつかに──それこそそういう雰囲気になった時や身体を繋げた時だ──己にも向けられたものと同じ声音で、ぞわりと悪寒がした。
長身の男は後ろ姿しか見えないが、小柄な方が駅の裏手の壁に背中を預けているのが見えた。
わずかに覗いた横顔から長身の男は椰一で、小柄な方が数日前に見た女子なのだと漠然とながら理解する。
漠然と、というのは椰一の影にすっぽりと収まっているのもあって、はっきりと顔が判別できないからだ。
「っ……!」
しかし次に起きた光景に、龍冴はとっさに口元を抑えて悲鳴を飲み込む。
あろうことか、小柄な方が椰一の首に腕を回していた。
その体勢で小柄な方が何をしたのかは見ずとも分かり、次第に脚が震える。
(嘘、だろ……)
目がおかしくなったのかと思った。
自分は夢を見ていて、次に目を開いた時には自室のベッドで寝ているのではないか。
そうでもしないと理解できない事で、しかし勝手に覗き見て聞き耳を立てていたのはほかでもない自分だ。
すなわち己の行動に責任があり、それでも今更見なければよかったと思ってももう遅い。
「──けど。まだ我慢、して?」
すると小柄な方が何かを言っているのが聞こえた。
何やら揉めているようで、だというのに甘い雰囲気がこちらにまで漂ってくる。
それでも龍冴の耳には一切言葉として入ってこなくて、聞こえてくるのは雑音ばかりだ。
(椰一、だよな……? 隣りの子、は……誰だ)
今日ほどこの目で見たすべてが夢であればいいのに、と願った事はない。
それでも脚は動かなくて、物音を立てずに去るなど無理だと悟った。
二人がこちらに脚を向けてくる可能性も否定できないが、それよりも些細な音で気付かれてしまう方がずっと怖い。
龍冴はきょろきょろと辺りを見回し、どこか隠れられそうな場所を探す。
「あ、っ……」
すると数メートル先に昔懐かしの公衆電話が目に入り、丁度誰も入っていなかった。
図らずも安堵の息を吐き出すが、最後まで油断はならない。
龍冴は震えそうになる脚を叱咤して、未だ互いに夢中らしい二人に背を向け、細心の注意を払いながらなんとか公衆電話の扉を開けた。
物陰から背中を向けていれば気付かれることはないが、それでも落ち着かなくてポケットから携帯を取り出す。
それと同時に携帯の画面にぽつりと水滴が落ち、反射的に顔を拭った。
「……へ」
それは紛れもなく己から出ているものだった。
(俺、泣いて……)
自覚した途端、熱い雫が後から後から溢れていく。
そして思っていた以上に衝撃を受けている自分に驚き、加えて『不信感』が『確信』に変わってしまったためか、どうしていいのか分からない。
ほんの少しでも声を出せば龍冴だと気付かれてしまうため、懸命に口元を抑えて溢れそうになる嗚咽を耐える。
「ふ、ぅ……っ」
それでもかすかに漏れ出るそれは、二人から距離があって背中を向けているとはいえ、聞こえやしないか不安になる。
「──っ」
漏れ出そうになる声を押し殺し、龍冴はほろほろと涙を零す。
いつもこちらから首を突っ込むと悪い事ばかり起き、そんな自分を呪いたくなった。
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