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三章 優しくしないで
3‐01 ごめんなさい
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「──大丈夫か?」
涙に濡れた瞳を向けると、大和が心配そうに眉根を寄せていた。
「なん、で」
ここに、という言葉は声にならなかった。
この場所は駅から裏手で、少し脚を踏み入れなければとても人が居るとは思えない。
「……さっき佐野さんが見えたんだ。あの人あんま良い噂聞かないし、また別の奴連れてるなぁって思って」
大和の声は静かで、喧騒の中だというのにはっきりと聞こえる。
すると目の前の男は安心させるように笑ったかと思えば、ポンと頭を撫でてきた。
「また増えたか、って思ってたらお前が居たんだ」
「ま、た……?」
その口振りでは過去に何人、いや何十人と居たように聞こえる。
「うん。ま、さすがに雨宮が居るとは思わなかったけど」
ごめんな、と大和は小さく謝罪するとゆっくりと続けた。
「サッカー部の中じゃ有名な話でな、表だと知らないふりしてる。もし目付けられたら面倒ってのもあるけど、もっと面倒なのは告白された時」
分かるか、と大和の瞳が問い掛けてくる。
龍冴はかすかに頷く。
今の自分の状態が何よりの証拠で、誰の目から見ても面倒だと思うだろう。
「そうか」
大和はふっと吐息混じりに肯定し、ややあって唇を開く。
「……お前も知っての通り、この時好きになった、ずっとお前のこと見てた、って言うらしい。んで、相手が自分のこと好きになったら捨てるんだと」
酷いよな、と言った大和の表情がまるで己に向けられていると錯覚する。
それは見方を変えれば、もっと早く気付けなかったやるせなさ、そして守れなかった後悔とも取れた。
しかし大和の言っていることはすべて事実なため、何も言えない。
現に龍冴はこれほどまでに打ちのめされ、泣いていたのだ。
知っている人間からすれば可哀想で、ともすれば同情してしまうだろう。
(泣かない、って決めてたのに)
これ以上こちらを刺激しないよう、大和なりに言葉を選んでくれているのが伝わってくる。
その優しさが申し訳なくて、なのにまた上手く息が吸えなくなっていく。
「ごめ、なさ……お、れ」
最早何に対しての謝罪なのか分からないが、龍冴はしゃくり上げながら目の前にある大和のシャツをきゅうと摑んだ。
「……大丈夫だよ」
低くどこまでも優しい声が聞こえると、ぐいと身体を引き寄せられる。
かすかな汗の匂いと太陽の光をいっぱいに浴びた匂いが混じり合ったそれは、大和から香ってくるものだ。
「っ、く……ぅ」
その香りが自然と涙を誘発させ、しかし声を押し殺して泣いた。
人通りがないといっても、少し脚を向ければこの状況を見られてしまう。
そうなってしまえばこの上なく恥ずかしくて、同時に大和に二重で迷惑を掛けてしまうのは必至だった。
「……しんどい?」
ぽんぽんと何度も背中を撫で擦ってくれるだけでなく、優しく問い掛けられる。
じんわりとした蒸し暑さは不快でしかないが、大和から放たれる温もりは心地よかった。
「い、で……」
掠れてしまってほとんど声を成していないものの、背中に添えられた手に促され、大和の背に己のそれを回す。
ぎゅうとシャツを強く握り締めながら、龍冴は喉から声を絞り出した。
「いかない、で……ここ、いて……ほし、い」
「……うん」
ごく小さな囁きはしっかりと伝わったようで、同時に抱擁がわずかに強くなる。
今だけはこの温もりに身を委ね、何もかもを忘れてしまいたい。
過ぎ去ってしまった時間は取り消せないが、大和ともう少し早く出会っていたら、と思う。
そうしたら、龍冴の中の何かが変わっていたかもしれない。
涙に濡れた瞳を向けると、大和が心配そうに眉根を寄せていた。
「なん、で」
ここに、という言葉は声にならなかった。
この場所は駅から裏手で、少し脚を踏み入れなければとても人が居るとは思えない。
「……さっき佐野さんが見えたんだ。あの人あんま良い噂聞かないし、また別の奴連れてるなぁって思って」
大和の声は静かで、喧騒の中だというのにはっきりと聞こえる。
すると目の前の男は安心させるように笑ったかと思えば、ポンと頭を撫でてきた。
「また増えたか、って思ってたらお前が居たんだ」
「ま、た……?」
その口振りでは過去に何人、いや何十人と居たように聞こえる。
「うん。ま、さすがに雨宮が居るとは思わなかったけど」
ごめんな、と大和は小さく謝罪するとゆっくりと続けた。
「サッカー部の中じゃ有名な話でな、表だと知らないふりしてる。もし目付けられたら面倒ってのもあるけど、もっと面倒なのは告白された時」
分かるか、と大和の瞳が問い掛けてくる。
龍冴はかすかに頷く。
今の自分の状態が何よりの証拠で、誰の目から見ても面倒だと思うだろう。
「そうか」
大和はふっと吐息混じりに肯定し、ややあって唇を開く。
「……お前も知っての通り、この時好きになった、ずっとお前のこと見てた、って言うらしい。んで、相手が自分のこと好きになったら捨てるんだと」
酷いよな、と言った大和の表情がまるで己に向けられていると錯覚する。
それは見方を変えれば、もっと早く気付けなかったやるせなさ、そして守れなかった後悔とも取れた。
しかし大和の言っていることはすべて事実なため、何も言えない。
現に龍冴はこれほどまでに打ちのめされ、泣いていたのだ。
知っている人間からすれば可哀想で、ともすれば同情してしまうだろう。
(泣かない、って決めてたのに)
これ以上こちらを刺激しないよう、大和なりに言葉を選んでくれているのが伝わってくる。
その優しさが申し訳なくて、なのにまた上手く息が吸えなくなっていく。
「ごめ、なさ……お、れ」
最早何に対しての謝罪なのか分からないが、龍冴はしゃくり上げながら目の前にある大和のシャツをきゅうと摑んだ。
「……大丈夫だよ」
低くどこまでも優しい声が聞こえると、ぐいと身体を引き寄せられる。
かすかな汗の匂いと太陽の光をいっぱいに浴びた匂いが混じり合ったそれは、大和から香ってくるものだ。
「っ、く……ぅ」
その香りが自然と涙を誘発させ、しかし声を押し殺して泣いた。
人通りがないといっても、少し脚を向ければこの状況を見られてしまう。
そうなってしまえばこの上なく恥ずかしくて、同時に大和に二重で迷惑を掛けてしまうのは必至だった。
「……しんどい?」
ぽんぽんと何度も背中を撫で擦ってくれるだけでなく、優しく問い掛けられる。
じんわりとした蒸し暑さは不快でしかないが、大和から放たれる温もりは心地よかった。
「い、で……」
掠れてしまってほとんど声を成していないものの、背中に添えられた手に促され、大和の背に己のそれを回す。
ぎゅうとシャツを強く握り締めながら、龍冴は喉から声を絞り出した。
「いかない、で……ここ、いて……ほし、い」
「……うん」
ごく小さな囁きはしっかりと伝わったようで、同時に抱擁がわずかに強くなる。
今だけはこの温もりに身を委ね、何もかもを忘れてしまいたい。
過ぎ去ってしまった時間は取り消せないが、大和ともう少し早く出会っていたら、と思う。
そうしたら、龍冴の中の何かが変わっていたかもしれない。
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