【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華

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四章 夏本番、近付く距離

4‐9 ド正論

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「お兄さんって知らずにすみません。けど、俺が責任持って送るんで大丈夫です」

「……はぁ?」

「え、っ」

 大和の言葉に桜雅はもちろん、龍冴も素っ頓狂な声を上げる。

 昨日と同じく駐車場に停めてから来ているはずだが、まさか実の弟ではなく第三者──それも初対面も同然の男からそう言われるとは思っていなかったようだった。

「龍冴が言うならまだしも、車飛ばしてわざわざ来てるんだよ、こっちは。なんでお前に断られないといけない?」

 心の底から分からないといったふうに、桜雅が怒りのままに言う。

 苛立っているのは分かるが、ここまで引き下がらないのは珍しい。

華月かげつと仲良くなった、って言ってたのに)

 桜雅と華月を会わせたのは外でもない自分であって、しかしすぐに打ち解けたのはひとえに桜雅のコミュ力の成せる技だろう。

 加えていたく気に入ったようで、龍冴の知らないところで会おうとしている雰囲気さえあった。

 それが大和に対しては敵意を剥き出しており、この場で殴り掛かりそうな勢いだ。

 仮に最悪の場合になってしまえば最後、龍冴とて何をするか分からない。

 一番いいのは桜雅を引き離すしかないが、どうしたらいいのかがまるで思い浮かばなかった。

「え、そりゃあ一緒に帰るって約束してたんで」

 何を言ってるんだ、というふうに大和が首を傾げる。

(確かに言ったけど……!)

 間違ってはいないが、普段の温厚さが成りを潜めている桜雅には逆効果だろう。

「へぇ? そんで何、お兄ちゃんとは行けませんって?」

 だからか、と妙に納得したように桜雅が尋ねてくる。

「え、あっ……」

 大和が前になってくれているため桜雅の顔はあまり見えないが、じっと見つめてくる瞳はいつになく鋭利だ。

 ともすれば肉食動物のそれで、今か今かと頭から齧り付きそうな勢いだった。

 こうなった時の兄はたとえ龍冴でも止められず、桜雅の納得がいくまで説明するしかなくなる。

 けれど何を言っても逆上する未来しか見えなくて、焦燥感に加えて暑さもあって背中にいくつもの汗が伝った。

「ってか、こういうのもなんですけど……大事な弟さんに無視されてるじゃないですか」

 それに、と前置くと大和は更に言葉を重ねる。

「これって嫌われてる以外にあります? あんまり言いたくないですけど」

「うっ……!」

 淡々とした大和の落ち着いた声は、聞いていて心地がいいほどだ。

 桜雅は桜雅でぎりりと奥歯を噛み締め、しかし薄々感じ取っていたのかちらりと龍冴を見つめてくる。

 その瞳はつい先程まで喚いていた男のものではなく、捨てられた子犬かそれ相応の子供のように見えた。

(そうなのか、って言ってる。……まぁ好きだけどな、一応兄だし)

 時として反抗的な態度を取るのは恥ずかしいからに外ならないが、本気で嫌っていると言われると否だ。

 勉強を見てくれて、何かあるごとに甘いものをくれたり外に連れ出してくれる。

 愛されている自覚こそあれ、ここ数ヶ月は羞恥心の方が勝っているだけなのだ。

 けれど面と向かって自分の気持ちを言った事が無いため、そう思うのも無理はない。

「あの、さすがに可哀想なんで……」

 堪らず大和の肩を摑み、やんわりと止める。

 年上であってもぴしゃりと言う姿勢は格好良いなと思いつつ、大和の肩越しに桜雅を見た。

(はやくかえれ)

 殊更ゆっくりと口を動かし、しかしこれはすぐに伝わらなかったようだ。

「な、なんでりょうちゃんまでそんなこと……! こいつが言う通りお兄ちゃんのこと嫌い!?」

 先程よりもずっと泣きそうな声で桜雅が叫ぶ。

(情緒不安定かよ)

 呆れともつかない溜め息を吐くと、大和の背中越しに言った。

「嫌いでもないから安心しろ、馬鹿桜雅。……まぁ先輩と約束してるのは本当だし、先に帰ってて」
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