【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華

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四章 夏本番、近付く距離

4‐10 慣れてるから

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 しばらくの沈黙のあと、やがて桜雅がごく小さな声で呟く。

「俺よりそいつがいい……?」

「え、ごめん何──」

 あまりに小さ過ぎて聞こえず、大和の前から一歩出る。

「だから! お兄ちゃんよりそこの奴がいいのか、って聞いてんの!」

「……うるさ」

 きぃんと鼓膜に響き、堪らず顔をそむける。

 すると視線の先に、つい先程まで一緒だった友人らが居た。

 雅玖はいち早く気付いてくれたようで、そっとアイコンタクトをした。

「丁度良かった。──なぁ、みんなー!」

 ちょいちょいと手招きしながら声を上げると雅玖や永睦、仁に羚架がやや小走りでこちらまで来る。

「まだ帰ってなかったのか」

「ひっ……!」

「桜雅さん、こんにちは!」

 ほど近くまで来た雅玖はゆるりと首を傾げ、桜雅を見つけて短い悲鳴を上げた永睦をそれとなく背中に隠す。

 仁は先程の態度はどこへやら、元気よく挨拶をした。

「えっ、と……誰?」

 状況を呑み込めていない羚架が怖々と尋ねてきたため、龍冴は小声で言う。

「俺の兄貴。まぁ似てないのはこの際置いといて」

 そこで言葉を切ると、未だぶつぶつと何かを呟いている桜雅の肩をぐいと摑んだ。

「兄さんが家の近くまで送ってくれるって」

「え」

 弟が何を言っているのか理解できていないらしく、桜雅は何度も目を瞬かせた。

 そしてじっと龍冴を見つめ、けれど震える唇が言葉を紡ぐ事はなかった。

「ちょーっと色々あってな。俺は鷹月先輩と帰るから、代わりに送ってもらって」

 な、と桜雅の肩に添えている手に力を込める。

「痛っ! ちょ、てててて! な、おい暴力反対!」

「先輩に摑み掛かろうとしてた馬鹿は誰だよ、あ?」

「……すんませんした」

 実際は未遂なのだが、それでも一触即発になりそうだったのは変わらない。
 龍冴の気迫に桜雅は力ない声でぼそりと呟くと、ちらりと大和を見た。

 しかし何を言うでもなく、ただ顔を俯けてから数秒。

 ややあって顔を上げた桜雅の口元には、柔和な笑みが浮かべられていた。

「──よし、じゃあみんな行こっか! うさぎちゃんは一番さい」

「最初でお願いします!」

 桜雅の言葉を半ば遮る形で、雅玖の背後に隠れたまま永睦が口早に言った。

 羚架はどうなのか知らないが、この中では永睦の最寄り駅が一番近いため、実際最初の方がいいだろう。

 もちろん桜雅もそれを知っているからだが、いつもの調子が戻ったようでひとまず安堵する。

「えー、仕方ないなぁ。じゃあ今度ね」

「何が!? いややっぱいいです、聞いたら俺が終わる気がする色々と」

「龍冴さんのお兄さん、かっこいいね」

「だろ、お菓子くれるし優しいんだよ~」

「なんで仁が得意げなんだ」

 わいわいと駐車場へ向かっていく友人らを見送り、龍冴はそこで息を吐いた。

「……やっと行った」

 毎度のことながら、桜雅が一度怒ったあとの情緒が心配になる。

 切り替えが早いのはいいことで桜雅の長所だと思うが、実際にこちらの言動で落ち込んだのは事実だろう。

 それでもどこまで本気で嘘なのかが未だに分からないため、そこが少しばかり厄介だった。
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