【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華

文字の大きさ
59 / 91
五章 離れたくない、そう思った

5‐03 憐憫の情

しおりを挟む
「っ……!」

 すると身体に衝撃が走り、慌てて踏ん張ろうとしたがそれも虚しく脚がもつれ、後ろに倒れる。

「な、なに……っ」

 反射的に手を突いたためか、手の平が痛い。

 けれどそれ以上に何をされたのか頭がはたらかず、龍冴は目を瞬かせた。

「……何、って? お前、自分が何言ったか分かってんの?」

 先程の比ではないほど低く冷たい声音に、ぞくりと悪寒が走る。

 あまりの恐怖から椰一の顔をまっすぐに顔を見れなくて、しかし怒っているのだけは感じ取れた。

「お前しか見てないのに、さっきも疑うようなこと言ってきて。……悲しいよ、俺は」

 言いながら椰一が目線を合わせるようにしゃがみ込み、手を伸ばしてくる。

「っ、う……」

 そろりと壊れ物を扱うような仕草で頬を撫でられ、なのに椰一に触れられたところから、うじゃうじゃと小さな虫が這い回るような怖気が走った。

 反射的に首を振って振り解きたかったが、それはできない。

 過度な恐怖で脳が命令を拒否しているのか、指先一つすら動かせないのだ。

「なぁ龍冴」

 不意に甘い声が聞こえ、龍冴はきつく閉じていた瞼をかすかに震わせた。

 こういう声をする時の椰一は自分勝手な態度を取る、と短い間ではあるがとうに知っているのだ。

 加えて先程までは苗字呼びだったのが名前に変わっているからか、いっそう怖気が増していく。

「俺のこと、好きだろ……?」

 猫撫で声で囁く言葉は、毒に似ている。

 ここで『嫌い』『好きじゃない』と言えば椰一は即座に顔を歪め、持てる限りの語彙で満足するまでののしるだろう。

 どんな言葉を言われようと、我慢すればいい。

 仮にどれほど身体を痛め付けられようと、周囲には適当な理由を付けて隠しさえすれば済む話だ。

 もっとも、後者に至っては目敏めざとい者──特に桜雅や雅玖であれば、すぐに勘付かれるだろう。

 そして、誰にやられたのか根掘り葉掘り聞くはずだ。

 どちらも本気で怒ると何をするか判断できかねるため、二人の気性の荒さも合わさると龍冴とてすぐには止められない。

(嫌いだ、お前なんか)

 龍冴は心の中であらん限りの感情を込め、椰一に言う『はずだった』言葉を呟いた。

 本当なら口汚く罵ってやりたい。

 数日前に女子生徒と何をしていたのか、何を言っていたのかを事細かに教えてやりたい。

 けれど椰一の言う『証拠』がなければ信じてくれないのはもちろん、罵られ損で殴られ損になってしまう。

 こちらが傷付くのはもはやどうでもいいが、何よりも目の前の相手に少しでもダメージを与えたかった。

 確たる証拠は無いものの、何か言わなければ椰一が更に言葉を重ねてくるのは必至だ。

 だというのに、龍冴の唇は針と糸で縫い付けられてしまったかのように、一言たりと声にならない。

 だから口を開く代わりに、きっと目の前の男を見つめる。

 睨み付ける、と言った方が正しいかもしれないが、そこまで気にしている余裕などなかった。

「……なんだよ、その目」

 案の定、椰一の顔がゆっくりと歪んでいく。

 無言というのはもちろん、誰かから睨まれるなど今まで無かったのだろう。

(……哀れだな)

 それほど椰一は華々しい人生を送ってきたのか、ちやほやされる毎日だったのか、その自信がどこから湧いてくるのか、すべてがとんと理解できない。

 ただ、この男の自尊心にほんの少しの傷を付けられたのは確かで、龍冴は内心で笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】

カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。 逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。 幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。 友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。 まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。 恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。 ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。 だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。 煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。 レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生 両片思いBL 《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作 ※商業化予定なし(出版権は作者に帰属) この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。 「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」 里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。 ★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2) ☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。 ☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!

処理中です...