【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華

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五章 離れたくない、そう思った

5‐05 本当の終わり

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「──龍冴」

 柔らかく自身の名を言いながら椰一の手がこちらに伸ばされ、龍冴は目を瞬かせる。

 何をするつもりなのか、という意味で見上げれば椰一は頬に笑みを浮かべていた。

 それは普段と何ら変わらず、むしろ気味が悪いほどだ。

 すべてはこの男に対してなんの感情も湧かなくなっているからだが、それにしても考えている事が予想できないから怖い。

 すると瞬時にこちらの思いを感じ取ったのか、椰一が続けて口を開いた。

「立てないだろ。ほら」

「は、っ……?」

 頭に疑問符が浮かぶ。

 つい先程自分が手を離し、それ以前に胸倉を摑んできたからこうなったのではないか。

 数秒前のことすら忘れ、こちらに手を差し伸べる神経が分からない。

 なのに優しさが見え隠れするのは、裏切ってしまった事へのせめてもの罪滅ぼしか。

 むろん、これくらいで無かった事に出来るほど龍冴とて甘くはない。

 現に何度も泣き、その数だけ自分はもちろん椰一のことを嫌いになったのだ。

 それが行き着く先は無感情で、ともすれば哀れだと同情するくらいだろう。

 自分でも何が正しいのか、つい数日前まで分からなかった。

 そんな中で優しくしてくれた相手──大和やまとに甘えてしまい、気付けば好きになってしまったのは迂闊だったかもしれない。

 悲しいかなどちらも短い時間しか話していないが、圧倒的に気を許しているのはいつの間にか椰一から大和に変わっていたのだ。

(鷹月先輩の方が、アンタよりずっと優しい)

 けれど見せ掛けだけの優しさで人の好意をもてあそぶ人間よりも、素の感情で伝えてくれる方がずっといい。

 それはほかでもない、大和と接していて気付いた事だ。

 思い返せば、椰一から与えられたものはどれもが上辺だけで、本音など終ぞ見せてくれなかったように思う。

「……ほんと、──ねぇ奴」

 すると龍冴が手を取らない事に痺れを切らしたのか、椰一はぼそりと何事かを呟く。

 あまりに小さ過ぎて聞こえなかったが、何を言っていたのかくらい容易に予想出来る。

(可愛くない、か)

 自分に従順なのはもちろん、ちょっとやそっとで怒らない相手が欲しかったのかもしれない。

 ただ、そこまで理想になれるかと言えば否だ。

 洗脳されているのと変わらず、付き合っているのにびくびくと顔色を伺っていくなどごめんだった。

「……んとに、馬鹿みてぇ」

 くつくつと喉の奥で笑う。

 それは自分に対してなのか、また椰一の人となりを知らずに付き合っている相手に対してなのか、あるいは両方かもしれない。

 龍牙は地面に手を突いたまま、椰一の去っていく後ろ姿を見つめながら、しばらくの間低く忍び笑う。

 端から見れば不気味なことこの上ないが、もはやそこまで気を遣う余裕はない。 

 頬に熱いものがいくつも伝っていくさまに、気付かないふりをした。
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