【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華

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Epilogue 穏やかな日常

7‐07 そういう雰囲気

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「っ、今じゃなくてもいいだろ」

 反射的にそう返したものの、要は恥ずかしいからだ。

 大和のことはずっと『先輩』と呼称を付けていたから、いざ恋人同士になって名前で呼ぶとなると、どうしても羞恥心の方が勝ってしまう。

 龍冴の表情が読み取りやすいのを逆手に取って、それを楽しんでいるのも理解している。

 大和の前でだけ素直になれない自分も、意思に反して冷たい態度を取ってしまう自分も、嫌になってしまうのは時間の問題だろう。

 あえて聞いてくるのは龍冴の口から聞きたいからで、それに応えたいと思う。

 ただ、自身が一度決めた事に対して大和は頑として動かず、また意地悪く笑ってくるのがお約束だった。

 その顔を殴ってやりたいと思う反面、大和の面差しは、他の人間に比べて整っている。

 恋人だから補正が掛かっているのかもしれないが、思うだけで本当に殴れなどしない事もまた十分過ぎるほど理解していた。

(おかしい、本当におかしい。最初は俺がリードしてたのに……!)

 キスはもちろん、息継ぎの仕方すら経験がなかったらしく、教えたのは龍冴だった。

 大和の何もかもの初めてになれたのが嬉しくて、それこそ少しやり過ぎてしまったかもな、と反省したものだ。

 しかし身体を繋げる時になると、大和はこちらが驚くほど戸惑っていた。

『待って、これ本当に入るん……?』

 男がどこで気持ちよくなるのか漠然とながら知っていたようで、実際にするとなると信じられないものを見るような瞳を向けていたのは可愛らしい思い出だ。

 ──と、その時は本気でそう思っていた。

 夏休みというのもあって、互いに時間が合えば大和の家に行くか、近場のホテルで身体を繋げている。

 十代の体力、それも幼少期からサッカーでつちかわれた持久力も合わさって一度で終わるはずもなく、結果的にこちらが色々と泣かされているのだが。

 今日は特に普段よりも声が出ず、掠れてしまうのは何も大和に愛されただけが原因ではない。

(こんなことなら泣かなけりゃよかった……)

 心の中でそう思っていても雅玖はもちろんのこと、和解すると決めていた幸の前で泣かないのは不可能だっただろう。

「だぁめ。俺は今がいいの」

 もやもやとした気持ちのまま一人考えていると、更に甘さを増した声音とともに大和が密着してくる。

 同時に自然な動きで腰を引き寄せられ、流れで大和の方を見つめた。

「っ……!」

 互いの唇が触れ合いそうなほど、まつ毛の一本一本が分かるほどの距離だった。

 唐突な距離感に、龍冴は反射的に身をよじって逃げようとする。

 けれどわずかに早く大和の顔が近付き、掠める程度に頬へ口付けられた。

 龍冴は自身の持てる限りの力を腕に込め、ぐいと大和の胸を押す。

 幸いにもすぐに離れてくれ、だというのにその表情はイタズラが成功した子供のように嬉しそうだ。

 ただ、何を言うでもなく大和はじっとこちらを見つめている。

 公衆の面前で人通りは多くないというのを抜きにしても、いつ視線がこちらに向くとも限らない。

「っバカ……やま、と」

 大和の言う通りにするのはしゃくで、それでも小声ではあったが、なんとか恋人の名前を絞り出す。

 顔が真っ赤になっているのは、わざわざ指摘されずとも分かる。

「──っふ、ふ」

 同時にかすかな笑い声が聞こえ、文字通り泣きそうになった。

(なんで笑うんだ、こっちはせっかく……!)

 一刻も早くこの窮地から逃げたくて、龍冴はきっと大和を睨み付ける。

「……や、ごめん。改めて言われたら結構破壊力あるな、名前で呼ばれるの」

 俺の方から言ったのに、と大和が照れ臭そうにがしがしと頭を掻く。

 それだけでは飽き足らず、ふいと明後日の方を向いて顔をあおぐ。

「暑いな、ここ。どっか涼しいとこ入るか」

 羞恥を感じているのは自分だけではないようで安心したが、何か誤魔化されている気がしてならなかった。

(……俺も)

 何か返したい、と一度でも強く思ってしまうと、人間というものは即座に行動に移せるらしい。

「……龍冴?」

 行かないのか、と先に歩き出そうとしていた大和が、ややいぶかしげにこちらを振り向く。

 そこから先は、自分でも一瞬だった。

「は、っ……?」

 大和の手首をぐいと摑み、先程不意打ちをされた時と同様、触れるだけのキスをした。

「……仕返し」

 へへ、と緩やかに口角を上げる。

 身長差が普段よりもあったため、位置がずれて唇の端になってしまった。

 しかし龍冴は達成感でいっぱいだったため、大和の表情の変化に少しも気付いていない。
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