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一章
酒場での出会い 3
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翌朝、階段を降りるとカウンターには既にセオドアが居た。
「お、はよう……ござい、ます」
アレンは小さく頭を下げ、挨拶をする。
泊まらせて欲しいという旨を伝えると二つ返事で了承してくれ、改めて二階に向かった。
アレンの後を着いてきたセオドアにどこで寝るのか、と尋ねると『俺は床でいいよ』と言い、こちらがどんなに『ベッドを使ってくれ』と言っても首を縦に振らなかった。
(よく眠れたけど……)
まさか店兼住居だとは思わず、セオドアには悪いことをしてしまったという申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
しかし身体の疲れは取れており、むしろ今まで以上にすっきりとしている。
それよりもセオドアのベッドを占領してしまい、謝るべきか礼を言うべきか、ぐるぐると頭を駆け巡っていた。
「──おはよう、起きるの早いな」
セオドアはグラスを磨いていた手を止め、こちらを見つめてくる。
「ちゃんと眠れたか?」
金色の瞳は柔らかく細められており、とても凛晟が『セオドアさんは怖いから気を付けろ』と言っていた意味が分からなかった。
「あ、はい。……えっと、俺も手伝」
「いいから座ってな。これから一日中歩かされるだろうし、すぐに体力無くなるぞ」
手伝うと言う前に言葉を遮られ、続いて放たれた言葉にアレンは目を瞬かせる。
「え」
「黒猫と白い犬っころ──レオと凛晟が街を案内するって言ってるのを聞いてな。まぁなんだ……いいとこだから、そんなに気負わなくていい」
どうやら昨日話していたことを聞いていたようで、セオドアが頭を掻きながら言う。
心做しか気まずそうに視線を逸らし、しかし何事もなかったように微笑んだ。
「それより腹減ったろ? もうすぐ出来るから待ってな」
ぽん、とお約束のようにアレンの頭をひと撫ですると、セオドアは手際よく何かを作っていく。
「よ、おはようアレン──うお、セオドアさん!?」
すると大きな音を立てて扉が開き、同時に明るい声が聞こえてくる。
声がした方を振り返ると、凛晟が二歩三歩と後退っているのが視界に映った。
「なんだ、犬っころか。そんな化け物でも見たみたいな顔すんなよ」
自分の家に居て何が悪い、とセオドアは手を動かしながら凛晟にちらりと視線を向けて言う。
やや眉間に皺を寄せ、しかし尻尾はその声音に反して緩く揺れている。
「や、よく考えりゃ顔見てからそんな時間経ってないし……ビビったっていうか」
あはは、と凛晟はやんわりと微笑みながらアレンの隣りに座った。
「何作ってんの?」
すんすんと小さく鼻を鳴らしながら凛晟はカウンターに肘を突き、セオドアに問い掛ける。
「まだ教えねぇ」
「えー、なんでだよ!」
(レオ……)
アレンはすぐ傍で繰り広げられる掛け合いに耳を傾けながら、扉をじっと見つめた。
しかし誰かが入ってくる様子もなく、誰かが店の近くを通る足音すら聞こえない。
レオが酒場に来るのはまだ先のようで、アレンは人知れず溜め息を吐いた。
(なんだろう、昨日からおかしい)
ぼんやりとだが、意識を手放す前に長身の獣人に抱き抱えられたところまでは覚えている。
優しく温かな腕に安心して、半ば眠るように身体を委ねてしまった事も。
その相手がレオだからで、対面した時に抱いた言葉にできない感情にも説明がつくのではないか。
「これはアレンの分。お前の分はない」
「なんで!? オレだって腹減ってるのに!」
ふと聞こえた声に顔を向けると、凛晟が毛を逆立ててセオドアに噛み付いていた。
「万年金無し野郎にタダ飯やるわけないだろ。毎回、なんだかんだレオが払ってるってぇのに……って昨日の俺なら言ってるんだが、今は気分がいい」
言いながら、セオドアはアレンと凛晟の前にプレートを置いた。
昨日と同じパンを食べやすく切ったものと、こんがりと焼いたハムに卵、そして色とりどりの果物が載せられていた。
「……昨日なんて言って懐柔したんだ?」
「あ、えっと……」
こそこそと凛晟が耳に唇を寄せてきて、アレンは曖昧に微笑む。
(何も言ってないんだけど)
むしろ迷惑ばかり掛けており、申し訳ないと思っているほどだ。
「おい、聞こえてるぞ。──それともやっぱりいらなかったか?」
セオドアは凛晟のプレートを取り上げ、軽く眉を跳ねさせる。
「いる! いるから! ごめん、セオドアさん!」
だから食べさせてくれ、と凛晟は顔の前で手を合わせる。
ともすればくんくんと鼻を鳴らし、苛立ち混じりに尻尾を椅子に叩き付ける。
「ま、冗談。けど、あんまり好き勝手言ってるとつまみ出すからな」
しかしセオドアはすぐにプレートを置き、やんわりと片頬を上げて言った。
やや怒っている口調とは裏腹に声音は優しく、凛晟の様子に尻尾が楽しげに揺れている。
これもセオドアなりのコミュニケーションなのだと理解した反面、あまりにアレンの態度と違い過ぎて困惑するところもあった。
(……もっと仲良くなりたいなぁ)
己から話し掛ければいいと分かっているが、新参者も同然なのに突然こちらから話し掛けるのは迷惑ではないか、と考えが悪い方向に傾いてしまう。
(直さないと)
自分よりも小さな子に声を掛けるのは大丈夫だが、どうしても初対面の、特に少し上の者には緊張してしまい上手く話せないのだ。
しかし凛晟のような、明るい性格の獣人には次々に言葉が出てくるから不思議だと思う。
「──賑やかだな」
しばらくしてゆっくりと扉が開き、低い声を耳が拾った。
凛晟とほぼ同時にそちらに顔を向けると、扉の前にレオが立っているのが視界に入る。
昨日とはまた違った黒い着流しの服で、しかし長い黒髪はすべてまとめて高い位置で結っていた。
「遅いぞ、レオ! ……もう食べ終わるからちょっと待て」
凛晟はそう言うが早いかプレートを持ち上げ、大急ぎで料理を口に入れる。
アレンはアレンでとうに完食しており、セオドアの勧めで温かい茶を飲んでいた。
「おい、あんまり急ぐと喉に詰まるぞ」
セオドアがやんわり声を掛けると、凛晟はもぐもぐと口を動かしながら親指を立てた。
「だいじょーぶ、ん……げほっ!?」
「あー、ほら。言わんこっちゃない」
声を出すとすぐに大きく噎せた凛晟の前に、セオドアが慌ててグラスに水を注いで渡す。
「……ちゃんと待ってるからゆっくり食べろ、馬鹿」
扉にほど近いテーブルに座ったレオが、呆れた声で続ける。
「野暮用があってな、これでも急いできたんだが……アレンは別として、お前は朝も食べてないのか」
「だ……って、アレンに早く会いたくてさ。寝て起きたらすぐ来たんだ」
水を飲んで落ち着いたのか、凛晟はそこで息を吐く。
ちらりとアレンを見つめ、ゆっくりと続けた。
「ダチだし、それに兄貴分として色々教えないとだろ? 見たところ一人で来たっぽいし……助け合わねぇと」
な、と凛晟は淡くはにかむ。
話す度にちらちらと覗く犬歯は可愛らしく、その感情に呼応するように尻尾が左右に揺れている。
「あ、ありがとう。俺の……ために」
アレンは凛晟に向けて頭を下げ、きゅうと人知れず手の平を握り締めた。
こうでもしていないと感情が溢れてしまいそうで、それと同時に凛晟が向けてくれる優しさがありがたかった。
「いいって、そんな。なぁそれよりどこに行く? オレのお勧めは──」
「ってのは建前で、本音はタダでセオの飯食いにきたんじゃないのか」
ふとレオが放った言葉は先程セオドアが言っていたものと同じで、凛晟は壊れた機械のようにそちらを振り返る。
「そ、そそそんな、わけ……ないだろ! おかしいこと言うなっ……いてててて!?」
「嬉しいねぇ。凛晟はそんなに俺の飯が好きなのかぁ」
間延びした声はセオドアのもので、凛晟の頭を大きな手でがっちりと摑んでいる。
「ちょ、セオドアさん……? あの、これは」
見る間に耳と尻尾を下げ、凛晟がきょろきょろと落ち着きなく視線を動かす。
まるで何をされるのか理解しているようで、しかし椅子から立ち上がることなくただされるがままになっている。
「……よく考えりゃ、お前が貯めに貯めたツケの分があるんだった。今日は一日働いてもらうぞ」
ひゅう、とすぐ傍に座る凛晟の喉から、あえかな悲鳴が聞こえた気がした。
「や、だって……言ったら?」
恐る恐る問い掛けるさまは小動物のようで、アレンが言えたことではないがとても同じ肉食系獣人とは思えない。
「強制するに決まってんだろ?」
にっこりと手本のような笑みを浮かべ、セオドアがレオに向けてぶっきらぼうに投げ掛けた。
「ってことでレオ、アレン連れてとっとと出て行ってくれ。こいつは俺が見張っとくから」
「は!? なんで勝手に決めて……痛ぇ!」
セオドアは凛晟を華麗に無視し、アレンを見つめると『行っておいで』と声を出さずに唇を動かす。
「う、うん」
小さく頷くと、セオドアは緩く口角を上げる。
優しい瞳は凛晟に向けるものともレオに向けるものとも違い、戸惑いもあったがアレンは金色のそれがなぜか空恐ろしく感じた。
「……よし、じゃあ行くか」
セオドアの言葉を合図にレオは椅子から立ち上がり、扉に手を掛ける。
「アレン」
顔だけを振り向かせ、こちらに手を伸ばしてくる。
手を摑めという意図だと理解したが、アレンとてもう子どもではない。
(馬鹿にするな)
少しの苛立ちに任せ、勢いのまま椅子から立ち上がる。
(あ、忘れてた)
外に出るまで後一歩のところで振り返ると、未だ何かを言い争っている二人に声を掛けた。
「いってきます!」
凛晟とセオドアは何を言われたのか分からない、といったふうにきょとんと目を丸くしている。
レオですら目を瞬かせていたが、やがてアレンの肩に手を添えて顔を覗き込んできた。
「挨拶、大事だよな」
くすくすと小さく笑っているレオの様子に、そこで自分が大きな声を出していたことにやっと気付く。
加えて普通は挨拶はしないものだと察し、二重で恥ずかしくなった。
「あ、え、ごめ」
「謝らなくていい。……ほら、行くぞ」
そっと肩を抱かれ、外に出るよう促される。
「……いってらっしゃい、アレン」
背後から凛晟の小さな声が聞こえたが、アレンが振り向く前に静かに扉が閉まった。
「お、はよう……ござい、ます」
アレンは小さく頭を下げ、挨拶をする。
泊まらせて欲しいという旨を伝えると二つ返事で了承してくれ、改めて二階に向かった。
アレンの後を着いてきたセオドアにどこで寝るのか、と尋ねると『俺は床でいいよ』と言い、こちらがどんなに『ベッドを使ってくれ』と言っても首を縦に振らなかった。
(よく眠れたけど……)
まさか店兼住居だとは思わず、セオドアには悪いことをしてしまったという申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
しかし身体の疲れは取れており、むしろ今まで以上にすっきりとしている。
それよりもセオドアのベッドを占領してしまい、謝るべきか礼を言うべきか、ぐるぐると頭を駆け巡っていた。
「──おはよう、起きるの早いな」
セオドアはグラスを磨いていた手を止め、こちらを見つめてくる。
「ちゃんと眠れたか?」
金色の瞳は柔らかく細められており、とても凛晟が『セオドアさんは怖いから気を付けろ』と言っていた意味が分からなかった。
「あ、はい。……えっと、俺も手伝」
「いいから座ってな。これから一日中歩かされるだろうし、すぐに体力無くなるぞ」
手伝うと言う前に言葉を遮られ、続いて放たれた言葉にアレンは目を瞬かせる。
「え」
「黒猫と白い犬っころ──レオと凛晟が街を案内するって言ってるのを聞いてな。まぁなんだ……いいとこだから、そんなに気負わなくていい」
どうやら昨日話していたことを聞いていたようで、セオドアが頭を掻きながら言う。
心做しか気まずそうに視線を逸らし、しかし何事もなかったように微笑んだ。
「それより腹減ったろ? もうすぐ出来るから待ってな」
ぽん、とお約束のようにアレンの頭をひと撫ですると、セオドアは手際よく何かを作っていく。
「よ、おはようアレン──うお、セオドアさん!?」
すると大きな音を立てて扉が開き、同時に明るい声が聞こえてくる。
声がした方を振り返ると、凛晟が二歩三歩と後退っているのが視界に映った。
「なんだ、犬っころか。そんな化け物でも見たみたいな顔すんなよ」
自分の家に居て何が悪い、とセオドアは手を動かしながら凛晟にちらりと視線を向けて言う。
やや眉間に皺を寄せ、しかし尻尾はその声音に反して緩く揺れている。
「や、よく考えりゃ顔見てからそんな時間経ってないし……ビビったっていうか」
あはは、と凛晟はやんわりと微笑みながらアレンの隣りに座った。
「何作ってんの?」
すんすんと小さく鼻を鳴らしながら凛晟はカウンターに肘を突き、セオドアに問い掛ける。
「まだ教えねぇ」
「えー、なんでだよ!」
(レオ……)
アレンはすぐ傍で繰り広げられる掛け合いに耳を傾けながら、扉をじっと見つめた。
しかし誰かが入ってくる様子もなく、誰かが店の近くを通る足音すら聞こえない。
レオが酒場に来るのはまだ先のようで、アレンは人知れず溜め息を吐いた。
(なんだろう、昨日からおかしい)
ぼんやりとだが、意識を手放す前に長身の獣人に抱き抱えられたところまでは覚えている。
優しく温かな腕に安心して、半ば眠るように身体を委ねてしまった事も。
その相手がレオだからで、対面した時に抱いた言葉にできない感情にも説明がつくのではないか。
「これはアレンの分。お前の分はない」
「なんで!? オレだって腹減ってるのに!」
ふと聞こえた声に顔を向けると、凛晟が毛を逆立ててセオドアに噛み付いていた。
「万年金無し野郎にタダ飯やるわけないだろ。毎回、なんだかんだレオが払ってるってぇのに……って昨日の俺なら言ってるんだが、今は気分がいい」
言いながら、セオドアはアレンと凛晟の前にプレートを置いた。
昨日と同じパンを食べやすく切ったものと、こんがりと焼いたハムに卵、そして色とりどりの果物が載せられていた。
「……昨日なんて言って懐柔したんだ?」
「あ、えっと……」
こそこそと凛晟が耳に唇を寄せてきて、アレンは曖昧に微笑む。
(何も言ってないんだけど)
むしろ迷惑ばかり掛けており、申し訳ないと思っているほどだ。
「おい、聞こえてるぞ。──それともやっぱりいらなかったか?」
セオドアは凛晟のプレートを取り上げ、軽く眉を跳ねさせる。
「いる! いるから! ごめん、セオドアさん!」
だから食べさせてくれ、と凛晟は顔の前で手を合わせる。
ともすればくんくんと鼻を鳴らし、苛立ち混じりに尻尾を椅子に叩き付ける。
「ま、冗談。けど、あんまり好き勝手言ってるとつまみ出すからな」
しかしセオドアはすぐにプレートを置き、やんわりと片頬を上げて言った。
やや怒っている口調とは裏腹に声音は優しく、凛晟の様子に尻尾が楽しげに揺れている。
これもセオドアなりのコミュニケーションなのだと理解した反面、あまりにアレンの態度と違い過ぎて困惑するところもあった。
(……もっと仲良くなりたいなぁ)
己から話し掛ければいいと分かっているが、新参者も同然なのに突然こちらから話し掛けるのは迷惑ではないか、と考えが悪い方向に傾いてしまう。
(直さないと)
自分よりも小さな子に声を掛けるのは大丈夫だが、どうしても初対面の、特に少し上の者には緊張してしまい上手く話せないのだ。
しかし凛晟のような、明るい性格の獣人には次々に言葉が出てくるから不思議だと思う。
「──賑やかだな」
しばらくしてゆっくりと扉が開き、低い声を耳が拾った。
凛晟とほぼ同時にそちらに顔を向けると、扉の前にレオが立っているのが視界に入る。
昨日とはまた違った黒い着流しの服で、しかし長い黒髪はすべてまとめて高い位置で結っていた。
「遅いぞ、レオ! ……もう食べ終わるからちょっと待て」
凛晟はそう言うが早いかプレートを持ち上げ、大急ぎで料理を口に入れる。
アレンはアレンでとうに完食しており、セオドアの勧めで温かい茶を飲んでいた。
「おい、あんまり急ぐと喉に詰まるぞ」
セオドアがやんわり声を掛けると、凛晟はもぐもぐと口を動かしながら親指を立てた。
「だいじょーぶ、ん……げほっ!?」
「あー、ほら。言わんこっちゃない」
声を出すとすぐに大きく噎せた凛晟の前に、セオドアが慌ててグラスに水を注いで渡す。
「……ちゃんと待ってるからゆっくり食べろ、馬鹿」
扉にほど近いテーブルに座ったレオが、呆れた声で続ける。
「野暮用があってな、これでも急いできたんだが……アレンは別として、お前は朝も食べてないのか」
「だ……って、アレンに早く会いたくてさ。寝て起きたらすぐ来たんだ」
水を飲んで落ち着いたのか、凛晟はそこで息を吐く。
ちらりとアレンを見つめ、ゆっくりと続けた。
「ダチだし、それに兄貴分として色々教えないとだろ? 見たところ一人で来たっぽいし……助け合わねぇと」
な、と凛晟は淡くはにかむ。
話す度にちらちらと覗く犬歯は可愛らしく、その感情に呼応するように尻尾が左右に揺れている。
「あ、ありがとう。俺の……ために」
アレンは凛晟に向けて頭を下げ、きゅうと人知れず手の平を握り締めた。
こうでもしていないと感情が溢れてしまいそうで、それと同時に凛晟が向けてくれる優しさがありがたかった。
「いいって、そんな。なぁそれよりどこに行く? オレのお勧めは──」
「ってのは建前で、本音はタダでセオの飯食いにきたんじゃないのか」
ふとレオが放った言葉は先程セオドアが言っていたものと同じで、凛晟は壊れた機械のようにそちらを振り返る。
「そ、そそそんな、わけ……ないだろ! おかしいこと言うなっ……いてててて!?」
「嬉しいねぇ。凛晟はそんなに俺の飯が好きなのかぁ」
間延びした声はセオドアのもので、凛晟の頭を大きな手でがっちりと摑んでいる。
「ちょ、セオドアさん……? あの、これは」
見る間に耳と尻尾を下げ、凛晟がきょろきょろと落ち着きなく視線を動かす。
まるで何をされるのか理解しているようで、しかし椅子から立ち上がることなくただされるがままになっている。
「……よく考えりゃ、お前が貯めに貯めたツケの分があるんだった。今日は一日働いてもらうぞ」
ひゅう、とすぐ傍に座る凛晟の喉から、あえかな悲鳴が聞こえた気がした。
「や、だって……言ったら?」
恐る恐る問い掛けるさまは小動物のようで、アレンが言えたことではないがとても同じ肉食系獣人とは思えない。
「強制するに決まってんだろ?」
にっこりと手本のような笑みを浮かべ、セオドアがレオに向けてぶっきらぼうに投げ掛けた。
「ってことでレオ、アレン連れてとっとと出て行ってくれ。こいつは俺が見張っとくから」
「は!? なんで勝手に決めて……痛ぇ!」
セオドアは凛晟を華麗に無視し、アレンを見つめると『行っておいで』と声を出さずに唇を動かす。
「う、うん」
小さく頷くと、セオドアは緩く口角を上げる。
優しい瞳は凛晟に向けるものともレオに向けるものとも違い、戸惑いもあったがアレンは金色のそれがなぜか空恐ろしく感じた。
「……よし、じゃあ行くか」
セオドアの言葉を合図にレオは椅子から立ち上がり、扉に手を掛ける。
「アレン」
顔だけを振り向かせ、こちらに手を伸ばしてくる。
手を摑めという意図だと理解したが、アレンとてもう子どもではない。
(馬鹿にするな)
少しの苛立ちに任せ、勢いのまま椅子から立ち上がる。
(あ、忘れてた)
外に出るまで後一歩のところで振り返ると、未だ何かを言い争っている二人に声を掛けた。
「いってきます!」
凛晟とセオドアは何を言われたのか分からない、といったふうにきょとんと目を丸くしている。
レオですら目を瞬かせていたが、やがてアレンの肩に手を添えて顔を覗き込んできた。
「挨拶、大事だよな」
くすくすと小さく笑っているレオの様子に、そこで自分が大きな声を出していたことにやっと気付く。
加えて普通は挨拶はしないものだと察し、二重で恥ずかしくなった。
「あ、え、ごめ」
「謝らなくていい。……ほら、行くぞ」
そっと肩を抱かれ、外に出るよう促される。
「……いってらっしゃい、アレン」
背後から凛晟の小さな声が聞こえたが、アレンが振り向く前に静かに扉が閉まった。
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