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〇1章【すれちがいと夜】
3節~灯る想い~ 6
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「塚原先輩! これ、先方に提出お願いします!」
自分の声が、やけに明るく響いた。
胸の奥から湧き上がる達成感が、声に乗って漏れ出した気がする。
蛍光灯の光が白く照り返すオフィスで、パソコンのファンの低い音と、どこかで鳴るコピー機の機械音が混ざり合っている。
その慌ただしい空気の中心で、キリカは資料を両手で掲げていた。
まるで、自分の努力そのものを差し出すように。
この数日、眠る時間も惜しんで積み上げたものが、今ここに形となってある。
「了解! ほんと、助かったよ明坂ちゃん!」
麻衣がこちらに笑みを向ける。その表情に、張り詰めていた胸の糸がふっと緩んだ。
業務の達成が、チームに貢献することが、こんなにも嬉しく感じられるなんて……かつての自分では想像すらしなかった感情だ。
「ギリギリだったんでしょ~? やるねぇ明坂ちゃん!」
ちひろが椅子を半回転させ、ひょいと顔を覗き込む。茶化すような声色なのに、その目はどこまでも優しい。
「お疲れ様」
しおりの手がポン、と頭を軽く叩く。その優しい感触が、髪越しに残る。
「……はい、ありがとございます」
すみれは何も言わず、冷えたエナジードリンクをキリカのデスクに置いた。
差し出されるその缶は、まるで『次も頑張れ』と無言で伝えるみたいだ。
「えっ、これ、まだ働けってことですか!? 」
驚いて口を尖らせると、周囲からどっと笑い声が広がった。
みんなが笑っている。キリカもつられて笑った。
その笑い声が、胸の奥を温かく満たしていく。
ここに、自分の居場所がある――そう思えた。
この努力が、ちゃんと誰かに届いている。そんな確信が胸の奥で小さく灯る。
……そのときだった。
不意に、背筋を撫でるような冷たい感覚が走った。
視線だ。
気づけば、私の目はその方向を追っていた。
そこにいたのは、ヒロトだった。
「……あの、中町先輩……」
いつの間にか、その名前が口をついていた。
何かを言おうとしたのに、舌がもつれて声にならない。
喉が乾き、言葉が見つからない。
「えっと、その……」
「……お前、こんな夢見てて大丈夫か?」
その声は、驚くほど冷たく聞こえた。
呆れと軽い諫めが入り混じった響き。
その瞬間、視界がぐらりと反転した気がした。
――世界が崩れた。
まぶたの裏で、何かが割れる音がした。
「……んぅ……」
まぶたがゆっくりと持ち上がる。
重たい目を瞬かせると、モニターの青白い光が目に刺さった。
乾きかけた瞳がじわりと痛む。
そこはもう、誰もいないオフィスだった。
蛍光灯の半分は消え、薄暗い光が天井にぼんやりと滲む。
キーボードもマウスも沈黙し、時間が止まったような静寂が支配していた。
さっきまで聞こえていたはずの笑い声も、優しい手の感触も――すべて幻だった。
……夢?
自分が夢を見ていたと気づいた瞬間、心臓が跳ねる。
寝てた――?
その事実が、喉に棘のように刺さった。
パソコンのマウスに手を伸ばすと、スリープから覚めた画面が無言の現実を突きつけてくる。
そこにあったのは、未完成の企画書。
カーソルが、何もない余白で虚しく瞬いていた。
一分一秒が惜しい状況で、私は……眠っていた?
恐怖と焦りが一気に胸を締めつけた。
息が詰まりそうだった。鼓動が耳の奥でやかましく暴れている。
信じられない。こんな状況で何をしているんだ、自分は。
椅子から勢いよく身を起こした拍子に、肩から何かが落ちた。
ブランケットだった。
「……?」
呆然と拾い上げようとした手が、途中で止まった。
これは……キリカのものじゃない。
そんな余裕、この数日なかったし、置いていた記憶もない。
じゃあ、誰が――?
視線の先に、もうひとつの光があることに気づいた。
奥のデスク。
蛍光灯とは違う、パソコンのバックライトが静かに周囲を照らしていた。
その前に座る人影は、モニターと資料を何度も往復していた。
肩の線、背中の角度だけで、誰かがすぐに分かった。
「……先輩……」
かすかな声が、喉の奥で震える。
届くはずのない、小さな呟き。
そこには、彼がいた。
幻じゃない。現実の、この薄暗いオフィスに。
静かな光を浴びて、ただ一心に手を動かしていた。
自分の声が、やけに明るく響いた。
胸の奥から湧き上がる達成感が、声に乗って漏れ出した気がする。
蛍光灯の光が白く照り返すオフィスで、パソコンのファンの低い音と、どこかで鳴るコピー機の機械音が混ざり合っている。
その慌ただしい空気の中心で、キリカは資料を両手で掲げていた。
まるで、自分の努力そのものを差し出すように。
この数日、眠る時間も惜しんで積み上げたものが、今ここに形となってある。
「了解! ほんと、助かったよ明坂ちゃん!」
麻衣がこちらに笑みを向ける。その表情に、張り詰めていた胸の糸がふっと緩んだ。
業務の達成が、チームに貢献することが、こんなにも嬉しく感じられるなんて……かつての自分では想像すらしなかった感情だ。
「ギリギリだったんでしょ~? やるねぇ明坂ちゃん!」
ちひろが椅子を半回転させ、ひょいと顔を覗き込む。茶化すような声色なのに、その目はどこまでも優しい。
「お疲れ様」
しおりの手がポン、と頭を軽く叩く。その優しい感触が、髪越しに残る。
「……はい、ありがとございます」
すみれは何も言わず、冷えたエナジードリンクをキリカのデスクに置いた。
差し出されるその缶は、まるで『次も頑張れ』と無言で伝えるみたいだ。
「えっ、これ、まだ働けってことですか!? 」
驚いて口を尖らせると、周囲からどっと笑い声が広がった。
みんなが笑っている。キリカもつられて笑った。
その笑い声が、胸の奥を温かく満たしていく。
ここに、自分の居場所がある――そう思えた。
この努力が、ちゃんと誰かに届いている。そんな確信が胸の奥で小さく灯る。
……そのときだった。
不意に、背筋を撫でるような冷たい感覚が走った。
視線だ。
気づけば、私の目はその方向を追っていた。
そこにいたのは、ヒロトだった。
「……あの、中町先輩……」
いつの間にか、その名前が口をついていた。
何かを言おうとしたのに、舌がもつれて声にならない。
喉が乾き、言葉が見つからない。
「えっと、その……」
「……お前、こんな夢見てて大丈夫か?」
その声は、驚くほど冷たく聞こえた。
呆れと軽い諫めが入り混じった響き。
その瞬間、視界がぐらりと反転した気がした。
――世界が崩れた。
まぶたの裏で、何かが割れる音がした。
「……んぅ……」
まぶたがゆっくりと持ち上がる。
重たい目を瞬かせると、モニターの青白い光が目に刺さった。
乾きかけた瞳がじわりと痛む。
そこはもう、誰もいないオフィスだった。
蛍光灯の半分は消え、薄暗い光が天井にぼんやりと滲む。
キーボードもマウスも沈黙し、時間が止まったような静寂が支配していた。
さっきまで聞こえていたはずの笑い声も、優しい手の感触も――すべて幻だった。
……夢?
自分が夢を見ていたと気づいた瞬間、心臓が跳ねる。
寝てた――?
その事実が、喉に棘のように刺さった。
パソコンのマウスに手を伸ばすと、スリープから覚めた画面が無言の現実を突きつけてくる。
そこにあったのは、未完成の企画書。
カーソルが、何もない余白で虚しく瞬いていた。
一分一秒が惜しい状況で、私は……眠っていた?
恐怖と焦りが一気に胸を締めつけた。
息が詰まりそうだった。鼓動が耳の奥でやかましく暴れている。
信じられない。こんな状況で何をしているんだ、自分は。
椅子から勢いよく身を起こした拍子に、肩から何かが落ちた。
ブランケットだった。
「……?」
呆然と拾い上げようとした手が、途中で止まった。
これは……キリカのものじゃない。
そんな余裕、この数日なかったし、置いていた記憶もない。
じゃあ、誰が――?
視線の先に、もうひとつの光があることに気づいた。
奥のデスク。
蛍光灯とは違う、パソコンのバックライトが静かに周囲を照らしていた。
その前に座る人影は、モニターと資料を何度も往復していた。
肩の線、背中の角度だけで、誰かがすぐに分かった。
「……先輩……」
かすかな声が、喉の奥で震える。
届くはずのない、小さな呟き。
そこには、彼がいた。
幻じゃない。現実の、この薄暗いオフィスに。
静かな光を浴びて、ただ一心に手を動かしていた。
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