好きの手前と、さよならの向こう

茶ノ畑おーど

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〇2章【波乱と温泉】

6節~〇〇な人~ 5

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「はい、では二回戦に参りまーす!」

元気なスタッフの声が広場に響く。
その声に促されるように、次の参加者たちが壇上へと移動していった。
春の陽光が斜めから差し込み、汗ばむ空気の中で笑い声と拍手が交錯している。

背筋をピンと伸ばしたキリカの姿が見える。
肩に入った無駄な力、ぎこちない足取り。
その様子に、ヒロトは思わず吹き出しそうになった。

「おい、気負いすぎだろ」

ポン、と背中を軽く叩く。
途端にキリカの体がピクリと跳ね、うるんだ瞳で睨まれた。

「だ、だって、変なお題が出たらどうするんですかっ……!」

「んなもん、今から警戒しても仕方ないだろ。困ったら俺を連れてけばいい」

軽く言い放つその声に、キリカの肩が一瞬止まる。
驚いたように目を丸くして、それから慌てて視線を逸らした。

「……その言葉、あとから撤回させませんからね」

捨て台詞のように言い残し、裾を揺らして列に並ぶ。
少しだけ紅潮した耳が、ヒロトの視界の端に残った。

「大丈夫~? あんなカッコイイこと言っちゃって」

出番を終えた麻衣が、紙コップを手に実に楽しそうな顔で言った。

「どうするの、『愛する人』とか書かれてたら」

「……ウチの会社の連中も、さすがにそこまでアホじゃないだろ」

ヒロトがぼやいたその瞬間、背中にドンッと衝撃が走った。

「おい、中町! 前のゲームでミスったお前らの方が、お題が簡単じゃねーか!?」

声の主は倉本。息を弾ませ、顔を真っ赤にしながら現れた。
ヒロトはため息交じりに振り返る。

「いやぁ、圧巻だったよ。タイヤ抱えて走ってきたとき、会場めっちゃ沸いてたぞ」

「だろ!? 俺、あの瞬間、英雄扱いされてたもん!」

「でも結局ビリだったじゃねぇか」

「お題が悪い! 『丸いもの』って書かれてたら、タイヤ持ってくるだろ普通!」

どこが普通だ、と思いながらも、ヒロトは肩を震わせて笑った。
脳裏に、全身でタイヤを抱えながら必死に走る倉本の姿が蘇る。
あのときの観客のどよめきが、まだ耳に残っている気がした。

「は~あ、明坂ちゃん、『尊敬する先輩』とかで俺の手を引いてくれないかなぁ……」

「……『こうはなりたくない先輩』なら、ワンチャンあるかもな」

ヒロトが返すと、隣の麻衣もほぼ同時に吹き出した。
倉本が「ひどい!」と頭を抱える。

視線を壇上へ戻せば、そこには緊張をまとったキリカの姿。
手元のカードをぎゅっと掴む指先に、真面目さと不安が入り混じっていた。

「では、スタート!」

掛け声とともに、参加者たちが一斉にカードを裏返し、駆け出す。
だが――やはり、キリカだけは動かなかった。

眉間に皺を寄せ、視線はカードに釘付け。
みるみるうちに頬が赤くなり、困ったように顔を上げ、下げ、また上げる。
額のあたりにかすかな汗が浮かび、両手が行き場を失ってもじもじと動く。

「……あ~、もうっ!」

ついに腹を括ったように、キリカはカードを胸に抱え、壇上を降りた。
真っすぐこちらへ歩いてくるその勢いに、周囲の視線が集まる。

「えっ、えっ!? 明坂ちゃん、もしかして、俺っ!?」

倉本が期待に満ちた声を上げた瞬間――
キリカはそれを完全に無視して、ヒロトの服の裾をちょんと掴んだ。

「……先輩が言ったんですからね」

顔を上げずにそれだけ言うと、ぐいっと彼を引っ張っていく。

「中町っ……お前……お前ぇぇっ!!」

倉本の断末魔のような叫びが会場に響く。
「あらあら」と麻衣が笑いながら手を振り、空気は再び沸き立った。

「いやぁ、人気者ですね! さて、気になるお題は……『お兄ちゃんにしたい人』とかでしょうか?」

進行役の茶化すような声。
キリカはうつむき、両手でカードを隠すように持った。

「こ、これ……見せなきゃダメですか?」

「失格でもよければ、秘密にしておいてもらっても大丈夫でーす!」

無慈悲な言葉に、笑いを含んだざわめきが起こる。
キリカは小さく唇を噛み、やがて観念したように頷く。
そして、そっとカードを差し出した。

「お題は……おぉ、『この旅行で、一番話を聞いてほしい人』でした~! きゃ~!」

スタッフの声が響くと同時に、どよめきが広がる。
キリカは顔を覆い、ヒロトは「おいおい」と頭をかく。

「中町! ずるいぞ! 密会するつもりか!」

倉本の声だった。
いつも通りの大声と無駄な元気が、張りつめかけた空気を一気にほぐしていく。
わざとらしい叫びに、周囲からくすくすと笑いが漏れた。
その笑いの波に乗るように、しおりとちひろの声が飛ぶ。

「明坂ちゃーん、ちゃんとこの前のお礼、言わないとだもんねー!」

「倉本さんが変なこと言うから、みんな勘違いしちゃうでしょ!」

「え、俺のせい!?」

見事に飛び火した倉本が、両手を上げて抗議する。
そのコミカルな姿に、あちこちのテーブルで小さな笑いが広がった。

そんな空気の中で、誰かがぽつりと呟く。
「でもまぁ、あの二人、徹夜で資料仕上げたんだよな」

ヒロトとキリカが一晩かけてイチから資料を完成させたことは、すでに尾ひれがつき、社内でちょっとした逸話になっている。
麻衣が事前に根回ししていたおかげで、「なるほど、そういうことか」と皆が合点し、それ以上の詮索も、冷やかしもなく、自然と次のゲームへと流れていった。

「お疲れ様、明坂ちゃん」

麻衣が軽く肩を叩くと、キリカは小さく息を吐いた。
それを見て、麻衣は口の端を上げる。

そしてヒロトに向けて、ほんの一瞬だけ鋭い視線を送った。
――これ以上、変な勘違いをされないようにしてあげて。
そんな無言のメッセージ。

「はいはい」と頭を掻きながら、ヒロトは壇上へと上がった。
アクティビティもいよいよラスト。借り物競争を締めるのは、彼の役目だった。

「それでは――スタートです!」

合図と同時にカードを裏返す。
そこに書かれた一文を見た瞬間、ヒロトはほんの一拍だけ黙り込んだ。
そして、ゆっくりと会場を見渡す。

笑顔で見守る社員たち、興味津々に覗き込む女子チーム。
先ほどのキリカの一件で、どこかざわついた期待が漂っているのを感じながら、ヒロトは一度だけ小さく息をつき、壇上を降りた。

その足取りには、全く迷いを感じさせない。
まっすぐに、ある人物の前へと進み出る。

「……えっ!? わ、私ですかっ!?」

驚きの声が上がり、会場が一瞬ざわめく。
指名された本人――ちひろが目を丸くし、慌てて椅子から立ち上がった。

そのまま彼女を伴ってステージに戻ると、ヒロトはカードを掲げた。
淡い笑みを浮かべながら、はっきりと読み上げる。

「えー……『このゲームで負けたら、一番文句を言いそうなのは?』」

一拍の静寂のあと、会場中に爆笑が広がった。

「って、結局オチに使われただけじゃん!!」

両手を広げて叫ぶちひろの声に、また笑いが弾けた。
大げさに崩れ落ちる彼女の肩を、しおりとすみれが「よくやった!」と称えるように叩く。

ステージの上でヒロトが肩をすくめると、穏やかな陽射しの下で笑みがこぼれた。
その何気ない仕草に、場の空気がもう一度やわらかく揺れる。

そして――
「長い」と文句を言っていたゲームの喧騒さえ、今はどこか名残惜しいほどに温かく感じられていた。
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