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清一郎は、会計担当としてライブ後の打ち上げにも参加するようになった。 ……これが、彼の人生における最大の試練だった。
居酒屋の喧騒。大声で笑う人々。タバコの煙。そしてアルコールの匂い。 清一郎はグラスの端でメガネを拭きながら、心の中でつぶやいた。
(この空間に俺がいるのは、物理法則に反している……気がする!)
ただ隅っこの席に座り、ひたすら水を飲む。ひたすら奏を「観察」する。 奏は、まさにこの空間の中心だった。誰かに話しかけられれば必ず笑い、場の熱気を最高潮に保つ。女性の先輩も後輩も、他サークルの人間までもが、彼の周りに集まってくる。
(……人たらしだ。いや、彼を『人たらし』と呼ぶのは失礼かもしれない。彼はただ、そこにいるだけで周囲を幸福にする能力を持っているんだ)
清一郎は心の中で分析を続けた。もちろん、その「能力」に自分自身が完全に魅了されていることは、冷静に棚上げして。
時折、奏は清一郎にも声をかけてくる。
「セーイチロー先輩、飲んでる? もっと飲みなよ!」
その一言だけで、清一郎は一晩中その声色や視線を脳内リピート再生することになる。
――そして。打ち上げが終わりに近づいた頃。 清一郎は会計の確認のため幹事の近くにいた。奏は少し離れた席で、ベース担当の先輩と話していた。
「奏、お前さ、ちょっと元気ねぇんじゃね? ステージはいつも通り最高だけど…、何かあったのか?」
清一郎は会計伝票を握りしめたまま、耳をダンボにする。
「あー、別に…。…この前、彼女にフラれたばっかなんで、それかも…」
奏は少し投げやりな口調で答えた。 その瞬間、清一郎の胸がギュッと締め付けられる。
――フラれた。
清一郎にとって、奏が「誰かのもの」だったという事実は強烈な衝撃だった。だが同時に、「フラれた」という事実は希望の光でもあった。
(……つまり、今はフリー……!)
奏はモテることに慣れすぎていた。恋愛はステージ上のパフォーマンスと同じく、与えれば成立するカジュアルなゲームのようなもの。だからこそ、フラれたことで少し疲弊し、無頓着になっている。
(今が、チャンスなのかもしれない……!)
清一郎は自分の感情を理性で押し殺し、分析を続けた。奏の疲労、奏の隙。それは、清一郎という「彼の世界とは全く異なる計算高い侵入者」が、彼の心に根を張るための唯一の機会だった。
グラスの水を一気に飲み干し、清一郎は心の中で宣言する。
(よし……、ここからが本番だ……!)
*
ある日のサークル活動後。
清一郎は、誰も頼んでいないのに楽器備品の在庫リストを作成していた。夜の九時過ぎ、部室にはもう誰もいないはずだった。
――ガチャ。
部室のドアが再び開いた。
「あれ、セーイチロー先輩? まだいたんだ」
奏だった。練習で汗をかいたのか、少し髪が濡れている。清一郎は心臓が口から飛び出しそうになり、思わず手に持っていた電卓を落としそうになった。
「あ、奏、くん。その……備品の、整理を……」
俯きがちに答える清一郎。奏は清一郎の隣の椅子を引くと、ドスンと座った。
「ありがとね。いつも。マジで助かってる」
そう言って、清一郎の肩を軽く叩いた。電気が走る。肩が勝手にビクッと跳ねそうになるのを、必死に堪える清一郎。
奏は在庫リストを眺める。
「『弦の使用頻度と消耗率の相関グラフ』? マジで何やってんの、先輩。科学者かよ」
「……データは重要だ。適切なタイミングで交換すれば、コスト削減に繋がる」
真面目な顔で答える清一郎。奏はクスリと笑った。その笑い声はステージ上とは全く違う、オフの日のリラックスした音色だった。
「なんかさ、先輩といると落ち着くわ。皆、俺のことアイドルみたいにして寄ってくるけど、先輩はフツーにしてくれるから」
――誤解だ。大誤解だ。 清一郎は心の中で叫んだ。彼は奏の全てを一秒たりとも見逃すまいと、顕微鏡レベルで観察している。アイドルどころか、神聖な存在として扱っている。もはや、崇拝に近い。 だが訂正はできない。奏が「落ち着く」と感じてくれるなら、それは最高の成果だった。
「……そ、う、か」
「うん。俺、最近ちょっと疲れてんだよね。ライブは好きだけど、それ以外が全部めんどくさくて。なんか、先輩の隣って、いいわ」
奏はそう言って、清一郎が書き上げた備品リストの上に頭をコトンと乗せた。茶髪の柔らかな感触が胸元に伝わる。
清一郎の思考回路は完全にフリーズ。
(近い…、近すぎる。これは接触の境界を超えている。物理的距離、大幅逸脱。心拍数140。体温上昇中……)
理性の警鐘が鳴り響くが、動けない。奏の重み、呼吸の音、全てが五感を満たす。
恐る恐る、清一郎は自分の手の甲をテーブルの上に置いた。奏の頭のすぐ横。
「……君の、声は、すごく、いいな…」
震える声で、それだけを絞り出すのが精一杯だった。
奏は少しだけ頭を上げ、銀縁メガネの奥の瞳を覗き込む。夜の部室の薄暗さの中でも、不思議なほど輝いていた。
「……ありがと、セーイチロー先輩」
静かにそう答え、再び頭をリストの上に置いた。
清一郎は、この奇跡的な一瞬を永遠に引き延ばしたいと思った。奏のすぐ隣という場所。彼の頭が、自分の存在に少しでも依存しているという事実。
(俺が、ここにいる。これからも、君の傍に)
それは誰にも言えない、静かな、しかし最も重い「宣言」だった。
*
奏が清一郎の備品リストの上で眠ったあの日から、清一郎の日常は決定的に変わった。
奏は、以前にも増して清一郎を頼るようになった。サークルの書類を渡すために、二人きりで学食で会うことも増えたし、会計の話だけじゃなく、音楽の話、講義の話、あるいは「昨日コンビニで見た変な客」の話まで、屈託なく振ってくる。
「セーイチロー先輩、これ見て! 新しい曲のアイデアなんだけどさ」
「セーイチロー先輩、今日の講義マジで寝そうだったわ」
「セーイチロー先輩、昨日の夜中にカップ麺食ったら胃が死んだ」
……などなど。清一郎はそのたびに、心臓を焼かれるような熱を抱え込んでいた。
奏にとって、清一郎は「頭が良くて、フツーに扱ってくれる、居心地の良い先輩」という、極めて安全なポジションに置かれていた。つまり「周りがアイドル扱いしてチヤホヤする中で、唯一普通に接してくれる人」。
それは清一郎の望み通り、「奏の傍にいる」という目的を果たしていた。だが、その距離感は清一郎の心臓を常に焼き焦がす。
(いけない……データに感情のバイアスをかけている……俺は観測者でなければならない……!)
頭では理解している。だが、奏が部室で隣に座るたびに、指先がほんの少し触れるたびに、清一郎の理性は警告を発した。
この現象は、もう「恋」という単純な言葉では片付けられない。核融合反応のような暴走だ。
(やばい……俺の心臓、太陽になってる……)
清一郎は知っていた。奏の心に入り込むためには、今の「安全圏」から脱出しなければならないことを。今のままでは、清一郎は奏の人生における、ただの「便利な付録」でしかない。
*
数週間後。
大学近くの居酒屋で行われた合同ライブの打ち上げ。 清一郎はいつものように隅の席で水を飲み、冷静に「観察データ」を収集していた。
奏は相変わらず場の中心。持ち前の明るさで皆を笑わせていたが、清一郎の鋭い観察眼は、その笑顔の裏に潜むわずかな疲弊を見逃さなかった。特に女性が近づいてくると、奏の対応は露骨に簡略化されていた。
「うぜえ、どっかいけ」――とまでは言わないが、態度はほぼそれ。
笑顔の裏に「アイドル扱いはもうお腹いっぱい」感が漂っていた。
深夜11時を過ぎ、打ち上げがお開きになる頃。奏は店の外の涼しい風に当たりながら、スマホを弄りつつ壁にもたれかかっていた。疲れ切った表情で、いつもの天性の輝きが少し失われている。
会計の精算を終えた清一郎は、深呼吸を一つして、奏のそばへ歩み寄った。
「その……大丈夫か? 少し、疲れているんじゃないか?」
声をかけると、奏はだるそうに顔を上げた。初めて出会った時と同じ、少し投げやりな目つき。
「あー、セーイチロー先輩。ありがと。大丈夫。なんか、最近だるくてさ。特に、女関係」
奏は自嘲するように笑った。
「俺が悪いんか、フラれたばっかだからか知らんけどさ、なんかもう、恋愛ってめんどくせぇな。期待して、裏切られて、面倒な駆け引きして……もう、しばらく女はいいかな。でもなー、時々人肌は恋しいっつーか。ああ、俺も大概めんどくせえな」
その言葉が、清一郎の背中を押した。 彼の理性の天秤は、成功率0.001%の危険な賭けに傾いていた。これは人生最大の論理の飛躍であり、同時に最も純粋な衝動だった。
銀縁メガネの奥の瞳をまっすぐ奏に向ける。心臓は爆発寸前だが、表情は必死に平静を保つ。
「……じゃあ、男はどうだ?」
沈黙。周囲の車の音や酔っぱらいの笑い声が、急に遠ざかったように感じた。
奏はスマホを落としそうになり、慌てて握り直す。
「は……え、セーイチロー先輩、何言って……?」
清一郎は教授のように淡々と続けた。論理で武装しなければ、内気な魂は保てない。
「君の言う『めんどくさい恋愛』とは、情緒的な駆け引き、そして妊娠という生物学的リスクを含んでいるんだろう?俺は、君に情緒的な駆け引きは求めない。そして、俺が『女』ではないことは、見ての通りだ」
自分の言葉の突飛さに、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られながらも、奏の瞳から目を逸らさなかった。
奏はぽかんとした顔で清一郎を見つめた。
居酒屋の喧騒。大声で笑う人々。タバコの煙。そしてアルコールの匂い。 清一郎はグラスの端でメガネを拭きながら、心の中でつぶやいた。
(この空間に俺がいるのは、物理法則に反している……気がする!)
ただ隅っこの席に座り、ひたすら水を飲む。ひたすら奏を「観察」する。 奏は、まさにこの空間の中心だった。誰かに話しかけられれば必ず笑い、場の熱気を最高潮に保つ。女性の先輩も後輩も、他サークルの人間までもが、彼の周りに集まってくる。
(……人たらしだ。いや、彼を『人たらし』と呼ぶのは失礼かもしれない。彼はただ、そこにいるだけで周囲を幸福にする能力を持っているんだ)
清一郎は心の中で分析を続けた。もちろん、その「能力」に自分自身が完全に魅了されていることは、冷静に棚上げして。
時折、奏は清一郎にも声をかけてくる。
「セーイチロー先輩、飲んでる? もっと飲みなよ!」
その一言だけで、清一郎は一晩中その声色や視線を脳内リピート再生することになる。
――そして。打ち上げが終わりに近づいた頃。 清一郎は会計の確認のため幹事の近くにいた。奏は少し離れた席で、ベース担当の先輩と話していた。
「奏、お前さ、ちょっと元気ねぇんじゃね? ステージはいつも通り最高だけど…、何かあったのか?」
清一郎は会計伝票を握りしめたまま、耳をダンボにする。
「あー、別に…。…この前、彼女にフラれたばっかなんで、それかも…」
奏は少し投げやりな口調で答えた。 その瞬間、清一郎の胸がギュッと締め付けられる。
――フラれた。
清一郎にとって、奏が「誰かのもの」だったという事実は強烈な衝撃だった。だが同時に、「フラれた」という事実は希望の光でもあった。
(……つまり、今はフリー……!)
奏はモテることに慣れすぎていた。恋愛はステージ上のパフォーマンスと同じく、与えれば成立するカジュアルなゲームのようなもの。だからこそ、フラれたことで少し疲弊し、無頓着になっている。
(今が、チャンスなのかもしれない……!)
清一郎は自分の感情を理性で押し殺し、分析を続けた。奏の疲労、奏の隙。それは、清一郎という「彼の世界とは全く異なる計算高い侵入者」が、彼の心に根を張るための唯一の機会だった。
グラスの水を一気に飲み干し、清一郎は心の中で宣言する。
(よし……、ここからが本番だ……!)
*
ある日のサークル活動後。
清一郎は、誰も頼んでいないのに楽器備品の在庫リストを作成していた。夜の九時過ぎ、部室にはもう誰もいないはずだった。
――ガチャ。
部室のドアが再び開いた。
「あれ、セーイチロー先輩? まだいたんだ」
奏だった。練習で汗をかいたのか、少し髪が濡れている。清一郎は心臓が口から飛び出しそうになり、思わず手に持っていた電卓を落としそうになった。
「あ、奏、くん。その……備品の、整理を……」
俯きがちに答える清一郎。奏は清一郎の隣の椅子を引くと、ドスンと座った。
「ありがとね。いつも。マジで助かってる」
そう言って、清一郎の肩を軽く叩いた。電気が走る。肩が勝手にビクッと跳ねそうになるのを、必死に堪える清一郎。
奏は在庫リストを眺める。
「『弦の使用頻度と消耗率の相関グラフ』? マジで何やってんの、先輩。科学者かよ」
「……データは重要だ。適切なタイミングで交換すれば、コスト削減に繋がる」
真面目な顔で答える清一郎。奏はクスリと笑った。その笑い声はステージ上とは全く違う、オフの日のリラックスした音色だった。
「なんかさ、先輩といると落ち着くわ。皆、俺のことアイドルみたいにして寄ってくるけど、先輩はフツーにしてくれるから」
――誤解だ。大誤解だ。 清一郎は心の中で叫んだ。彼は奏の全てを一秒たりとも見逃すまいと、顕微鏡レベルで観察している。アイドルどころか、神聖な存在として扱っている。もはや、崇拝に近い。 だが訂正はできない。奏が「落ち着く」と感じてくれるなら、それは最高の成果だった。
「……そ、う、か」
「うん。俺、最近ちょっと疲れてんだよね。ライブは好きだけど、それ以外が全部めんどくさくて。なんか、先輩の隣って、いいわ」
奏はそう言って、清一郎が書き上げた備品リストの上に頭をコトンと乗せた。茶髪の柔らかな感触が胸元に伝わる。
清一郎の思考回路は完全にフリーズ。
(近い…、近すぎる。これは接触の境界を超えている。物理的距離、大幅逸脱。心拍数140。体温上昇中……)
理性の警鐘が鳴り響くが、動けない。奏の重み、呼吸の音、全てが五感を満たす。
恐る恐る、清一郎は自分の手の甲をテーブルの上に置いた。奏の頭のすぐ横。
「……君の、声は、すごく、いいな…」
震える声で、それだけを絞り出すのが精一杯だった。
奏は少しだけ頭を上げ、銀縁メガネの奥の瞳を覗き込む。夜の部室の薄暗さの中でも、不思議なほど輝いていた。
「……ありがと、セーイチロー先輩」
静かにそう答え、再び頭をリストの上に置いた。
清一郎は、この奇跡的な一瞬を永遠に引き延ばしたいと思った。奏のすぐ隣という場所。彼の頭が、自分の存在に少しでも依存しているという事実。
(俺が、ここにいる。これからも、君の傍に)
それは誰にも言えない、静かな、しかし最も重い「宣言」だった。
*
奏が清一郎の備品リストの上で眠ったあの日から、清一郎の日常は決定的に変わった。
奏は、以前にも増して清一郎を頼るようになった。サークルの書類を渡すために、二人きりで学食で会うことも増えたし、会計の話だけじゃなく、音楽の話、講義の話、あるいは「昨日コンビニで見た変な客」の話まで、屈託なく振ってくる。
「セーイチロー先輩、これ見て! 新しい曲のアイデアなんだけどさ」
「セーイチロー先輩、今日の講義マジで寝そうだったわ」
「セーイチロー先輩、昨日の夜中にカップ麺食ったら胃が死んだ」
……などなど。清一郎はそのたびに、心臓を焼かれるような熱を抱え込んでいた。
奏にとって、清一郎は「頭が良くて、フツーに扱ってくれる、居心地の良い先輩」という、極めて安全なポジションに置かれていた。つまり「周りがアイドル扱いしてチヤホヤする中で、唯一普通に接してくれる人」。
それは清一郎の望み通り、「奏の傍にいる」という目的を果たしていた。だが、その距離感は清一郎の心臓を常に焼き焦がす。
(いけない……データに感情のバイアスをかけている……俺は観測者でなければならない……!)
頭では理解している。だが、奏が部室で隣に座るたびに、指先がほんの少し触れるたびに、清一郎の理性は警告を発した。
この現象は、もう「恋」という単純な言葉では片付けられない。核融合反応のような暴走だ。
(やばい……俺の心臓、太陽になってる……)
清一郎は知っていた。奏の心に入り込むためには、今の「安全圏」から脱出しなければならないことを。今のままでは、清一郎は奏の人生における、ただの「便利な付録」でしかない。
*
数週間後。
大学近くの居酒屋で行われた合同ライブの打ち上げ。 清一郎はいつものように隅の席で水を飲み、冷静に「観察データ」を収集していた。
奏は相変わらず場の中心。持ち前の明るさで皆を笑わせていたが、清一郎の鋭い観察眼は、その笑顔の裏に潜むわずかな疲弊を見逃さなかった。特に女性が近づいてくると、奏の対応は露骨に簡略化されていた。
「うぜえ、どっかいけ」――とまでは言わないが、態度はほぼそれ。
笑顔の裏に「アイドル扱いはもうお腹いっぱい」感が漂っていた。
深夜11時を過ぎ、打ち上げがお開きになる頃。奏は店の外の涼しい風に当たりながら、スマホを弄りつつ壁にもたれかかっていた。疲れ切った表情で、いつもの天性の輝きが少し失われている。
会計の精算を終えた清一郎は、深呼吸を一つして、奏のそばへ歩み寄った。
「その……大丈夫か? 少し、疲れているんじゃないか?」
声をかけると、奏はだるそうに顔を上げた。初めて出会った時と同じ、少し投げやりな目つき。
「あー、セーイチロー先輩。ありがと。大丈夫。なんか、最近だるくてさ。特に、女関係」
奏は自嘲するように笑った。
「俺が悪いんか、フラれたばっかだからか知らんけどさ、なんかもう、恋愛ってめんどくせぇな。期待して、裏切られて、面倒な駆け引きして……もう、しばらく女はいいかな。でもなー、時々人肌は恋しいっつーか。ああ、俺も大概めんどくせえな」
その言葉が、清一郎の背中を押した。 彼の理性の天秤は、成功率0.001%の危険な賭けに傾いていた。これは人生最大の論理の飛躍であり、同時に最も純粋な衝動だった。
銀縁メガネの奥の瞳をまっすぐ奏に向ける。心臓は爆発寸前だが、表情は必死に平静を保つ。
「……じゃあ、男はどうだ?」
沈黙。周囲の車の音や酔っぱらいの笑い声が、急に遠ざかったように感じた。
奏はスマホを落としそうになり、慌てて握り直す。
「は……え、セーイチロー先輩、何言って……?」
清一郎は教授のように淡々と続けた。論理で武装しなければ、内気な魂は保てない。
「君の言う『めんどくさい恋愛』とは、情緒的な駆け引き、そして妊娠という生物学的リスクを含んでいるんだろう?俺は、君に情緒的な駆け引きは求めない。そして、俺が『女』ではないことは、見ての通りだ」
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