19 / 42
19宝石泥棒
しおりを挟むあたしの肩にぶつかって来たのは使用人風の小柄な男だった。そいつはちょっと頭を下げただけですぐ去ろうとした。
「ちょっと待ちな。あんた人にぶつかっておいて謝りもしないつもり? あたしを誰だと思ってんのよ」
あら、あたしってば悪役令嬢が板についてきたんじゃない?
「申し訳ございません。急いでいたもので・・」その男は下を向いたままハッキリしない声で呟いた。
すると廊下の奥から女子生徒の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「きゃ――っ、私のネックレスが無いわ!」
「ああっ、私の、私のイヤリングも無い」
「部屋がぐちゃぐちゃよっ、どうなってるの?!」
「いやぁぁっ、泥棒よ――っ!!」
泥棒?! 宝飾品が盗まれたの? さっきのガシャンという音‥ハッとして振り向くと目の前にいた小柄な男は走り出していた。
「あんた! 待ちなさいよっ」
あたしも咄嗟にその男を追いかけて走り出した。
泥棒は思ったより逃げ足が遅かった。小柄なせいか盗んだ宝飾品が重いのか、とにかくあたしと泥棒は一定の距離を保ったままの追いかけっこになった。
だが中庭を突っ切った泥棒が灌木を伝って塀をよじ登り始めた。追い付いてもドレス姿のあたしに塀を登るのは無理だ。あたしはつい今しがた通り過ぎたばかりの騎士科の訓練場に戻り、弓と矢を引っ掴んで来て、狙いを定めた。
昼間で周囲は明るく見通しもいい。灌木が少し邪魔だけど、この距離ならいけるはず!
ヒュン!
1本目は泥棒の顔のすぐ横の木の枝に刺さった。泥棒の肩がビクッと跳ね上がる。焦ったのか壁をよじ登る速度が上がった。逃がすもんですか!
2本目は泥棒の腰にぶら下がっている盗品が入っているであろう布袋に命中した。袋を貫通した矢が塀に刺さり、それを外そうとした泥棒がバランスを崩して塀から落ちた。
あたしは駆け寄って仰向けに倒れている泥棒に向かって矢で狙いを付けながら睨みをきかせた。
「動かない事ね、顔面に穴が開くよ!」
生徒たちから通報を受け、アカデミーの警備員や騎士科の生徒が集まって来ていた。「泥棒の姿は見ましたか?」と質問する声が聞こえる。
「こっちよーーっ。泥棒は捕まえたわ!」
あたしは大声を張り上げた。もちろん矢をつがえた弓と目は泥棒を狙ったままでね!
剣を携えた警備員と騎士科の生徒が何人か駆けつけて来た。少し離れて他の生徒が大勢見物している。今日は王家の方々や高位貴族も観覧に訪れている。王室の近衛騎士団も遅れて2、3人やって来た。
「これは・・クレイ公爵令嬢、あなたが捕まえたのですか?」
最初に駆けつけたアカデミーの警備主任が驚いている。
「見ての通りよ」
他の警備員と騎士科の生徒が泥棒を取り押さえた。腰にぶら下げていた袋を開けると沢山の宝飾品がまばゆい光を放っていた。小さな箱に入ったままの物もある。
「随分取ったものねえ」あたしが呆れていると警備員の一人が「あっ」と声を上げた。
振り返ると泥棒が起き上がっていたのだが、その髪が長いのだ。警備員の手にはカツラが握られている。てっきり男だと思っていたのに女だったのだ!
「女‥女の子だったの?!」
あたしが思わずそう言うと、泥棒は顔を背けて「ふん」と鼻を鳴らした。泥だらけの顔をよ~く見ると年齢も若そうだ。まだ高校生くらいに見える。
そこへ野次馬をかき分けてゴードンがやって来た。「何の騒ぎだ?」
「これは王太子殿下。アカデミーに泥棒に入った不届き者がおりまして。ですがクレイ公爵令嬢が捕まえてくださいました」
警備主任は称賛の眼差しであたしを見た。弓矢を持つあたしを認めたゴードンは目を丸くしている。なんかちょっと照れるわ、これ。
「君が‥泥棒を?」
「廊下でぶつかった時に泥棒だと分かったんで・・へへ」
そこへ血相を変えたライオネルが走って駆け付けた。「ジュリエットが泥棒と鉢合わせたって?!」
「ええ、そうですけど」
そう答えると、ゴードンはあたしの腕を掴んで言った。「弓矢で撃たれたと聞いたぞ。どこだ、怪我はひどいのか?」
「あの‥殿下、落ち着いて下さい。弓矢で撃たれたんじゃなくてあたしが撃ったんです。だから怪我はありません」
あたしが手にしている弓矢にやっと気が付いたゴードンは大きな安堵のため息をついた。
「はああぁ、そういう事か」
そこへロザリンが割って入り、おずおずと口を開いた。
「あの・・お話の最中に大変恐縮ですが、ダンスの時間が迫っておりまして私共は準備をしなくてはいけません。出来れば盗まれた宝飾品を返して頂きたいのですが・・」
「ああ、そうだったね。殿下、私は盗品を生徒たちに返してきます。この者は首都の警備隊に突き出しましょう」
警備主任に指示され、泥棒は後ろ手を結わえられて警備員に連れられて行く。あんな若い、しかも女の子が盗みを働くなんて一体どんな理由があったんだろう? あたしはふとその訳が知りたくなった。
「あの! この人を警備隊に突き出すのは明日の方がいいんじゃないかしら」
「クレイ公爵令嬢、それはまた何故です?」
「今日はアカデミーには沢山の人が来ているわ。警備に当たる人数が減るのは不安よ。無事に舞踏会が終わって来賓者が帰った後で警備隊に連れて行っても遅くはないんじゃないかしら」
「まぁ確かに今日の来賓者は高位貴族の方々ですから、何かあっては大変ですが‥」
警備主任が思いあぐねているとライオネルがあたしの意見に同調してくれた。
「俺もその方がいいと思うぞ。使ってない教室にでも拘束しておけばまず逃げられないだろう」
これで話はすぐ決まった。泥棒が連れて行かれたのを見てゴードンも去った。あたしも発表会の準備があるので部屋に戻ろうとしたが、ライオネルに待ったを掛けられた。
「ジュリエット、この後のダンスで俺のパートナーになってくれ!」
えっ、ダンス!? いやあダンスはちょっと。今はジュリエットもいないし大勢が見守る中でまた盆踊りを披露するのはさすがに気が引けるわ。
「あのぉ、ダンスはちょっと・・」
あたしが返事を躊躇する理由をライオネルは違う意味で受け取ったらしく、ひどく傷付いた顔で言った。
「俺では‥ゴードンの代わりになれないという事か?」
まずいな、なんて言い訳しよ・・咄嗟にあたしはいいことを思いついた!
「足を・・さっき泥棒を追いかけた時に足首を痛めたの!」
「なんでそれを早く言わないんだ!」
ゴードンはそう言ったと思うとあたしを両腕に抱きかかえて歩き出した。
「うわぁっ、ちょ‥どこへ行くんですか?」
「保健室に決まってるだろう」
ダンスを断っておきながら大丈夫だとは言えない。こんな格好で校舎内を連れられて行くあたしを、すれ違う人は驚いて見ている。
そこへあたしを探しに来たマリアンと遭遇した。マリアンも驚いているが、その目には心配の色が浮かんでいる。
「ジュリエット様! 一体どうなされたのですか?」
その問いにはライオネルが答えた。「泥棒を追いかけた時に足を痛めたのだ。これから手当てに行く。それと今日のダンスの発表会は欠席だと係りの者に伝えてくれ。俺もついでに欠席だ」
「か、畏まりました」
そのまま保健室に連れて行かれたあたしはそこで手当てを受けた。痛くもない足首に炎症を抑える薬を塗られて包帯を巻かれた。
「右足だけでよろしいですか? 他にお怪我はございませんか」
「大丈夫です。ありがとうございました」
少し右足を庇うような振りをして保健室を出ると廊下にライオネルが待っていた。
「どうする、来賓席へ行って発表会を見届けるか? それとも屋敷に送って行こうか?」
まさか待ってるとは思ってなかったわ・・。あたしはこの後、あの泥棒に会いに行くつもりだった。どうしてこんな事をしたのか聞いてみようと思っていたのだ。
どうしよう、正直に言おうか・・泥棒に会いたいなんて言うとゴードンなら絶対反対するだろう。盗みを働いた理由を問うなんて警備隊の仕事だと言うんじゃないかしら。でもライオネルならどうだろう?
「私‥これから泥棒と話をしに行こうと思うの」
0
あなたにおすすめの小説
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~
百門一新
恋愛
男装の獣師ラビィは『黒大狼のノエル』と暮らしている。彼は、普通の人間には見えない『妖獣』というモノだった。動物と話せる能力を持っている彼女は、幼馴染で副隊長セドリックの兄、総隊長のせいで第三騎士団の専属獣師になることに…!?
「ノエルが他の人にも見えるようになる……?」
総隊長の話を聞いて行動を開始したところ、新たな妖獣との出会いも!
そろそろ我慢もぷっつんしそうな幼馴染の副隊長と、じゃじゃ馬でやんちゃすぎるチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます
藤原遊
恋愛
冷徹と噂される辺境伯令嬢リシェル。
彼女の隣には、幼い頃から護衛として仕えてきた幼なじみの騎士カイがいた。
直系の“身代わり”として鍛えられたはずの彼は、誰よりも彼女を想い、ただ一途に追い続けてきた。
だが政略婚約、旧婚約者の再来、そして魔物の大規模侵攻――。
責務と愛情、嫉妬と罪悪感が交錯する中で、二人の絆は試される。
「縛られるんじゃない。俺が望んでここにいることを選んでいるんだ」
これは、冷徹と呼ばれた令嬢と、影と呼ばれた騎士が、互いを選び抜く物語。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる