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どうして
しおりを挟むはらはらする僕の前で、セゥスはトトラの声が聞こえたのだろう、かすかに目を伏せる。
「……民のために、父のために。そう思って懸命に頑張ってきたつもりだけれど、力を尽くせば尽くすほど、厭われることも知っている」
「セゥスさま……!」
トトラの腕から飛び降りて、セゥスに駆け寄ろうとした僕を止めたのは、トトラだった。
「きみを捨てた男でしょう?
そんなのにまで、やさしくするほど、きみは甘っちょろい、あんぽんたんなの?」
「他国の恋愛事情をよく知ってるね」
思わず突っこんだ僕に、トトラは胸を張る。
「小国だけど、ロベナ王国の完璧王太子の話は有名だよ。かんぺき王子の唯一の汚点が、高慢で、いけすかない伴侶(予定)だって。
そんなのさえも見捨てないから、よけいに完璧だって」
ふんとトトラは鼻を鳴らした。
「そんな完璧王子が、とうとう伴侶(予定)を見捨てた。
そこまでされるほどのクズなんだって、ユィリは世界中で、とっても有名になったよ」
あぅう──!
……じ、自分のしたことだから仕方ないけど、世界中の人から、くず認定は切ない……!
しょんぼりする僕を抱っこしたままのトトラの陽の瞳が、セゥスをにらみつける。
「素晴らしい治癒魔法の才能のある平民を新しい伴侶(予定)に迎えた王太子は、これで完全無欠の王太子になったってね」
切りつけるようなトトラの言葉に、セゥスは首をふった。
「迎えていない」
「………………え……?」
ぽかんとする僕とトトラに、セゥスは告げる。
「僕も、アーシェくんも、そんなことを望んでいない」
「……え、えぇエェえェ──!」
あんぐりする僕とトトラの後ろから声が降る。
「二人きりの時に話そうと思ってたのに、ユィリくんてば全ッ然一人きりにならなくて、話すきっかけが全くつかめなかったんだよね」
ぷりぷりアーシェくんも、可愛いです。
「特にそこのカイが! 密着しすぎじゃない? ないしょ話もできないんだけど!」
「わたくしは常に、適切な距離でユィリおぼっちゃまのお世話をさせていただいております」
微笑むカイが、とってもいい笑顔だ。
「ご、ごめんね、僕がいつもカイを頼っちゃうから」
いつも傍にいてくれるカイが隣にいてくれないと、さみしくなっちゃうんだよね……!
「そういう会話は、立ったり座ったりしてしようよ。
いい加減、トトラさまの腕から降りたらどうかな!」
アーシェくん、激おこでした──!
ごめんなさい!
あわあわトトラの腕から降りようとする僕を止めたのは、トトラです。
「寝台まで持ってくよ」
僕、荷物みたいです……?
「これはこれはセゥス殿下。ロベナ王国ではユィリおぼっちゃまに接触禁止令が出ているから、わざわざ隣国でお逢いになるなんて」
カイの声が大地を這った。
「どこまで、ゆりさまを傷つけたら、気がお済みに?」
カイの背中から、闇が噴いてる。
「うちの可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いゆりちゃんに、もう近づかないでいただけませんか」
サザお兄ちゃんの背中からも、闇が噴いてる。
「……兄貴、今はちょっと時期がわるいんじゃないかな」
のーすちゃんが心配そうに眉を下げてる。
セゥスは、ひとつ、息を吸った。
「父上の人形みたいに生きてきた僕は、人形じゃなくなろうと思うんだ」
「…………え……?」
僕の瞳と、セゥスの瞳が、重なった。
「優秀な弟たちがいる。他にも優秀な民はいる。僕であることに意義はない」
セゥスは告げる。
「ロベナ王国王太子を、辞退する」
………………意味が、わからなかった。
──……どうして。
あんなに、あんなに頑張ってきたのに。
誰よりもそばで、見ていたからわかる。
ほんとうは、たぶん、のーすちゃんのほうが、勉強ができる。
それをわかっていながら、それでも悔しい思いをしてきた父上のために王太子として立つんだと、必死に頑張ってきたセゥスを、ずっとそばで見ていた。
13年間。
誰よりも、そばで。
「そんなの、絶対だめ──!」
叫んだ僕に、セゥスが告げる。
「ユィリを、あいしてる」
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