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さよなら
しおりを挟む可愛くて、やさしいアーシェにしょんぼりしてしまう僕を勇気づけるように、ちいさな手が、僕の手をにぎってくれる。
「あんまりおっきい声だすと、皆がすぐに起きちゃうから、あわてて、これだけ言っておくとね。
俺とセゥスさま、ほんとに、本気で、何にも、微塵もないからね」
真剣な、ぴんくの瞳に、瞬いた。
「……って、のーすちゃんも言ってくれてたけど、でも、アーシェくんは、セゥスさまのことが、すきなんじゃ……?
僕に気をつかってくれなくて、いいんだよ……!」
心からの気もちなのに、泣きそうになってしまう僕の手を、励ますようにアーシェが握ってくれる。
ぴんくの髪が、さらさら揺れて、あまい香りを振りまいた。
「俺、治癒の力があるじゃんか。それで、平民のくせにとか、貴族たちに色々言われてさ。ユィリにも言われたけど」
「ごめんなさい……!」
あわあわさげる頭を、アーシェの手が、ぽんぽんしてくれる。
「ユィリのいじわるは、まだかわいいものだったよ。
お前の血をもらってやるとか、無理やり関係を持とうとされたりして、でもぽこったら孤児院の皆に迷惑かけちゃうかもで、困ってたら、セゥスさまが、かばってくださったんだよ」
ぴんくの髪を揺らして、アーシェが微笑む。
「『治癒の力をもつアーシェには、王家の庇護がある。
アーシェに暴虐を働く者は、王家に弓をひくと心得よ』って。
護衛の衛士もつけてくださってね、それで俺が、セゥスさまの寵愛を受けてるって勘違いされちゃったの!」
僕の胸が、ちいさく軋む。
「……そんな風に守ってくれたら、セゥスさまのこと、すきになっちゃうでしょう……?」
──主人公は、王子と結ばれるものだから。
そうっと聞いた僕に、アーシェが笑う。
「そりゃあ、くらってしたよ。
かっこいーし、やさしーし、頭いいし、性格いいし、身分もいいしね」
いたずらっぽく笑うアーシェに、僕の胸が、顔が、ぐしゃぐしゃになる前に、ちいさな手が、僕の頭をなでてくれる。
「あんなに他の人のことしか考えてない人と、伴侶(予定)契約なんて、俺が泣くことが決まってるのに伴侶になるだなんて、ぜったい無理」
アーシェの人さし指が、僕の胸にふれる。
「誰のことか、わかるよね」
「……っ で、でも、アーシェくんの、気もちは……!
僕は、セゥスさまに、ちっとも、ふさわしくなくて、だから、アーシェくんのほうが──!」
ぺちりと、ちいさなてのひらが、僕の頬にふれる。
「ふさわしくないって、あきらめるの?
何にもしないまま?
それって、前と、おんなじなんじゃない?
悪役令息じゃ、なくなるんじゃなかったの?」
まっすぐな声だった。
まっすぐな言葉だった。
「……だって、僕、伴侶(予定)契約を、破棄、されて……もう、二度と、結べない、から……」
「どうしようもないから、あきらめるの?
それで、ユィリは、生きていけるの?
まあ、その程度の思いなら、あきらめちゃったほうが──」
あふれる涙と、叫んだ。
「ずっと、ずっと、あいしてる……!」
ぐしゃぐしゃの顔で、叫ぶ。
「伴侶(予定)じゃなくなっても、伴侶になれなくても、それでも僕は、ずっと、セゥスさまを……!」
「なら、がんばれ」
ぴんくの瞳で、いつだってまっすぐな主人公の瞳で、アーシェが笑う。
「だいすきな人に、ふさわしい人に、なってやれ」
涙でくしゃくしゃになる僕の頭をなでて、笑ってくれた。
「ユィリ──!?
泣いているのか、どうして──!」
泣きそうな顔で、駆けてきてくれるあなたに、ふさわしくないって、そればかりだった、情けない、よわよわな、悪役令息の僕に、さよならを。
「……僕、がんばっても、いい……?」
そうっと聞いた。
緑の葉の瞳を瞬いたセゥスが、笑う。
「何が何だか全然わからないけど。ユィリが頑張るなら、全力で応援する」
とろけるように、笑ってくれた。
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