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勉強つらい
しおりを挟む花のひめの香りがする。
とくりと鼓動が音をたてる。
夢のようなひめを見つめたら、花のかんばせが振り向いた。
水をはらんだ風が、吹き抜ける。
「どうして、声をかけないの?」
きらめく鈴の声が問う先には――……じ、自分?
「あ、ああのあの!
その……ひ、ひめさまのお邪魔をしては申し訳ないと思って……」
あわい緑の葉の向こうで、陽の光がゆれた。
雪の指が握られ、花の頬がふくれる。
とがる唇と一緒に、大きな星の海の瞳が吊りあがる。
「リイのいじわる」
名を、覚えていてくれたのに。
鈴の声が、名を呼んでくれたのに。
踵を返したひめが、駆けてゆく。
華奢な足首が、ひるがえる白い衣が、セレネの棘のようにリイを刺した。
光騎士として朝から警護の役を仰せつかったリイは、夏の近づく光国議会殿の門前で直立する。
まぶしい幾何学紋様の装束で現れた貴族に、うやうやしく腰を折った。
「ゼイエル緋爵のお召し物は、いつも皆様を圧倒する輝かしさですね」
ありていに言えば奇抜な衣装を着てくれるから覚えた、黒髪をなでつけたゼイエル緋爵に敬礼する。
隣の貴族が『僕には挨拶ないの?』と言いたげな、さみしそうな顔をしてたけど、ごめんなさい!
皆一緒の顔に見えるんだよ!
気分は、アイドルさんが全員同じ顔に見える、あれだ。
きらきらしてることは解る。
何だか知らないけど、レイサリア光国貴族の顔面偏差値は、異様に高い。
ミナエにいたのはふつうのおじちゃんや子どもたちだったが、おじちゃん貴族はイケオジ多い!
似たようなきらきら衣装に身を包んだ、きらきらイケオジパレード。
もう全然、誰が誰だか解らない!!
ごめんなさい!
リイに唯一覚えられている貴族として讃えられているらしいゼイエルは、ふくよかな腹を張った。
「今日のは私が考えたんだよ!」
「斬新な御意匠は、さすがゼイエル緋爵です」
口ひげを撫でて微笑むゼイエルの掴みは、いい感じみたいだ。
リイは思いきって口を開いた。
「つかぬことを伺いますが、ゼイエル緋爵はルフィスという名の貴族の子息をご存知ありませんか?
どなたかの隠し子なのかもしれないのですが――」
「聞いたことないなあ。捜してるのかい?」
「はい!
どんな些細なことでもいいのです、教えて戴けたらと……」
口髭を撫でつけ終えたゼイエルは微笑んだ。
「すこし聞いてあげるよ」
「あ、ありがとうございます!」
深く頭をさげるリイにゼイエルは、はちきれるお腹を揺らし、笑ってくれた。
「こんなにも覚えることがあるなんて……!」
今世の勉強といえば、父ちゃんが教えてくれる簡単な読み書きと貨幣の種類くらいだったリイは、暗記の海で溺れていた。
昼休みに憩えるはずの光騎士殿のリイの机の上は資料の渦だ。
覚えようと新たに詰めこんだら、前に覚えたものが抜けてゆく。
覚えられるのはゼイエル緋爵だけとか、がんばれ脳みそ!
日々励ましているが、焼け焦げそうな頭が憐れだ。
訳の解らない魔撃まで詰めこんだら、燃え尽きる。
「あ――――!」
悶絶するリイの肩を、コルタの掌がぽふぽふする。
「ちょっとずつ覚えてけばいいよ。偉いさんから覚えること!
ゼイエル緋爵が最初なのは……わかるけどねえ」
うぷぷぷと笑うコルタに、リイは肩を落とした。
最初に覚えたのが、最下位の緋爵、ゼイエル殿なのは、かなり痛い。
ふつうは1番に王族、次に偉い珠爵から覚えるんだよ。
緋爵は最後だ。
わかってるけど、一番わかりやすいんだよ!
あれ以上にわかりやすい人を知らないよ!
涙目のリイは、顔をあげる。
「ありがと、美少年コルタ。
いつもつきあってくれて」
「…………ぐ……!
リイが僕を落としに来てる!」
赤い頬で拗ねたみたいな上目遣いで睨まれたリイは、首を振る。
「行ってない」
断言したら、周りの光騎士たちが肩をふるわせて笑った。
「リイが酷いです――!」
ザインに泣きつくコルタの頭を、ぶあつい掌がぽふぽふする。
「あの顔を見るな。
理性の崩壊に気をつけろ!」
「が、がんばります!」
拳を握るコルタと、解りあったように頷くザインの方が酷いと思うんですけど!
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