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選べないから
しおりを挟む顔をあげたレイティアルトは、寝起きのおこを復活させた。
「仕事が溜まってるんだ、手伝え!
敵国ギゼノスの動向を!
どうして密告書と嘆願書を混ぜるんだ、いやがらせか!」
いつもどおりのレイティアルトを見あげたリイは、息をのむ。
「──断罪は?」
「……ルフィスのために、言えなかったんだろ。
俺が真に何も知らぬなら、ルフィスはレイサリア光国にも属国にもいない。
だから言う気になった」
レイティアルトは窓の外の秋の空を見あげる。
「──最初から女だと聞いていたら、リイを傍には置かなかった。
俺は王太子だからな。結ばれる予定のない女性に近づくことは、禁忌だ」
静かな声だった。
「…………俺は、レイサリアの血に選ばれた女と添い遂げなければならないと、生まれた瞬間に決まっている」
翠の瞳には、深淵の諦めが香る。
自分の能力を選んで生まれる子はいない。
だからスキルを選べたりする異世界転生が大人気なのだ。
リイは全く選べなかったけど!
生まれた子は、両親を選べない。
両親は、子を選べない。
自らの能力や才は、選べない。
レイサリアの血。
強大な魔力の血。
レミリアとレイティアルトに流れるその血は、ふたりを誰より光暉な存在へと導き、その重みでふたりを拉ぐのかもしれない。
レミリアが殆ど出歩かないのは、レミリアの身に危険が迫るのを防ぐためなのかもしれない。
レイティアルトが女性を傍に置かないのは、正妃となる人を傷つけないためなのかもしれない。
恋も愛も知ることなく正妃を迎えようとするレイティアルトは、第二妃を迎えた父に憤りを感じているのかもしれない。
表向き仲のよいロエナと、レミリア、レイティアルトが、胸のうちに抱える思いは複雑であろうことは、容易に推測できた。
そのあきらめと苦しみのほんの片鱗を見つめたリイは、口を開く。
「レイティアルトさまは、おすきになさっていいと思います」
「…………は?」
首を傾げるレイティアルトに、拳を握った。
「レイティアルトさまが素晴らしい手腕で光国を導いてくださっています。
レイサリアの血が継がれなくても、世界はきっと、何とかなります!」
レイティアルトが、ぽかんと口を開けた。
「レイティアルトさまも、レミリアさまも、おすきな方と恋をして、愛を知って、子に恵まれたら溺愛して、とびきりしあわせになってください!」
拳を握った。
茫然とリイを見つめたレイティアルトが、口元を掌で覆う。
「…………レイサリアの血が……継がれなくてもいいと……断言されるのを、初めて聞いた」
呟きは、震えてた。
その名を国にさえ戴くレイサリアの血を継ぐことこそ王族の責務なのだと、きっと千年、言い続けてきたのだ。
数え切れぬほどの涙を圧し潰して。
「レイティアルトさまは、しあわせになっていいんです。
是非、とびきりしあわせになってください!」
ふるえるレイティアルトの手を、両の手で包んで笑う。
深翠の瞳がまるくなり、眦に朱が走る。
「…………俺は……しあわせを望んでも、いいのかな…………」
呟きに目を瞠ったリイは、泣きだしそうになるのを懸命に堪えた。
「寝食まで削って民のために奮闘しておられるレイティアルトさまが、しあわせにならないなんて、そんな世界は間違っています!
しあわせになってください、レイティアルトさま!」
ぎゅうぎゅう、レイティアルトの手を握る。
「ちょっと痛い」
笑ったレイティアルトに、あわあわリイは手を離した。
その瞬間、レイティアルトの手に指先を包まれる。
「…………ありがとう、リイ」
ほんのかすかな微笑みに、首を振る。
「しあわせになってくださいね、レイティアルトさま」
ぎゅ、とあまり力を籠めないようにレイティアルトの手を握ったら、こくりと頷いてくれた。
「俺はレイティアルトさまの光騎士ではなくなりますか?」
レイティアルトの傍に女を置くことが禁忌なら、リイはレイティアルトの光騎士ではなくなる。
聞いたリイに、レイティアルトは翠の瞳を細めた。
「リイは優秀だ。気を許せる。
……レミリア以外でそんな女は、初めてだ」
レイティアルトの指が、リイの頬に触れる。
そっと輪郭を辿った指が、耳朶を撫でて、離れた。
「これからも、俺の光騎士として働け!」
ふんと胸を張るレイティアルトに、許されたことを知る。
リイは膝をつき、こうべを垂れた。
「……ありがとうございます、レイティアルトさま」
「リイは、リイだ。
働け!」
いつもの笑顔と、書の浪が降ってくる。
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