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敵国
しおりを挟む冷たい視線を浴びながら、リイは案内所へと足を延ばす。
「ちょっと聞きたいんですが」
「どうぞ、こちらへ」
微笑んだ案内人は、奥へと通してくれた。
「……ギゼノス、ですか」
頷くリイに、案内人は眉を顰める。
「非常に難しいです。
我らレイサリア光国からは、入国ができません。
中立国メゼトから入国するしかないのです」
「──メゼト」
案内人が世界地図を出してきてくれる。
ギゼノスと境界を接するメゼト公国は、どの国にも与せず中立を保つ国だ。
メゼトまでゆくには、レイサリアを東に抜け、ゲルク王国を越えて行かなければならない。
馬車でゆくにしても、ふた月は掛かる。
そこから更にメゼトを抜け、ギゼノスに辿りつこうと思うと、4月掛かるかもしれなかった。
「そんなに、遠いのですか」
案内人は頷いた。
「国境が封鎖されているのです。非常な大回りでしか行けません。
早くて、み月、遅くて半年かかります」
リイは、項垂れる。
半年かかるほどの旅費を工面するには、光騎士として数年は勤務しなければならないだろう。
父やじいちゃんへの仕送りを止める訳にはいかなかった。
リイが抜けたら、饅頭は父ちゃんが売るしかない。
いかつい父ちゃんではあまり売れないので店で売ってもらうしかないのだが、そうすると仲介料を取られ利益は殆ど出なくなる。
食べてゆくのにも精一杯な父を思うと、ギゼノスへと飛び出したい足が、止まる。
「それに、あの、もしかして、光騎士様ではありませんか」
赤い頬で聞いてくれる案内人に、リイは目を瞬く。
案内人は慌てたように、手を振った。
「……あ、あの、至光騎士戦で、遠くから拝見して……!
すごく、すごく、かっこよかったです!
平民、皆の憧れです!」
拳を握ってくれる人に、リイは申し訳なくなる。
リイが考えていたのは、国のことでも民のことでもない。
ルフィスのことだ。
ルフィスのためだけに強くなり、ルフィスのためだけに騎士になった。
そして今、ルフィスのために敵国に行こうとしている。
……誰よりもレイサリア光国を裏切っているのは、リイなのかもしれなかった。
顔を伏せたリイに、案内人は恥ずかしそうに頭をさげた。
「ち、違っていたら、申し訳ありません。
で、でも、あのその、も、もし、光騎士様であられるなら、ギゼノスには入国できません」
リイは、目を剥いた。
「どうしてですか」
案内人は、声をひそめた。
「ギゼノスは、闇星の国。
光星レイサリア、レイサリアの魔力を継ぐ者を非常に警戒しています。
国境には闇星警護団が常駐し、レイサリアの魔力を検知していると聞きます。
魔力を持つレイサリアの者、特に王侯貴族の入国を阻んでいるのです。
魔撃が使える光騎士の方もです」
案内人の声が、震える。
「……惨殺されるそうです」
────瞳が、落ちた。
むざむざ殺される腕ではないと思う。
けれど、一対百では、勝機がないことも解っていた。
きみのために、血を吐いて、光騎士になった。
レミリアさまがたすけてくださり、魔撃が使えるようになった。
そのすべてが、きみから、遠ざかることだったなんて。
「ギゼノスに向かうことは、お勧めしません」
案内人の声が落ちる。
「闇の国です」
硬い声だった。
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