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逢いたい
しおりを挟むルフィスのもとにゆけば、レイサリアと戦うことになるのかもしれない。
レイティアルトを、レミリアを、コルタを、キールを、ザインを、自分を信じて話してくれたクグを裏切ることになる。
ルフィスに逢いたい。
ただそれだけだったのに、どこで間違ってしまったのだろう。
何もなかったふりで笑おうとするたび、引き攣れた。
クグに逢うたび、涙が落ちた。
「……リイ」
レイティアルトが声をかけてくれるのに、深翠の瞳を見られなくなって、どれくらい経つだろう。
笑おうとするたび、くずれそうになる。
────レイティアルトを、裏切りたくない。
噛みしめる唇は、鉄錆の味がする。
思いつめるリイの肩を、キールが叩いた。
冷たい風のやわらぐ、冬の日だった。
「ロエナ様が、リイに話があると」
リイは瞬いた。
ロエナ様がキールと親しくしていることは知っているが、自分が関わる意味がわからない。
首を傾げるリイに、密やかな声でキールは告げた。
「ルフィスのことで」
急ぎ御前に伺ったリイに、ロエナは長い黒髪を揺らし、青の瞳で微笑んだ。
ロエナが住まうのは王宮の西北の白亜の御殿、第二妃ラトゥナ様の宮殿の隣にある。
広やかな謁見室には白銀のレイサリア光国旗が掲げられ、その前に玉座というには簡素な飴色の椅子が置かれてあった。
窓の外の庭には冬も緑が広がり、北風に揺れている。
暖炉にくべられた薪が、赤い火花を散らした。
「よく来てくれました。
母上がルフィスについて調べてくださったことが終わったようです。
キールの頼みでもありますし、私が介して謁見を願い出ますか?」
どれほどの越権行為なのか、今のリイにはわかる。
第二妃とはいえレイサリア王妃に目通りを願うことは、貴族の最高位、珠爵ですら難しい。
平民のリイが謁見できるなど、平民のヒロインが王太子に見初められるような事態だ。
身分のないリイの頼みを王妃陛下が聞いてくださる筈などないと、疑った己を恥ずかしく思った。
第二妃陛下が調べてくださったことは、クグに聞いたことと同じかもしれない。
同じなら、ルフィスをあきらめる──?
ルフィスを忘れ、約束をなかったことにして、レイティアルトのもとで、レミリアにきらわれたまま、レイサリア光国で生きる?
どの道を選んでも、引き裂かれる。
「……リイ?」
目をぬぐったリイは、ロエナに深く頭をさげた。
「身に余るお心遣いをありがとうございます、ロエナ様。
王妃陛下にも、どうか心からの感謝をお伝えください。
ルフィスのことを教えてくださるなら、どんなことでも構いません。
直接伺うのは余りにも越権行為かと存じますので言伝で結構です。
何かご存知なら是非お教え賜りたく──」
リイの言葉を遮るように、花の香が舞う。
思わず顔をあげたリイは、真白き雪原に舞い降りる紅き翼のような方に、膝をついてこうべを垂れた。
「ラトゥナ王妃陛下……!
ご尊顔を拝し奉る光栄を賜れましたこと、永世の誉れにございます。
光騎士リイにございます」
左手を胸に当て、最敬礼するリイに、細い指があがるのが気配でわかる。
顔をあげたリイに、齢を経ても損なわれぬたおやかさで、ラトゥナ王妃は微笑んだ。
つややかな緑の衣が、栗色の髪によく映える。
紅玉と金に彩られた額飾りのあでやかさと、ゆたかな胸にかかる簡素な首飾りが不釣り合いで目を引いた。
結いあげた栗色の髪を揺らし、王妃陛下は玉座に腰かける。
淡い青の瞳が、リイを見つめた。
「よく来ました、リイ。
噂はかねがね聞いています。
ルフィスという名の者を捜しているのですね」
「身分のない私のことをお気にかけてくださり、ルフィスの行方をお調べくださったとのこと、王妃陛下のたえなるご厚情に、心から御礼申しあげます」
深くこうべを垂れるリイに、ラトゥナは細い指をあげてくれた。
敬礼を解いたリイに、ラトゥナは心配そうに眉を下げる。
「リイの知るルフィスと私が捜しあてたルフィスは、違うやもしれませぬ。
リイの知るルフィスのことを、話してくれますか」
やわらかな微笑みに勇気づけられたリイは、ミナエで出逢ったルフィスの面影を描き出す。
蒼と碧にきらめく瞳、淡い亜麻色の髪が揺れるさま、手を繋いで一緒に駆け、木の実饅頭を一緒に頬張って笑った記憶が、涙に溶けた。
もう、あまりにも前の記憶で、リイの幻だったのかもしれないと思う。
リイが出逢ったルフィスは夢で。
ほんとうは、どこにもいないのかもしれないと。
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