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2章
女王陛下の黒鷹 1
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“レジナルド王が病のため退位する。王位継承権第一位のシェフィールド公爵令嬢が即位する。”
その報せが国内を駆け巡った。
現国王の治政は不安定だが、かといってこの交代劇が手放しで歓迎されたというわけでもない。この国では過去に例のない女王の即位に難色を示すものも多かった。
そして、そのなかには今が好機だと考えるものたちもあらわれた。彼らはエレノーラが自らの意志で女王として立つのだとは考えない。使えなくなった甥の代わりにラザフォード侯爵が担ぎ出したのだと思っている。そんな彼らの思考の行き着く先はこうだ。
――ラザフォードらの代わりに自分たちが利用して何が悪い。
そうして利害の一致する者同士、一応の同盟らしきものが出来上がった。
彼らはこうも考えた。それぞれの手勢を動かして、ラザフォード侯爵派閥の貴族たちから所領の旨みのある部分を奪い取る。方々で間を置かず火の手を上げることで国内が混乱し、援軍を送りだせば王都が手薄になる。その隙を突いて即位前にシェフィールド公爵令嬢の身柄を押さえる。こちらの後ろ盾抜きで即位できないことを理解すれば、意のままになるだろう。そうなれば所領を奪い取ったことについても『君側の奸を除くため』として正当化できるはずだ。
サイムズ伯爵はウィルフレッド王のもとでは冷遇されていたが、その子の代になって勢力を盛り返した。代替わりでまた落ちぶれたくはない。だから『計画』に飛びついたのだ。
新しく女王となる女の身柄を押さえるのが彼の役目だ。ある意味一番危険な役割を果たすのだから、役得があって良いはずだ。甘やかされた箱入り娘のなれの果てなど丸め込むのはたやすいだろう。
計画の成功を確信して浮き足だっていた伯爵は、日が経つにつれて猜疑心の虜になった。ひっきりなしに届くはずの挙兵の噂が全く聞こえてこない。本来それに合わせて噂をばらまいて不安をあおり、混乱を引き起こす予定だった。小心な彼は思いきった行動に出るより、首をすくめて状況の変化を待つことを選んだ。
結局何の動きも無いまま戴冠式の日を迎えた。
戴冠式は王宮の『青の間』で行われる。特に重要な式典の行われるその広間に貴族たちが序列に従って並び、あたらしい女王の登場を待っていた。
与えられた席で落ち着きなく視線をさまよわせていたサイムズ伯は気が付いた。貴族たちの中にところどころ空席がある。その足りない顔ぶれがともに起つはずだった同盟者たちだ、ということに。
血の気がひくのを自覚した。何食わぬ顔で立ち上がり逃げ帰ろう。咄嗟にそう考えたが、間に合わなかった。この日の主役が姿を現したのだ。
エレノーラ・シェフィールド。かつてレジナルド王の婚約者だった彼女は婚約解消とともに姿を消した。さまざまに噂されていたが、少なくとも惨めに落ちぶれたというのは根も葉もないことだったらしい。十年の歳月は彼女のうちにゆたかに結実し、犯しがたい気品となっている。例のない女王であるだけに歴代の王の装束を纏うことはできないが、その意匠を巧みに装いに取り入れている。静かに歩むごとに、取り巻く空気の色さえも変わるように思われた。
その報せが国内を駆け巡った。
現国王の治政は不安定だが、かといってこの交代劇が手放しで歓迎されたというわけでもない。この国では過去に例のない女王の即位に難色を示すものも多かった。
そして、そのなかには今が好機だと考えるものたちもあらわれた。彼らはエレノーラが自らの意志で女王として立つのだとは考えない。使えなくなった甥の代わりにラザフォード侯爵が担ぎ出したのだと思っている。そんな彼らの思考の行き着く先はこうだ。
――ラザフォードらの代わりに自分たちが利用して何が悪い。
そうして利害の一致する者同士、一応の同盟らしきものが出来上がった。
彼らはこうも考えた。それぞれの手勢を動かして、ラザフォード侯爵派閥の貴族たちから所領の旨みのある部分を奪い取る。方々で間を置かず火の手を上げることで国内が混乱し、援軍を送りだせば王都が手薄になる。その隙を突いて即位前にシェフィールド公爵令嬢の身柄を押さえる。こちらの後ろ盾抜きで即位できないことを理解すれば、意のままになるだろう。そうなれば所領を奪い取ったことについても『君側の奸を除くため』として正当化できるはずだ。
サイムズ伯爵はウィルフレッド王のもとでは冷遇されていたが、その子の代になって勢力を盛り返した。代替わりでまた落ちぶれたくはない。だから『計画』に飛びついたのだ。
新しく女王となる女の身柄を押さえるのが彼の役目だ。ある意味一番危険な役割を果たすのだから、役得があって良いはずだ。甘やかされた箱入り娘のなれの果てなど丸め込むのはたやすいだろう。
計画の成功を確信して浮き足だっていた伯爵は、日が経つにつれて猜疑心の虜になった。ひっきりなしに届くはずの挙兵の噂が全く聞こえてこない。本来それに合わせて噂をばらまいて不安をあおり、混乱を引き起こす予定だった。小心な彼は思いきった行動に出るより、首をすくめて状況の変化を待つことを選んだ。
結局何の動きも無いまま戴冠式の日を迎えた。
戴冠式は王宮の『青の間』で行われる。特に重要な式典の行われるその広間に貴族たちが序列に従って並び、あたらしい女王の登場を待っていた。
与えられた席で落ち着きなく視線をさまよわせていたサイムズ伯は気が付いた。貴族たちの中にところどころ空席がある。その足りない顔ぶれがともに起つはずだった同盟者たちだ、ということに。
血の気がひくのを自覚した。何食わぬ顔で立ち上がり逃げ帰ろう。咄嗟にそう考えたが、間に合わなかった。この日の主役が姿を現したのだ。
エレノーラ・シェフィールド。かつてレジナルド王の婚約者だった彼女は婚約解消とともに姿を消した。さまざまに噂されていたが、少なくとも惨めに落ちぶれたというのは根も葉もないことだったらしい。十年の歳月は彼女のうちにゆたかに結実し、犯しがたい気品となっている。例のない女王であるだけに歴代の王の装束を纏うことはできないが、その意匠を巧みに装いに取り入れている。静かに歩むごとに、取り巻く空気の色さえも変わるように思われた。
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