婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜

夜桜

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第1話 婚約破棄は元老院にて

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「帝国元老院議員マグヌス・ローレンスは、ここに正式に、クレメンタイン辺境伯令嬢ノアとの婚約を破棄する」

 静まり返った議場に、その声だけが響いた。

 わたしは、ただ黙って立っていた。

 帝国中枢、元老院の円卓会議室。周囲には名だたる貴族たちと、軍高官、文官、そして……わたしの婚約者だった男。

 マグヌス・ローレンス。帝国でもっとも将来を嘱望される若き議員。

 ――その彼が、わたしを「いらない」と言った。

「理由は、“辺境の令嬢”という立場では、今後の政治活動に支障をきたすおそれがあるためだ」

 どこまでも冷静で、どこまでも合理的な声。感情は微塵もなく、まるで不良品の物品を返品するかのようだった。

 わたしは――笑った。

 この男は最初から、わたしの中身など何も見ていなかったのだと、今さら知った。

「……承知しました。帝国にふさわしい令嬢との末永い幸福をお祈りしますわ」

 丁寧に頭を下げた。

 元老院に集う者たちの視線がわたしに突き刺さる。嘲り、哀れみ、侮蔑……そして、愉悦。

 ここは帝都。理不尽が日常で、善意が通じる場所ではない。

 でも――わたしは辺境で育った。簡単には折れない。侮らないでいただきたい。

 * * *

 あの召喚状が届いたのは、十日前。

「帝都から……元老院の呼び出しですって?」

 父の執務室でその文を読み上げたとき、わたしの手は少しだけ震えていた。

「マグヌス議員からの要請だ。正式な結婚話でもあるのかもしれん」

 父はそう言い、母もわたしの背を押して笑った。

 ――けれど、わたしには分かっていた。

 この一年、マグヌスからの文も訪問も、一度としてなかったのだから。

 * * *

 そして今――わたしは、帝都のど真ん中で、「要らない女」の烙印を押された。

 帝国一の議員から捨てられた辺境の令嬢。さぞ、好奇の的になることだろう。

 さあ、何をしてくる? あとは笑えばいいのでしょう?

 そう思った、その瞬間だった。

「その婚約破棄、正式に承知した。では、代わりに――その令嬢を、私がもらおう」

 重厚で低く、けれどどこか静かな声。

 議場の空気が、一瞬で凍った。

 振り返ると、黒い軍服を纏った男が静かに歩み出ていた。

 銀糸の軍徽章。胸元に輝く双剣の紋章。

 わたしは知っている。帝国軍、最高位。
 大提督、レックス・エヴァンス。

「れ、レックス大提督……!?」

 誰かの叫びが木霊する。

「帝国軍人として、クレメンタイン辺境伯令嬢ノアとの婚姻を申請する。帝国の未来に必要な人材と判断した」

 その声は、まるで軍令のようだった。

 マグヌスが、わずかに顔を引きつらせる。

「……大提督、これは軍の越権では?」

「それを判断するのは、皇帝陛下と、この元老院の議決だ。……貴様ではない」

 静かに、しかし確実に放たれた一言が、マグヌスの喉元を斬り裂いた。

 レックス・エヴァンスが、ゆっくりとこちらに視線を向ける。

 その瞳は冷たい――でも、わたしだけをまっすぐに見ていた。

「ノア・クレメンタイン。君が望むのなら、私の隣に立て」

「……どうして、わたしを?」

 その問いに、大提督は淡く、けれど確かに微笑んだ。

「君は誇りを捨てなかった。あれほどの屈辱の中で、なお堂々とあった。そんな者が――帝国に必要だ」

 わたしの心が、かすかに波打った。

 この人の言葉には、嘘がなかった。

「……はい。お受けいたします。わたしは、あなたと共に歩みます」

 静かに頭を下げると、議場にどよめきが起こる。

 婚約破棄から始まったこの一日が、わたしの人生を、そして帝国を、大きく動かすことになる。

 ――そのことを、まだこのときのわたしは知らなかった。
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