婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜

夜桜

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第10話 大提督の怒り

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 その夜、わたしは紅茶を飲みながら窓の外を眺めていた。
 帝都の空は、静かに夜を包んでいたけれど――胸の奥はざわついていた。

 アシッドアタック未遂。
 わたしはあの時、本当に命を落とす寸前だった。

 フードの女が投げた瓶が砕け、硫酸が降りかかったその瞬間、盾が現れなければ……その盾すら、音を立てて溶け落ちていたのだから。


「……生きてる。わたしは生きてる」


 あの日まで、命を狙われるだなんて思ってもいなかった。
 けれど今は、政略ではなく、“わたし個人”が標的にされている。

 そして――



「……ノア」



 部屋の扉が、静かに叩かれた。

 レックスの声だった。
 わたしはすぐに立ち上がり、扉を開けた。

 

「レックス様……?」



 その表情を見た瞬間、わたしは息をのんだ。

 いつも冷静で、表情を崩さない彼が――
 今は、まるで荒れた海のように、感情を押し殺しきれていない顔をしていた。


「少し、話がしたい」

「はい……どうぞ」



 レックス様は無言のまま、わたしの前に立ち尽くした。
 椅子にも座らず、ただ拳を握りしめて。


「今日、暗殺部隊の残党を一斉に捕らえた。
 潜伏先からは、毒薬、偽造書簡、そして……硫酸の瓶と同じ印のものがいくつも見つかった」


「……!」

「そして、それらがどこから流れてきたかも、もう判明している。
 ――“ザガート・ターン”だ」


 その名を聞いた瞬間、わたしの中に冷たい怒りが広がった。
 けれど、それ以上に驚いたのは、彼の言葉の“熱”だった。


「私は……初めてだった」

 彼が口を開いた。


「任務で部下を失ったこともある。
 背中を撃たれたことも、皇帝陛下に裏切られたこともある。
 だが――こんなにも、自分を抑えられなかったのは……君が初めてだった」


 レックスはわたしを見つめた。
 その瞳には、怒り、痛み、そして何よりも――恐れがあった。


「ノア。あと一歩遅れていたら、君は……!」

 その声は震えていた。


「君の顔が、君の身体が、あの酸に焼かれていたかもしれない。
 その未来を想像しただけで……頭がおかしくなりそうだった」

 

 わたしの心が、静かに震えた。

 わたしのために、怒ってくれている。

 この帝国の“冷血の英雄”とまで呼ばれた男が、
 感情をむき出しにして、わたしの無事に胸をなでおろしてくれている。



「……嬉しいです」



 わたしは、気づけばそう呟いていた。


「レックス様が、わたしのために怒ってくれたこと。……誰かに、こんなふうに思ってもらえたの、初めてです」


 胸が、熱くて、くすぐったかった。

 レックスはわたしの前に膝をつき、そっと手を取る。

 

「君は、特別だ。
 他の誰でもない。……私は、君を守るために剣を振るう。
 その理由に、任務も義務もいらない。君が君であるから、ただそれだけだ」

 

 その言葉が、剣より鋭く、わたしの心に突き刺さった。



「レックス様……」



 わたしは、彼の手をぎゅっと握った。

 今、わたしは確かに感じている。
 守られている安心と、同時に、誰かの心に確かに“いる”という実感を。

 

 わたしの命は、この人にとって――『特別』だと。



 * * *



 翌朝、宮廷からの急報が届いた。

 捕らえた暗殺部隊の一人が、ある証言を口にしたという。


「帝都の南部に、“第二の騒乱”が近づいている。
 それを止められるのは、大提督と……あの令嬢だけだと」



 新たな陰謀の気配。
 けれど、もうわたしは、怯えてはいられない。


「共に戦うと決めたのだから……」



 次なる嵐は、もうすぐそこまで迫っている――。
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