婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜

夜桜

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第12話 偽りの噂

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「……嘘、よね……?」

 わたしは、信じがたい噂を記した手紙を前にして、言葉を失っていた。


「帝国各地の新聞に掲載されたとのことです」


 そう報告してきたのは、レックスの部下であるエリック少佐だった。
 軍服の隙間から覗く、焦燥の色。


「内容はこうです――“大提督の寵姫、ノア・クレメンタイン令嬢が、軍の機密を使って私腹を肥やしている”。
 “貴族連合の有力者から金銭を受け取り、大提督に政策的圧力をかけている”と……」

「そんな……!」


 立ち上がったわたしの声が、震えていた。
 それが怒りからなのか、悔しさからなのか、自分でもわからなかった。


「新聞はザガート派が資金提供しているものです。内容は明らかな捏造。
 “裏帳簿”や“出資記録”とされるものも、調査の結果、偽造と見て間違いありません」


 それでも、“書かれた”という事実だけで、人は疑う。

 わたしは、手のひらをぎゅっと握りしめた。
 嫌な汗が、背中を伝っていた。


「信じてくれる人が、いるでしょうか……?」


 ぽつりと漏れた言葉に、エリック少佐はしばらく口を閉ざした。

 そして、しばらくして言った。


「一人いれば、十分です。
 それが“大提督”であるならば、なおさら」


 *


「レックス様。……お話があります」

 午後、わたしは彼の執務室を訪れた。

 重い扉を開けると、そこには変わらず冷静で鋭い眼差しの、わたしの“護り手”がいた。


「例の噂の件だな。すでに把握している。
 エリック少佐から報告も受けた。証拠集めに動いているところだ」


 彼の言葉は、何よりも安心感をくれた。

 だけど――


「わたしを、信じてくださいますか?」

 問いかけたその声は、震えていた。

 わたしは、あの新聞の文面が頭から離れずにいた。
 人々の視線。貴族の噂話。元老院の冷笑。

 わたしが疑われたら、レックスの名誉も傷つく。
 それが、なにより怖かった。



「――もちろんだ」

 

 その声は、あまりにもあっさりと、まるで当たり前のように告げられた。


「私は君を信じている。
 証拠があろうとなかろうと、それが揺らぐことはない」


 目の前の人が、そんなふうに言ってくれるなんて。

 胸の奥が、じんわりと熱くなるのを感じた。


「……ありがとうございます」

 わたしは、心の底からそう言った。



 夜。

 屋敷の中庭で、月を眺めていると、彼がそっと隣に立った。


「珍しいですね。こんな時間に外へ?」
「……月が綺麗だったから、つい」


 わたしは笑ってごまかすように言った。

 本当は、落ち着かなくて部屋にいられなかっただけだ。
 いつのまにか、月の光だけが、わたしの味方のように思えて。

 だけど――


「私は、君の味方だ」


 まるで心を読まれたように、彼が言った。

 はっとして見上げた先に、夜の風に揺れる彼の銀髪があった。


「君が選んだ道を、私は信じる。
 この帝国で、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも誇り高い君を」


 その言葉に、胸が詰まった。

 ああ、わたしは――
 この人に、どれだけ救われているのだろう。

 

「レックス様……わたし、頑張ります。
 逃げません。自分の足で立って、前に進みます」

「それでこそ、私の選んだ――令嬢だ」


 彼の声が、優しく夜を包んだ。



 そして翌朝、元老院から一通の通達が届いた。

 “ノア・クレメンタイン令嬢の元老院招致。疑惑の釈明を要請する”――。



 逃げる道は、ない。
 けれど、それでいい。

 わたしはもう、誰かの影に隠れて生きるつもりはないのだから。


 わたしは、わたしの言葉で、立ち向かう。
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