婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜

夜桜

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第14話 君に、ただ「おかえり」と言いたくて

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 尋問を終え、わたしはようやく屋敷に戻ってきた。

 勝った、という実感よりも――
 “終わった”という疲労感が全身を包んでいる。


「おかえりなさいませ、ノア様!」


 玄関先でメイドのクラリッサが、涙ぐみながら出迎えてくれた。
 その横では、庭師のジル爺が無言のまま帽子を深く脱いで頭を下げる。

 ……わたしは、ひとりじゃない。



「ただいま。みんな、心配かけてごめんなさい」



 そう口にした瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。
 帰ってこられてよかった、と、心から思う。



「ご報告があります。レックス様に――」



 執務室の扉の前に立ち、深呼吸をひとつ。
 いつものように礼儀正しく、いつものように毅然と。

 そう思っていたのに。

 扉を開けたその瞬間、彼の姿を見たとたん――



「――おかえり。よく、戻ってきてくれた」

 

 その一言で、全部が崩れそうになった。

 わたしの中に溜まっていた不安も、緊張も、痛みも。
 その全てが、あのたったひとことに包み込まれていく。


「……ただいま、戻りました」


 堪えた。なんとか涙を堪えて、笑った。
 この人の前で泣くなんて、まだ早すぎる。

 

「尋問の内容は把握している。君は立派だった」

「いえ……まだまだです。もっと、冷静に言い返せたらよかったのに」

「いや――君の言葉には、誇りがあった。
 それは、誰にも真似できるものじゃない」


 彼の声が、柔らかかった。

 こんなふうに話すレックスは、珍しい。

 いつもは命令と判断をくだす“帝国の盾”なのに、いまはただの――優しい人。


 どうして、この人の隣に立ちたいと思ってしまうんだろう。



 夜。

 ベッドに入っても、どうしても眠れなかった。

 胸がざわついて、うまく呼吸ができない。



 思わず、バルコニーの扉を開ける。

 涼しい風が肌を撫で、空には満月が煌々と輝いていた。



「……また眠れないのか?」

 

 驚いて振り返ると、そこにはレックスがいた。

 軍服姿ではなく、ラフな黒のシャツ一枚。
 その分だけ、少し人間らしく見えた。

 

「……あ、すみません。起こしてしまいましたか?」
「いや。君がここにいるような気がして、来ただけだ」



 わたしは、何も言えなくなった。

 こんな夜に、同じ月を見上げて、同じ風を感じて――
 偶然ではなく、会いに来てくれたことが、胸にしみた。



「……ありがとう、ございます。
 今日、わたし……本当に、怖かった」

「当然だ。あんな場に一人で立つのは、兵士でも難しい」

「でも……怖いからこそ、逃げたくなかったんです。
 わたしを信じてくれた人のために、背中を見せたくなかったから」

 

 わたしの言葉に、彼はふと目を伏せた。

 そして、ぽつりと呟くように言った。


「……昔の私も、そうだった」


 その言葉に、視線を向ける。



「私も若い頃、元老院に裏切られたことがある。
 軍人である私が、貴族の論理に巻き込まれて、誹謗中傷を受けた」

「……レックス様が?」

「あの時、自分の名誉などどうでもよかった。ただ――
 部下の信頼を失ったら、二度と前線に立てないと思った」

 

 彼の瞳が、月明かりに揺れていた。

 その奥に、深い傷と、それでも歩んできた強さが見えた。



「……君を、誰にも傷つけさせない。
 それが私の誓いだ」



 涙が出そうだった。
 でも、堪えた。笑って、こう言った。



「それでも、わたしは……レックス様の隣に、堂々と立てるようになりたいです」



 彼は、少し驚いたように目を開いた。
 そして――ほんの僅かに、口元を緩めた。



「ならば……私も、堂々と隣に立てる男であらねばな」

 

 その微笑みに、わたしの胸がきゅっと締めつけられる。

 ああ、わたし……本当に、この人が――



 そんな想いに、気づいてしまいそうだった。



 その夜のこと。

 帝都の片隅、裏門の陰に、ひとりの男が立っていた。

 フードの奥で、冷たい光を宿した目がひらく。


 手には、古びた羊皮紙。

 そこには――帝国軍補給拠点の位置と、迂回可能な密輸路が記されていた。



 ザガート・ターンの新たな牙が、確かに動き始めていた。
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